9 デビュタント・パーティー ~彼の嘘~
フィオナの実家であるキャンベル伯爵家から婚約の許可が出たことで、ジュリアスとの婚約の手続きが進められ、二人は婚約した。
婚約後、新聞や雑誌などで、若くして二番隊長代行に抜擢された期待の超絶美形銃騎士ジュリアスと、辺境の伯爵令嬢フィオナの婚約が取り沙汰されると、とりわけ首都の社交界における、ジュリアスを本気で狙っていた貴婦人たちの多くがざわつき始めた。
フィオナはキャスリンの許可をもらい首都にあるキャンベル伯爵家のタウンハウスに移っていたが、「ジュリアス電撃婚約」の真偽を確かめるべく、早くもタウンハウスに突撃してくる血気盛んな令嬢たちが現れ始め、フィオナはあらかじめジュリアスに言われていた通り、身の安全を守るべく、家の中でも男装しフィリップとして過ごした。
伯爵家のタウンハウスの中でもフィオナの正体を知るのは、祖母キャスリンがタウンハウスの管理を任されていた、信頼できる執事夫妻のみだ。
「フィリップ死亡」が暴かれると「伯爵家存亡の危機」に繋がる可能性があるため、キャスリンは関係者であっても多くの者に真実を伏せていた。
フィオナは、時にはフィリップとして令嬢たちの応対をして、「フィオナはここにはいない」と言って彼女たちを追っ払いながら、新年が明けてから始まる銃騎士養成学校生活の準備をしつつ、年の暮れに差し迫ったもう一つの重大イベントの準備をしていた。
デビュタントである。
フィオナは未成年だったので社交界デビューはまだしていなかった。通常は十四歳の成人を目安に社交に参加するものだが、婚約をすると一人前とみなされる風習もあり、成人前の早い時期から社交を始める者も多い。
社交をするもしないも本人の自由という建前はありつつ、婚約をした場合はお披露目のために社交界に出るのが一般的とされる貴族社会において、婚約後にデビューしないのは「家にデビュタントをする余裕がない」と示すことにもなってしまう。
そしてフィオナの場合は、「まだデビュタントもなさっておられませんのねぇ」とジュリアス狙いの令嬢たちに嘲られる原因にもなる。
せめてデビュタントだけでも済ませておかなければ、貴族令嬢としての立場がないのだ。
養成学校が始まれば令嬢としての生活もできにくくなるだろうから、その前に済ませてしまえという思惑と、それから、次から次へと現れる「ジュリアス様と婚約したってどういうことなのよ!」と詰め寄ってくる令嬢たちに現実を突きつけたくて(偽装婚約ではあるが)、フィオナは家の者やジュリアスと話し合ってデビューすることに決めた。
デビュタントの場は、ジュリアスの個人的な伝手があるとかで、宗家第二位バルト公爵家が主催する聖夜祭のパーティーになった。
「宗家」とは、宗主継承権を持つ公爵家のことで、順番が早い方が継承順位も早く、第二位となると宗家としてはかなり高位の家だ。
聖夜祭のパーティーは夜に行われるので、未成年のフィオナは途中で抜けやすいという利点もあるという。
ジュリアスは平民だが、招待してもらえればパーティーには参加可能だ。フィオナはジュリアスにエスコートしてもらって、デビューと共にジュリアスとの婚約を改めて披露することになった。
年の瀬の聖夜祭はあっという間にやって来た。バルト公爵家に招かれたフィオナは、ジュリアスが仕立ててくれた彼の髪色のドレスをまとった。
婚約指輪以外のイヤリングやティアラなどのアクセサリーは、ジュリアスの瞳の色に合わせた青色のものを実家のキャンベル伯爵家が用意してくれた。
それらを身に着ければ、フィオナは伯爵家では「お転婆」や「無鉄砲」と評価されていたとは思えないほどの、美しい貴族令嬢姿になった。
パーティー出席を決めてからあまり時間がなく、普通、デビュタント用のオーダーメイドドレスが一ヶ月程度でできるわけないのだが、ジュリアスはお針子はこちらで用意すると言ってデザインのみの打ち合わせをして、あとは彼の魔法によって美しいドレスが出来上がった。
魔法製のドレスをプレゼントされたフィオナは、「まるでおとぎ話みたいだわ!」とかなり感動した。
「本日デビューを迎えられる、フィオナ・キャンベル伯爵令嬢と、その婚約者、ジュリアス・ブラッドレイ銃騎士隊二番隊長代行のご入場です」
主催者であるバルト公爵の挨拶の後、二人の名前がコールされた。
ジュリアスとの婚約について、現在フィオナは彼と共に社交界の話題を一手に攫っている渦中の人だが、ただでさえ本日のパーティにおけるデビューは、フィオナ一人だけというかなり目立つ状況でもあった。
色んな悪い噂は立てられたし、悪意の格好の餌食になる場に行くことに緊張はあるが、同時にここはフィオナの貴族令嬢としての人生の見せ場でもある。それなりに肝が据わっているフィオナは、このパーティを目一杯楽しんでやろうと思っていた。
それに、フィオナの隣には「無敵」としか言いようのない素晴らしい婚約者がいる。ジュリアスがそばにいるだけで安心感が物凄かった。
フィオナはジュリアスと顔を見合わせて頷き合い、微笑みを浮かべると、彼のエスコートと共に開かれた扉の先へと歩を進めた。
会場になっている大広間に入ると、フィオナの登場を待ち受けていた貴婦人たちのさざめきのようなヒソヒソ声が、ピタリと止まった。
それまでの令嬢たちのヒソヒソ声の中には「ジュリナリーゼ様から寝取って……」という、フィオナが略奪愛をしたという非難の声もあった。
ジュリナリーゼとは宗主ミカエラ・ローゼンの娘であり、次期宗主が内定している宗家第一位ローゼン公爵家出身の公爵令嬢で、この国で一番高貴な貴族令嬢である。
ジュリアスは現在銃騎士隊二番隊所属で、二番隊の「隊長代行」の要職にも就いているが、昨年までは一番隊にいて、ジュリナリーゼの護衛任務も多く行っていたらしく、それなりに仲が良かったとはジュリアスからも聞いている。
ただしジュリアス曰く、彼はこれまで誰とも交際をしたり結婚の約束をしたことは一度もないし、ジュリナリーゼとは恋人ではなかったと言う。
実はフィオナはジュリアスから、とんでもない出生の秘密を打ち明けられている。
ジュリアスは、ジュリナリーゼとは異母兄妹であるらしい。
というのも、ジュリナリーゼの父である宗主配クラウスが、美人すぎるジュリアスの母を手籠めにして生まれたのが、ジュリアスらしい。彼の母ロゼは物凄い美人だそうなので、所望されてしまったらしい。不倫は一度だけで、ジュリアスの弟たちの父親は全員アークだそうだが、ジュリアスだけは、母が強姦された時にできた子供だという。
表沙汰になったら宗主制度そのものが吹き飛びそうな大スキャンダルになるし、ジュリナリーゼ自身にも明かされていないそうなので、絶対に口外しないようにとフィオナはジュリアスに固く口止めをされた。
フィオナとて、そんなことを言ったら国の暗部に消されそうだと思ったので、二つ返事で「絶対に言わない!」と了承した。
だからジュリアスは、妹であるジュリナリーゼと男女交際や結婚をするわけにはいかなかったらしい。
――――それが大嘘であったことをジュリアスに打ち明けられるのは、かなり先の、フィオナがすべてを知った後になる。
ただ「嘘」という悪いことであっても、そのおかげで後々、ジュリアスの弟の一人セシルと婚約したジュリナリーゼと対面した際、フィオナは彼女とギクシャクすることはなかったし、むしろジュリアスの妹だと思い込んでいたので、親愛の情を持って接することができた。
ジュリナリーゼの方は初対面からよそよそしく、少し落ち着かない様子でそばにいるセシルの手をずっと握っていたが、明るいフィオナの様子に緊張感が解けたようで、「あなたはとても心根が清らかで、素晴らしい方ですね」とまで言われて、次第に心を開いてくれるようになった。超美人に褒めてもらえたので、フィオナは有頂天になったりもした。
「私が言うのも烏滸がましいことですが、あなたならば彼を任せられます。どうか幸せにしてあげてください」
男装して兄に成り代わっていることはジュリナリーゼには秘密であり、令嬢として彼女と対面したのは数えるほどだが、何度目かに会った時にそんなことを言われた。
「お任せください! 必ず幸せにいたします!」
フィオナがそう宣言すると、おそらく自分と同様に、ジュリアスが心の中に闇を抱えていることに気付いていた様子のジュリナリーゼは、いくらか安心したように見えた。




