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男装令嬢の恋と受胎 ~国一番の顔面偏差値を持つ隠れ天敵な超絶美形銃騎士に溺愛されて幸せです~  作者: 鈴田在可
恋編

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8 婚約者(仮)と初めての夜

 トントン、と使用人が、ジュリアスのいる部屋の扉を叩いた。


『はい』


 寝ていて訪問に気付かないでほしいと思ったが、そこまで遅い時間ではないので、ジュリアスは普通に起きていた。


「夜分に失礼いたします。大奥様からのお届け物でございます」


 自分はお届け物(貢ぎ物)らしいと、フィオナは知る。


 少し間があってから、カチャッと鍵を外す音が響いて扉が開いたが、フィオナは恥ずかしいやら気まずいやらで、下を向いたまま床ばかり見ていた。


「晩酌をしていたんだけど、話し相手になってくれるなら嬉しいね。ありがとう」


 予想に反して、ジュリアスは朗らかな口調でそう告げると、フィオナの手を引いて部屋の中に入れてくれた。


(優しい……)


 据え膳を受け入れたというよりも、おそらく女性に恥を掻かせないようにという配慮なのだろうが、フィオナは胸がじんとして、ジュリアスへの思いも強くなった。


 しかし、フィオナに続いてなぜかそのままゾロゾロと女性使用人たちも中に入ってきた。


「婚約者と二人きりになりたいから」


 ジュリアスがそう言って、それとなく退出を促しながら極上の笑み(スマイル)を見せると、「キャ〜」と女性使用人たちは全員黄色い声を上げて、頬を染めたり瞳をとろんとさせて魅入られた状態になった。


(美しいって、恐ろしい……)


 魅入られた者たちの中でも、一番近くでジュリアスの笑みを見た使用人がパタリと倒れてしまったため、彼女たちは名残惜しそうにしながらも、「失礼いたしました」と言って、倒れた使用人を引きずるようにして去って行った。


 彼女たちが部屋から出た途端、すかさずジュリアスはカチャリと鍵を掛けた。それは血迷った女性たちに襲われないようにするための、ジュリアスの自衛的行動のようだった。


「とりあえず、座って。何か飲む?」


 フィオナはジュリアスにソファまでエスコートされながらも、密室で二人きりの状況に緊張していて、何も喋れず、ただ問い掛けを了承するようにコクコクと首を縦に振るばかりだった。


 フィオナもジュリアスの破壊力のある微笑みにズキューンと胸を撃ち抜かれた一人だが、出会ってからずっと、『俺を好きにならないこと』の約束を(表面上は)守るために、ジュリアスへの好意表出を自重しているフィオナは、顔面が緩むのを根性で耐え、ジュリアスにしなだれ掛かりそうになるのも耐えて、硬直しながらソファに座った。


「はい、どうぞ」


 そう言ってジュリアスが目の前のテーブルに用意してくれたのは、ホットミルクだ。


 対するジュリアスはフィオナの正面に座ると、フィオナとお揃いのカップに入れたホットミルクに口をつけた。


「あれ? お酒は……?」


「酒はあまり好きじゃない。寒い夜に飲むのはいつもこれ」


「晩酌」は(フェイク)だったらしいが、ジュリアスが酒ではなくてホットミルクを嗜むというのが、少しほっこりして、フィオナの緊張もほぐれてきた。


 銃騎士隊養成学校の合否結果が出るのは秋の真っ只中で、昼間は過ごしやすい反面、夜は少し肌寒い。


 フィオナは『温めて♡』と言ってジュリアスに身体を寄せたい妄想に駆られたが、その考えを振り払うようにして口を開いた。


「あの、ごめんなさい。いきなり尋ねてきて。断れなくて……」


 フィオナは一応上からマントは着ているが、中はスケスケである。絶対に脱げないような状態だ。


「君のおばあ様は剛腕っぽいからね。何となくそう来るかなとは思っていたから、大丈夫」


 ジュリアスは、フィオナが据え膳として仕立て上げられたことを理解してくれたようで、とりあえず、嫌われなかったことにホッとした。


 ジュリアスはフィオナの心中を知ってか知らずか、こちらに向かって屈託なく笑いかけてくれたから、フィオナは舞い上がりそうになってルンルンな気分にもなったが、貴族令嬢の意地で表情は保つ。


「俺はソファで寝るから、フィオナ嬢はベッド使って」


 普段よりジュリアスはフィオナのことを「フィオナ嬢」と呼んでいて、対するフィオナはジュリアスのことを「ジュリアスさん」と呼んでいる。最初は敬語も使っていたが、「婚約者になるんだから」と言われてやめている。


「え、でも」


「このまま帰ったら怒られるんじゃない?」


 フィオナは本当は数時間ここにいたら自分の部屋に帰ろうと思っていた。


 しかし、「ラブラブな恋人同士は、初夜は朝まで同衾するもの」だと、書物好きのアリア経由で読んだ恋愛小説にはそういう描写が多かったこともあり、祖母に本当はヤってないんじゃないかと勘繰られるのも厄介だと思ったフィオナは、お言葉に甘えることにした。











 ジュリアスが魔法で出した卓上遊戯で遊びながら、いつの間にか寝ていたフィオナは、揺れるような感覚に気付いて瞼を開けた。


 見れば、明かりの消えた室内で、自分は誰かにお姫様抱っこをされていて、ベッドまで運ばれている最中だった。


「フィル兄様……」


 フィリップとジュリアスは年が近いから背丈も同じくらいで、寝ぼけたフィオナは、暗がりの中でジュリアスを次兄と勘違いした。


「……」


 ジュリアスは訂正はせず、フィオナをベッドに優しく降ろすと、そっと上掛けを掛けた後に、優しく頭を撫でてきた。


「おやすみ」


「あ……」


 背丈は似ているが、声は違う。夢の世界に半分入りかけていたフィオナは、現実を思い出した。


(フィル兄様はもういない……)


 フィオナは、あの襲撃事件の日から目まぐるしく様々なことがあって、落ち着いて自分の心を整理する暇もなかったため、次兄の死をまだ完全には受け入れられていなかった。


 次兄が亡くなったことを急に突きつけられると、じわっと涙が出てきてしまう。


「フィオナ嬢……」


 声を押し殺して泣くフィオナにジュリアスが声を掛ける。


「耐えなくていい。悲しい時は泣いたらいい。お兄さんの代わりにはなれないかもしれないけど、そばにいるよ」


 ジュリアスが手を握りながら掛けてくれる優しい言葉が、胸の中に沁み込んできて、フィオナは促されるようにして、声を上げて泣いた。


 フィオナの嗚咽が止まらなかったからか、ジュリアスがベッドに上がり込み、ぎゅーっと抱きしめてくれた。


「兄様……」


 フィオナは、かつて母や長兄が亡くなって塞ぎ込んでいた時に、次兄フィリップがやって来て、同じように抱きしめてそばにいてくれたことを思い出し、そのままジュリアスにしがみついた。


「ジュリアスさん、もう大丈夫。ありがとう」


 涙も引っ込み、落ち着いた頃合いでフィオナは離れようとしたが、なぜだかジュリアスの方が離れない。


「フィーって呼んでいい?」


 唐突にそんなことを言われた。


「弟たちが泣いている時は、俺もよくこうしてる。弟はすごく可愛いけど、ずっと妹がほしかったんだ」


「それは構わないけど……」


 フィオナは呼び方の変更には了承を返しながらも、妹扱いにはちょっとだけ物申したかった。


「私も呼び方変えていい?」


「いいよ」


 ――――ジュリアス兄様、ジュリアス兄様


 しかし、フィオナの脳内に浮かぶのは「兄様」呼びばかりだった。


(「兄様」じゃ、ないっ!)


「ジュリアス! で!」


 本当はこちらも愛称呼びすれば良かったと後から気付いたが、フィオナはそのまま直接的(ストレート)な名前呼びを宣言した。











 チュン、チュン…… と鳥が鳴いている。


 フィオナの目覚めは早い。


 銃騎士になると覚悟を決めてからは、鍛錬のために早朝から起き出す習慣があって、空が薄明るくなり始めた頃、フィオナは目を覚ました。


 ところが、マントを着たままの自分を腕枕しながら眠る、人の形をした美の化身の大垂涎ものすぎる寝姿を目に入れた瞬間、フィオナは昨夜ジュリアスの部屋にお泊りしたことを急速に思い出し、目撃したジュリアスの神懸かり的お色気大爆発寝姿のあまりの麗しさから叫び声を上げ、興奮して鼻血まで噴き出してしまった。


 すると、フィオナの叫び声に一番に駆け付けた銀髪の使用人ギルバートが、火事場の馬鹿力みたいな腕力で――片腕しかないが――扉を粉砕し、二人のいる部屋に押し入って来て、その後ろから「ジュリアス様のお世話し隊」を自称する女性使用人たちもやって来た。


 使用人たちは、男性のギルバートまでもが、起きぬけのジュリアスの朝一の美貌に、はうっ! と心臓を射抜かれていた。


「フィオナお嬢様が初夜を完遂なさいました!」


 次いで使用人の一人がそう叫んだ。


 フィオナの鼻血はジュリアスが魔法で処置していたが、途中だったためにすべて消えておらず、フィオナはシーツに付いていた血を破瓜の血と勘違いされてしまい、すかさずキャスリンにまで「初夜完遂」を報告されてしまった。







《おまけSS 「長男のサガ」》


「兄様……」


 フィオナに「兄」と呼ばれた瞬間、ジュリアスの胸がキュンとした。


(可愛い……)


 ジュリアスのフィオナへの好感度が大幅にアップした。


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