28 妊娠
R15注意
初めて結ばれて、海を見ながらプロポーズされた日から、もうすぐ三年が経過しようとしていた。
「ジュリアス、あのね……」
「うん? フィー、『おやすみなさい』かな?」
フィオナは恋人との時間を多く持つため、住まいを首都のキャンベル家のタウンハウスから、ジュリアスと同じ銃騎士隊員用独身寮に移していた。
夜、フィオナは隣のジュリアスの部屋にお邪魔していて、朝までお邪魔を続けたかったが、読書に没頭しているらしきジュリアスは、エロ事よりも本の方が気になる様子で、その気ではないようだった。
にこっと聖人の如き清らかなる美しき笑みを向けられてしまうと、自分の欲をここで伝えるのも何だか違う気がして、フィオナは身体中にくすぶる「今日は抱いてほしい」熱を、何とか抑え込もうと思った。
ジュリアスとは頻繁に身体を重ねていたけれど、時々今回のように「エッチなことは全くしませんよオーラ」を出してきて、紳士対応をされてしまう時があった。
「う、うん、おやすみ。また明日、ね」
フィオナは夜の挨拶をしてから、すごすごと隣の広々とした貴族仕様の独身部屋に戻った。
三年前、男女の関係になった後すぐに、結婚を保留にしていたジュリアスの態度に変化が起こった。
曰く、すぐにでも結婚したいと。
しかし、そこから約三年経過しても結婚に至っていないのは、ひとえにフィオナ側に理由があった。
フィオナが銃騎士になったのは殺された家族の仇を討つためだ。あの獣人王と呼ばれているおぞましい赤髪の獣人を狩るまで銃騎士を辞めるわけにはいかない。
結婚したらきっと子供も出来るのだろうし、銃騎士を続けるのは無理がある。ジュリアスからも、仕事中に一緒にいられるのは嬉しいが、危険が付きまとう仕事なのだからとそれとなく言われている。
危ない仕事を最愛の人にしてほしくないのはこちらも同じなのだが、銃騎士を相手に選んでしまった時点でそれは仕方のないことなのかもしれない。
いつまでも性別を偽り続けることはできない。
ジュリアスは無理を通して銃騎士になったフィオナの思いを汲んでくれて、いつまででも待つと言ってはくれている。
国中の女たちが結婚したいと焦がれるような相手なのに、その男を待たせてしまっていることを申し訳なく思う。
どこかで区切りをつけなければいけないことは、フィオナもわかっていた。
「フィー……」
完全に眠りに入っていたフィオナは、愛しい人の呼び声に気付いて、やや眩しさを感じながら目を開けた。
(え?)
室内には灯りがついていた。視界に入る時計はまだ深夜の時刻を指していて、先ほど「おやすみ」と言って寮の自室で寝てからそれほど時間が経っていないとわかるが、目の前には、今にも脱ぐ直前のようにシャツの胸元をはだけたジュリアスがいた。
神の化身が如き究極の美しさを持つ恋人ジュリアスの、後光をまとったようなセクシー姿を見たフィオナの眠気が、彼方に飛んで行った。
フィオナはジュリアスを見て赤面しつつも、サッ、サッと部屋の中に視線を走らせた。
「セシの悪戯じゃないよ。本物」
フィオナがセシル――現在はジュリナリーゼとの婚約が成立して銃騎士養成学校の一年生をしている――の悪戯を疑うのも無理はなかった。ジュリアスが就寝中に夜這いに来るなんて、これまで一度もなかったからだ。
「いや、でも、何で……」
ギシッとベッドを軋ませながら自らに迫りくる、歩く色気の塊ジュリアスを前に、フィオナはドギマギが止まらなかったが、当然の疑問を口にした。
「さっきはごめんね。つい本に夢中で…… でも俺は本よりもフィーの方が大事だよ。したかったんだよね?」
「……うん」
ジュリアスの手が伸びてきて、腕に抱き込まれた時には、フィオナの心はこれから彼に愛されている喜びでいっぱいになった。
「フィー、何があっても、永遠に愛してるよ」
愛を囁くジュリアスに抱きしめられて、フィオナは途方もなく幸せだった。
フィオナは、ジュリアスと思いを通わせ合えて結ばれたことは、奇跡のような幸せだとも感じられて、自分からも「私も何があっても絶対に一生ジュリアスから離れない」と言葉にしようとしたが――このタイミングで急激な眠気に襲われて、意識がスッと遠のいていくのを感じた。




