7 据え膳になるのよ、フィー!
パタリとドアが閉まり、ジュリアスと案内役のギルバートの足音が遠ざかっていく中、話し合いの終わった室内にて、祖母キャスリンと二人きりになったフィオナは――――
「フィー! あの魚絶対に逃がすんじゃないわよ!」
先ほどまでの淑女然とした雰囲気から一転、フィオナの両肩を掴んだキャスリンは、クワッと目を見開き、勢い込んで告げて来るが、あまりの勢いにフィオナは仰け反った。
「さ、魚……」
「とんだ大物よ! 彼はきっと大出世するわ! デキる男感がビシバシと伝わってきて、全身がシビレたもの! 彼だったらもしかしたら本当にシドを倒せるかもしれない!」
キャスリンは人を見る目はあるので、祖母が言うならば、きっとジュリアスがシドをやっつけてくれるような気が、フィオナもした。
「で、どうなの? ヤったの? ヤっちゃったの?」
「はい?」
「処女は散らしてもらったの?」
とんでもねえことをキャスリンは言うが、一部例外はあるが、獣人は処女としか致さないので、前もって婚約者や恋人に脱処女してもらえれば、『悪魔の花嫁』――獣人の番――にならずに済む。
この国では初体験は早ければ早いほど良いという風潮があって、現在伯爵家当主代行の立場にいる祖母が、無粋なことを聞いてくるのも、わかると言えばわかるが、フィオナの心中は複雑だった。
「…………まだです」
「だったら今夜済ませなさい!!」
「ええっ!?」
無茶振りに驚愕したフィオナは心臓が止まりそうになったが、一方のキャスリンは、巨大魚を逃がさんと熱が入っていた。
「既成事実を作って、婚約破棄なんて絶対にさせないようにするのよ!」
「いや、でもっ…… あの……」
ゆくゆくは婚約解消の予定だが、それを祖母に見抜かれているような感じがして、フィオナは冷や汗が出てきた。
それに、ジュリアスには『俺を好きにならないこと』と言われているのに、『初夜の床』なんて準備されたら、それだけで嫌われてしまう気がして、祖母の思惑を何とか止めなくてはと思った。
「こ、心の準備が……」
「何言ってるのよ! 初体験であんな男に抱いてもらえるなんて、最高じゃないの! あんないい男! 国中、いえ、世界中探したってそうそういないわよ!
据え膳になるのよ、フィー!
大丈夫よ! お前はまだ幼児体型だけど、顔は私に似てるから綺麗だし、それに元々恋人同士なのだから! スケスケ夜着でお強請りすれば、絶対にヤりたくなるはずだわ!」
『恋人同士』というのは偽装なので、嘘をついているのが後ろめたくて、フィオナは強く否定できなかった。
「私も覚悟を決めたわ! フィー!」
「な、何をですか?」
ジュリアスと対面したことで生き生きし、肌艶さえも良くなってちょっと若返ったようにも見える祖母が、これ以上何を言い出すのだろうと、フィオナはおそるおそる尋ねた。
「彼を何がなんでも婿入りさせてやるわ! 次の伯爵は彼で決まりよ!」
「そ、そんな! オル兄様とアリア義姉様のことは、どうするんですか!」
「二人には予定通り結婚してもらうし、オルフェスの庶子認定も進めるけど、爵位継承だけはちょっと待ってって言うわ! オルフェスとアリアだったら、話せばわかってくれるはずよ!」
確かに、現在この伯爵家の中で女帝に逆らえる人物はいない。
「彼が爵位を継ぐまで、その立場は私が担うわ! 私だってまだまだ現役! これからも頑張るわよ!」
「お、おばあ様……」
こうして、極上美形ジュリアスに熱を上げたキャスリンを止められる者は誰もおらず、フィオナは夕食後に連れて行かれた浴室で、身体をピカピカに磨かれまくってしまい、本当にスケスケの夜着まで着せられてしまって、キャスリンの息の掛かった複数の使用人の先導の下、ジュリアスの滞在している部屋までトボトボと連行されることになった。




