5 VS女帝
銃騎士養成学校入校試験の合格がわかってから数日後、フィオナは実家の伯爵家に戻っていた。
フィオナは入校試験の合格をジュリアス経由で聞いていたが、その結果自体はキャンベル伯爵家に送付されるそうで、その前に自分たちの口で伝えた方が心象が良いだろうとジュリアスに促されて、フィオナは合格祝いとして彼からプレゼントされたセンスの良すぎる婦人服を身に纏い、髪は短いが令嬢の姿で、実家に戻った。
フィオナはジュリアスと共に馬車で領地の伯爵邸に向かっていたが、もうすぐ着くというところで、伯爵家の美貌の使用人ギルバートに馬車を止められ、「フィー様ッ! よくぞご無事でぇぇぇー! ああああ私のフィー様の美しき御髪が切られてェェェェー!」と泣き崩れるギルバートと共に邸に入り、客間に通された。
現在、客間にてソファに座るフィオナの目の前には、キャンベル伯爵家の『女帝』ことキャスリン・キャンベルその人の姿がある。
「モカが倒れたそうよ」
キャスリンは客間に入室してソファに座るなり、開口一番そんなことを言ってきた。
モカとは、フィオナと共に隣国に赴く予定だったフィオナの専属使用人の女性だ。
「大奥様、情報は正しく伝えるべきかと」
表情を曇らせるフィオナに気付いたのか、助け舟を出すように口を開いたのは、涙を引っ込めた後に、まるで執事が如き雰囲気で当たり前のように室内に佇んでいた、隻腕の使用人ギルバートだ。
ギルバートは婚約式襲撃事件の際に、フィオナをシドから守って片腕を失ってしまっている。
キャスリンは表情を作り微笑みすら浮かべていたが、まるで「余計なことは言うな」とでも言うように、発言をしたギルバートを一瞬きつく睨み付けていた。
対する使用人ギルバートは、屋敷の女主人に睨まれても全く怯まず堂々としている。むしろキャスリンをちょっと睨み返したようにも見えた。
ギルバートは立派な体躯をした大柄の青年だ。顔の作りは中性的で美しい顔立ちをしていて、髪が銀色なのもキラキラしていて綺麗だ。
実は、美しいギルバートはフィオナの初恋の人なのだが、そのことを知ったキャスリンが、これ以上ないくらい烈火の如く怒っていたことを、フィオナは鮮烈な記憶として昨日のことのようにずっと覚えている。
祖母は年若く美しいギルバートと愛人関係であると噂されているが、ただ、緊張感を孕んだ今の状態を見るに、甘やかな関係には到底見えない。
ギルバートの態度にため息一つ吐き出したキャスリンは、フィオナの出奔直後にモカが倒れて、医師の診察を受けたところ、結婚したばかりのダンとの間に子が授かったことが発覚した、と経緯を話した。
つまり、モカが倒れたのは妊娠の影響もあって、フィオナがいなくなったことだけが原因ではない。
隣国行きの船に乗っていたキャンベル伯爵家の従者たちは、船に残る者と次の港で降りる者に別れたそうだが、モカたち夫妻は後者で、フィオナの生存が判明した後も、体調が戻らないので港町で静養を続けているという。
「可哀想に。お前がいなくなったせいで余計な心労が掛かったのね。お腹の赤ちゃんにも良くないわ」
「…………申し訳ありません」
祖母はやはり微笑んでいるが、目は笑っていない。祖母の心の中で大嵐が吹き荒れていることは、フィオナは嫌でもわかった。
フィオナは、面倒を見てくれるという大伯父の好意を無下にし、出港後の船から飛び降りるという無茶をしでかし、自ら行方をくらましたのである。『あるべき貴族令嬢の行動』としてはゼロ点というか氷点下に突入している。
隣に客人であるジュリアスがいてくれるおかげか、今のところ祖母が仮面を脱いで般若の形相になることがないのが救いだ。
しかしこの後、「兄フィリップに成りすまして銃騎士養成学校の試験を受験したこと」「合格したので銃騎士になりたいこと」「ジュリアスと婚約すること」の三点セットを話して、了承を取らねばならない。
大伯父との約束を反故にしてフィオナが出奔した時点で既に、キャスリンが怒髪天を衝いていそうなのに、追加要素まで話したら、下手したら貴族籍剥奪くらいは行くかもしれない。
ジュリアスとの婚約も、本当は偽装なので、祖母や伯爵家の者たちを欺くことに罪悪感はある。
けれどフィオナは自分一人だけがこのまま黙って安全地帯へ行くことはできなかったし、すべては覚悟の上である。
挨拶もそこそこに、フィオナは銃騎士になって家族の仇を討ちたいことを初めてキャスリンに話した。
伯爵家の力だけでシドを討つことは不可能であるし、銃騎士隊の力は絶対に必要だ、と。
「お前の気持ちはわかりました」
頭ごなしに否定されるかと思ったが、流石は女傑。キャスリンはフィオナの気持ちには理解を示してくれた。
「私だって、どんな手を使ってでもシドを殺してやりたいですよ。
でもそれはそれ。これはこれです」
フィオナは途中まで祖母に賛同されたかと思ったが、やはり許可は出なかった。
「おばあ様は、女が銃騎士になるのはおかしいと言うのね。おばあ様ともあろう方が」
祖母に舌戦で勝てるかはわからないが、不利でもフィオナはやるしかなかった。
「おばあ様は騎士だったお母様を重用して、嫁ぎ先まで連れてきたじゃないですか。今更、男だとか女だとか、おばあ様はそんな事を気になさる方じゃないはずよ」
「『女は銃騎士になれない』というのがこの国の規則です」
「おばあ様だって、規則を破っているではありませんか」
次兄フィリップの死亡届はいまだ出されていない。
キャスリンもフィオナが言外に含めていることには気付いたようで、ちらりとフィオナの隣にいるジュリアスに視線をやり、彼が『フィリップ死亡』についてどこまで知っているのかを探りたい様子だった。
「あなたはどう思っているのですか? 銃騎士の方がこの場に来たということは、フィーが銃騎士になることには賛成の立場なのですか?
貴族令嬢であるこの子を、命の危険がある場に立たせることについて、それで本当に良いと思っているのですか?」
キャスリンは、フィオナの「規則を破っている」発言について深掘りすることはなく、別の質問をジュリアスに投げた。
「銃騎士になれば、獣人と接する機会も多くなりますから、もちろん危険度は上がります。
しかしその危険は、この地に暮らしていることと、同程度であると私は考えています」
『危険』を身をもって知っているキャスリンは、咄嗟には反論できず黙っている。
『安全』を求めるのであれば、フィオナが十一歳になるよりももっと前に、隣国に出すべきだった。
「フィオナ様の場合は貴族ですから、一般の隊員のように頻繁に獣人との戦闘に参加することはむしろ少なく、作戦立案などの銃騎士隊の脳としての働きが求められると思います」
「でも、獣人との戦闘は皆無ではないのよね?」
「そうです。しかし、現場に出る際には私が常に付き添います。フィオナ様は、私がこの命に代えてでも、必ずお守り申し上げます」
(出た! 『必ず守る』の殺し文句!)
極上イケメンの唇から出るトキメキワードに、さしもの熟女キャスリンも扇子を取り出して口元を隠していたので、トキメキを覚えながら口元を緩めていることが窺えた。
「フィオナ様としてではなく、フィリップ様としてお過ごし頂くことになりますが、決して女性と暴かれることがないように、その点も最大限に配慮致します。
もしもの場合は、私自身をキャンベル伯爵家に捧げても構いません」
ジュリアスのその発言に、フィオナは戦慄を覚えた。
(バレたら彼がおばあ様の第二の愛人にされちゃうーーーー!!)
扇子で口元を隠したままの祖母も、満更でもないみたいな表情で目元を緩めたので、「ジュリアスがキャスリンに散らされる図」みたいなものを想像してしまったフィオナは、『それだけは嫌ぁぁぁ!!』と顔色を悪くした。
「まあ確かに、今のこの子の体型では、男だと通すことも可能かもしれませんわねぇ」
ホホホ、と祖母が上機嫌に笑いながら返していて、もうなんか、「伯爵家を守るため!」ではなくて「祖母がジュリアスを手に入れるため!」という理由で、フィオナが銃騎士になることを祖母が了承しそうな気がしてきた。しかし――――
「とてもとても魅力的なお話ですけれど、でも、それでも……
私の大事な大事な孫娘を、銃騎士にすることはできません」




