4 俺を好きにならないこと
「どうかこのことは内密にしてください! 私は銃騎士になって家族の仇であるあのおぞましき赤髪の獣人王をこの手で討ちたいのです! あなたが黙っていてくれるなら何でもしますし、あなたの下僕でも舎弟でも何にでもなりますから!!」
根が真っ直ぐなフィオナは、女バレを咄嗟に誤魔化すのではなく、認めた上で自分の情熱を伝えた後に、口止めを願い出た。
「黙っているのは君次第だけど、どうするつもりだったのかな?」
彼は自らを、ジュリアス・ブラッドレイと名乗った後に、そう尋ねてきた。
口調は年長者が年下に『悪さをしたのか?』と優しく問い掛けるようなそれであるが、君次第だけどという所に、フィオナはジュリアスに一筋縄ではいかない感というか、強敵感を覚えてしまい、冷や汗を掻いた。
「ええと…… この後の身体測定に関しては、ありのままの姿を晒すつもりで、あとは試験に合格さえすれば何とかなると思います!」
「…………」
フィオナが希望的観測を述べると、ジュリアスは呆れたのかしばらく閉口していた。
「……こちらの条件を呑んでくれるのなら、女の子であることを黙っていても良いよ」
ジュリアスは美しい指を顎に当て、考え込んだような素振りの後にそう提案してきた。
ジュリアスは美しすぎる顔に似合わず『取引』なるものを持ち掛けてきたが、彼の澄んだ瞳に見つめられると、それだけでフィオナの胸はキュンとした。
「はいわかりました! その条件呑みます!」
「条件の内容をちゃんと聞いてから決めようね」
先走りすぎる自分に注意を促してくれるジュリアスは、とても良い人、いや良い先輩だとフィオナは思った。
フィオナは、この短時間で完全にジュリアスに心を許していた。
「一つは、俺の仮の婚約者になること」
「婚約者っ!!!!」
「仮の、ね。事情があって誰かに俺の婚約者の役目を引き受けて欲しいんだけど、ほとぼりが冷めた頃に婚約解消するから、本当に結婚はしないので安心してほしい」
フィオナは、『本当に結婚してもいいですよ』と言いかけたが、『銃騎士になって家族の仇を討つまでは結婚しない』と自分で決めていたので、おいそれと約束はできないと思い、喉まで出かかった言葉を押し留めた。
「どうして仮の婚約者が必要なんですか?」
「俺は誰とも付き合うつもりはないし、結婚するつもりもないんだけど、女性に言い寄られすぎて困っていて、女性たちの誘いを断る口実になってほしい」
人によっては嫌味な話に聞こえるかもしれないが、神が作り給うたかのような美の結晶の権化とも言うべき容姿をした少年ならば、嫌になるくらいに女に付きまとわれて困ってしまうこともあるのだろうと思い、フィオナは事情を理解した。
「貴族であるキャンベル伯爵家のご令嬢ならば、より強力な盾に成り得るだろう」
フィオナはジュリアスが自分の身元を知っていたことに驚いた。
「あの、もしかして私たち、以前にどこかで会ってたりしませんか?」
思わず出た質問に、ジュリアスは曖昧に笑う。
「俺は今銃騎士隊で情報収集も扱う二番隊にいてね。キャンベル伯爵領はシドのいる獣人の里に一番近いし、この間の婚約式襲撃事件で被害も出たばかりだから、良く調べていて、君の顔も把握している」
「ほ、他の人にもバレないでしょうか?」
「大丈夫。まさか貴族のご令嬢が男装して養成学校の入校試験を受けに来るなんて誰も思わないから、そのまま眼鏡を掛けていればわからないと思う」
フィオナは、『では何故ジュリアスにはわかったのだろう?』と疑問を抱きつつも、それよりももっとヤバイかもしれない問題に気付いてしまった。
「あ、あの…… もしかして、銃騎士隊二番隊って、伯爵家の秘密に気付いてます?」
秘密というのは次兄フィリップの死を隠蔽していることだが、フィオナとて腐っても貴族令嬢。『次兄が死んでいる』という決定的な発言はしないようにしつつ、含みを持たせて聞いてみたところ、ジュリアスは意味深長な微笑みを見せる。
「言っただろう? 君次第だと」
(逃げ場ない! これ逃げ場ないやつだわ!)
ジュリアスは、『条件を吟味してから』みたいなことを言って、『決めるのは君だ』みたいな体裁は取っているが、その実、婚約偽装のために見つけた格好のフィオナを、絶対に逃さないつもりのようだと知り、ちょっと目まいがしそうだった。
しかし、清廉潔白そうなジュリアスの美しすぎる容姿と、華麗に悪巧みをするそのギャップに、フィオナはかなり惹かれてしまっていた。
「『婚約者』の件では、できるだけ君に負担を掛けないつもりだ。君自身はお兄さんの『フィリップ』として他の訓練生たちと同じように養成学校に通い、時々婚約者として君本来の姿になって協力してくれればいい。
ただ、俺と婚約することで、婚約解消するまでの間だとは思うけど、俺を狙う女性たちからのやっかみや悪感情は受けてしまうかもしれない。そこは申し訳ない。
君のことは俺が必ず守る。絶対に君に危害が加えられないようにするし、婚約解消後もずっと守る。君の次の婚約者探しにも責任を持って尽力するよ。約束する」
『俺が守る』という発言に、フィオナは心臓を射抜かれてキュンキュンしたが、しかし――――
(そりゃいきなりこんな極上イケメンの婚約者になるわけですから、あなたに好意を寄せる女性たちからのやっかみは凄そうですよねー……)
そんなことも考えてしまい、フィオナは若干遠い目になったが、婚約解消後も、ということは、これでジュリアスとは一生切っても切れない縁ができるのではと思い、心が湧き立つような感覚もした。
「何とか頑張ってみます。私自身は養成学校に通うので、『キャンベル伯爵家のフィオナ』は、どこかで療養していることにでもして、姿を消した方が良いかもしれませんね」
「そうしてもらえると助かる。だけど、君が入校試験に合格しなければ、この話自体が始まらない。
二つ目の条件は、『実力で入校試験を突破すること』だ」
フィオナは、『え、条件って複数あるの?』と思ったが、八百長で試験を突破するわけにはいかないし、ジュリアスが言っているのも当然の話だと思った。
「銃騎士は命がけの仕事だから、そもそも養成学校の入校試験に合格できるほどの力がなければこの先とてもやっていけないし、『銃騎士になりたい』という君の夢も俺は応援できない。
別の方法を探した方が良いと言うよ」
つまり、実力で試験を合格しなければ『銃騎士になる』ことへの協力はナシ、ということだ。
「わかりました」
フィオナは素直に頷いた。
「三つ目、最後の条件は、『俺を好きにならないこと』」
フィオナは驚きに目を見開きかけたが、祖母仕込みの教育により何とか表情を取り繕い、平然を装った。
「わかりました。大丈夫です」
フィオナは既にジュリアスのことをほとんど好きになりかけていて、この三つ目が一番困難な条件に思えたが、一も二もなくそれらの条件を呑むことにして、ぶんぶんと首を勢い良く縦に振って了承した。
好きになりかけというか、ジュリアスのことはもう確実に好きである。
ジュリアスのような神懸かり的超爆裂級極上イケメンを前にして、好きにならずにいられる方が拷問だと思った。
(でも!)
フィオナには自分の恋心を押し殺してでも達成したい悲願がある。
芽生えてしまった好意は消せないが、たぶん胸に秘めておく分には問題ないだろうと思った。彼に付きまとう女性たちのように、思いを打ち明けたり迫ったりしなければ大丈夫なはずだ。
――――その後、ジュリアスの提案で胸の周りに包帯を巻いたフィオナは、「肋骨の骨折が治りかけ」という設定と、「肋骨を折るほどの大怪我のおかげで入院していたせいもあり、兄の本来の年齢である十四歳にしてはかなり小柄である」という設定が追加された。
そして、『絶対にジュリアスの婚約者(仮)になるんだーーっ!』という恋心パワーも爆発させた影響か、実技でも筆記でも自分の実力以上の力を発揮したフィオナは、銃騎士養成学校入校試験に無事に合格することができた。
実は魔法が使えるとジュリアスに打ち明けられたのは試験後しばらくしてからで、ジュリアスはフィオナが秘密を漏らさず信用できる人物かどうかを確信できてから話したようだった。




