3 君、女の子だよね?
浮かぶトランクにしがみつきながら自力で浜辺に辿り着いたフィオナは、岩場で濡れた下着類を脱いで着替えを済ませると、街道で辻馬車を捕まえて最寄りの駅に行き、列車で首都に向かった。
フィオナは首都に行く途中で長かった髪をバッサリと切り、『生きているから大丈夫。心配しないで』と書いた手紙にその髪束を同封して、伯爵家に送っておいた。
実家ではフィオナが行方不明になったと騒ぎになっているだろうから、とりあえずの連絡だが、女なのに銃騎士になるなんて全員に大反対されそうなので、とにかく試験に合格するまではと、自分の目的も居場所も知らせないことにした。
フィオナは列車を乗り継ぎ数日かけて首都に到着した。
都内にあるキャンベル伯爵家のタウンハウスには知り合いもいるので、フィオナは受験結果が出るまではあまり近付かないことにして、離れた場所で宿を取ることにした。
この時期、首都では養成学校の試験を受けるために全国から人が集まってくる。
入校試験の受験資格は十一歳から発生するので、フィオナのような子供が一人で宿を取ろうとしても、さほど奇妙には思われない。
「立派な銃騎士になって悪い獣人をやっつけてね」
フィオナが男物の服を購入して男装し、「銃騎士養成学校の試験を受けに来ました」と言うと、宿屋の主人はそう言って、快く部屋を貸してくれた。
そしてやって来た受験当日。
願書は事前に郵送しても良いが、銃騎士隊は多くの人員を募集しているので、当日飛び入りで受付に願書を提出しても受験可能だ。事前の願書提出だと実家にバレてしまうと思ったフィオナは、当日直接願書を提出した。
願書には三年前の、十一歳当時の次兄フィリップの顔写真が載っている。
フィリップとは髪色も眼の色も同じ灰色なので、そこら辺は助かったと思いつつ、変装のために度のない銀縁眼鏡を掛けてみたところ、『キャンベル家の少年伯爵が受験しに来た!』とかなり驚かれたが、正体がフィオナだとバレることはなく、すんなり受付を通って受験者に紛れることができた。
(とりあえず第一関門は突破だわ!)
しかしこの後には第二関門の身体測定が待っていた。
身体測定は上半身裸の状態で行われる。
フィオナはささやかではあったが胸が膨らみ始めていて、バレるかバレないかギリギリのところだった。しかしフィオナとしては、『ちょっとぽっちゃりしている』という設定で行けば大丈夫だと思っていた。
フィオナは衆人環視の中で脱ぐつもりだった。
「ちょっと……」
緊張の面持ちで更衣室に向かう最中、フィオナは涼やかで美しすぎる声に呼び止められて、何だろうと後ろを振り向いた。
「!!!!!」
そこにいたのは、神の御使いだった。
いや違う、人だ。
ちょっと困ったような表情でフィオナを呼び止めたのは、この世のものとは思えないほどに美しい容姿をした、空前絶後な超絶美形美少年だった。
彼はあまりにも容姿とその存在自体が光りすぎていて、眩しくて、まるで天から『光』を浴びているように見えた。
フィオナは彼が、神が作り給うた彼らの使徒かと錯覚したが、銃騎士隊の藍色の制服をまとう彼は天上人ではなくて、フィオナが目指している銃騎士隊の先輩のようだった。
フィオナは彼を見つめながら、魂が抜けたようにポ〜っと呆けていた。
「ちょっと、いいかな?」
「…………はい」
フィオナはポ〜っとしたまま、何の用事だろうと疑問を持つこともなく、誘われるがままに彼について行った。
彼が向かったのは、受験会場からは離れたどこかの別の建物内部で、周囲には人気がなかった。無人の部屋へ通されるなり、彼がガチャリと扉に鍵を掛けたので、これから一体ナニが起こるのかと、フィオナの心臓はドキドキと高鳴り、頭の中はお花畑状態だった。
美しすぎる彼は、絹のような白金髪と、永遠に輝きを放ち続けそうな宝石の如き澄み渡った蒼い瞳を持ち、そのご尊顔は美が結晶化したような神懸かり的造形美を誇っている。
これまでの人生で出会った中で一番美しい超絶美形を前に、フィオナは完全に舞い上がってしまっていた。
もしも彼が本当は悪魔で、「魂をくれ」と言われたら、フィオナは躊躇うことなく全力で彼にすべてを捧げてしまいそうな気持ちになっていた。
浮かれるフィオナは、自分が本日この場所に何をしに来たのかも忘れてしまったが、そんな彼女を現実に引き戻す一言を、彼が告げた。
「君、女の子だよね?」
フィオナは、何が何でも絶対に合格しなければならない今回の銃騎士養成学校入校試験において、ほとんど何もしていないうちから、あっさり女だとバレてしまった。




