27 結婚しようか
R15注意
フィオナは魔法の指輪を抜き取られて女に戻った。
「フィー…… ごめんね、フィー……」
フィオナはこれから彼と一つになれるのが嬉しくて、その反動で明日世界が滅ぶのではないかと思ってしまうほどに幸せだったが、一方のジュリアスは青い瞳に情欲の炎を灯しながらも、どこか罪悪感を抱えているような表情をしていて、おまけに謝ってきたのがとても気になった。
「結婚できなくても、いいの。私はジュリアスとずっと一緒にいられるだけで幸せだから」
結婚できないことを後ろめたく思っているのではと思ったフィオナは、ジュリアスの気持ちを軽くしたくてそう伝えてみたが、彼は「ありがとう」と言って微笑みを返してくれたものの、完全に憂いが晴れたような様子でもない。
「ジュリアス、ずっと思っていたの…… あなたは一体何を抱えているの? 話して楽になるのなら、私に全部話して」
フィオナの言葉かけにジュリアスの手が止まった。彼の表情は暗い。
「……一生大切にするから。ずっとそばにいるから。だから、これからひどいことをする俺を許してくれ」
重要な話が始まるのかと思ったが、沈黙の後、ジュリアスは何かを振り切ったような表情になって、詳細を話すことはなかった。ジュリアスは瞳に強い覚悟を宿しながら許しを請うと、再びフィオナに触れてきた。
「あっ、ちょっと待ってジュ、リ………… はぇ?」
フィオナがジュリアスの名前を最後まで呼べず、気の抜けた声を出してしまったのは、急にまた彼の色気が激増してきて、圧倒的なゾワゾワ感が全身を駆け巡るようになったからだ。
「な、に…… これ…… ま、ほう?」
フィオナは困惑した。徐々に理性が本能に負けて、頭の中がエッチなことばかりになるのを感じたが、『このままじゃいけない!』と持ち前の根性を発揮して、なんとか疑問を口にした。
「魔法じゃない。いや、あえて言うなら魔法を解除した。俺の本気を解放しただけ」
「な、に、そ、れ」
「俺は生まれつきの体質で、女性を惹きつけるようなフェロモンが身体中から出ているらしいんだけど、日常生活に支障がありすぎるからいつもは魔法をかけているんだ。フェロモンが強く出過ぎると媚薬みたいな効果が出て、俺の周囲にいるだけで女性が気持ちよくなってしまう」
フィオナは、『なんだその想像上の淫魔みたいな体質は!』と突っ込みたくなった。
「絶対に痛くしない。フィーには、他の男では満足できないくらいに、俺との営みを好きになってほしい」
言いながらジュリアスが至近距離に近付く。
「君が欲しい。フィーしかいらない、愛してる。君への愛を確かなものにする」
ジュリアスの愛の言葉にフィオナの鼓動が増す。「愛を受け入れる」と返事をするように一つこくりと頷いたフィオナは、身体の力を抜いて備えたが、ジュリアスはすぐにはしなかった。
「……俺と一緒に地獄へ墜ちてくれるか?」
身体を繋げる直前、ジュリアスが悲壮な様子で告げてきたが、フィオナは笑って、「あなたとならどこまでも」と返した。
「フィー、ありがとう……」
「……泣いてるの? ジュリアス」
ジュリアスの声が揺れて涙声だったので、驚いて尋ねた。
「うん…… 今すごく感動してる」
顔を見合わせると美しい顔に綺麗な涙の跡があった。フィオナがその光景が一枚の絵画のようで見とれていると、ジュリアスは先ほどまでの憂いの表情が嘘のような、幸せそうな笑顔を見せてくれた。
初体験を終えたフィオナは、とても満ち足りた気分で幸せを噛み締め、ジュリアスの胸に抱かれながら眠りに落ちた。
窓から見える夕暮れを迎えた六月の海辺には、潮干狩りを楽しむ親子連れの姿がまばらに見えたが、キャンベル家の専用海岸に人の姿はない。
波の音が聞きたくなったフィオナは、ジュリアスが魔法で窓際に出したソファで、彼の膝の上に抱かれながら、窓から見える風景を眺めていた。
「私、赤ちゃんの頃にね、お父様とお母様と、それからお兄様二人と一緒に、この場所に来たことがあるみたいなの。もちろん記憶はないんだけど、写真を見たことがあってね。家族みんなが笑顔で、すごく楽しそうにしていて……
ふとした瞬間に、またここにみんなで帰ってきたいなって思うの。家族みんなで一緒に、同じ時を過ごしたかったなって……」
父は夏をここで過ごした後、キャンベル伯領に帰り、獣人との戦いでシドに殺されたと聞いている。騎士だった母も、父の死後は伯爵家の私兵団と共に戦いに赴くようになり、フィオナが七歳の頃に命を落とした。
(その後にお兄様たちまで相次いで亡くなるなんて思わなかったし、あの夏この海辺で過ごした時間が、私たち家族にとっては一番幸せな時だったのかもしれないって思う……)
「また来ようよ。フィーがここに来たい時に、俺はいつでも一緒に来るよ」
「ありがとう」
「よければ、今年の夏はうちの家族も誘う?」
「いいかも、すごく楽しそう」
フィオナは微笑んだ。失ってしまった家族との団らんは戻ってこないが、別の新しい形で叶えられるなら、それもいいかもしれないと思った。
「フィー」
「ん?」
呼ばれて顔を上げると同時に唇に柔らかいものが当たって、キスをされた。
「結婚しようか。俺と家族になろう」
ジュリアスの初めての求婚に、フィオナは驚愕した。
【恋編 終】




