24 ズルい男
後半R15注意
閉じた目ぶたの上から陽の光を感じ、ゆるゆると目を開けたフィオナは、ここが首都のタウンハウスではなくて領地のキャンベル伯邸の自室だと気付き、それから昨日自身が成人を迎えたことも思い出して、『初夜はどうなったの⁉』とハッとして、完全覚醒した。
隣に目をやれば、朝から神々しく輝くジュリアスの白金髪が見えて、彼が背を向けた状態で同じベッドに寝ているのがわかったが、「うーん……」という明らかにジュリアスとは違う少年っぽい声が聞こえてきて、フィオナは訝しみながら、ジュリアスの身体に掛けられていた上掛けを取ってみた。
(ジュリアスが! 分裂している⁉)
見れば、上品に眠るジュリアスにぴったりと寄り添う、彼の少年期を模したような美しい容貌を持つ少年が、スヤスヤと寝ていた。
寝起きのフィオナは、『寝ている時のジュリアスって魔法の影響で分裂するのかしら⁉』などと見当違いなことを考えていた。
「寒い……」
二人分の美しい寝姿を見つめていると、上掛けを剥いだことで寒さを感じたらしき少年が、腕を伸ばしてジュリアスに抱き着いた。
「むにゃむにゃ…… 兄さん♡」
(ぐうっ!)
『「兄さん」っていうならジュリアスの弟なの?』と思いつつ、美形男子二人が密着して眠る様子に、フィオナの中の何かが滾りそうになったが、開けてはいけない扉が開かれる前に、寒いと言っていた少年の方がジュリアスよりも先に起きた。
目を開けてフィオナを見つめる少年の瞳の色は、ジュリアスと違って灰色だったので、彼の分裂体ではなさそうだと思った。
上体を起こした少年は「んーっ」と言って伸びをした後に、フィオナに向かって輝くような笑顔で「おはよー」と声を掛けてきた。
「お、おはようございます」
「敬語とかいらないよ、仲良くしてね。俺ずっとフィーに会いたかったんだ」
フィオナは初対面なのに愛称呼びされたことに面食らった。少年はかなりフレンドリーな性格のようだ。
「あなたは、ジュリアスの弟さん?」
その親しみやすさが、ジュリアスというよりもセシルに似ているように思いながら、フィオナは尋ねた。
「そうだよ。俺は兄さんのすぐ下の弟で、ブラッドレイ家次男のシリウス」
シリウスはそう言って、じーっとフィオナを見つめた。シリウスもまた、ジュリアス似のトンデモ美形であり、しかも出会った頃の少年期のジュリアスを思い起こさせるので、ドキドキしてしまう。
「フィーに会ったら言いたかったんだ。フィーと一緒にいるようになってから、兄さんは心に余裕ができたっていうか、幸せそうな感じがあって、フィーは兄さんにすごく必要な存在みたいなんだよね。これからも兄さんのことよろしくね」
兄思いらしいシリウスにジュリアスを託されたフィオナは、「もちろん!」と笑顔で返答した。
フィオナはその後目覚めたジュリアスから改めて弟を紹介された。そして、シリウスは外国で療養中ではなくて、実は獣人王シドのいる里にて、現在進行形で潜入捜査をしているという事情を初めて聞かされた。
驚いたフィオナは、その後もシド対策などを三人で話し込んだ。
モカが朝食に呼びに来たのでシリウスは帰って行ったが、フィオナは様々なことを考えながら朝食を頂いている最中、『しまった! 寝ちゃって結局初夜しなかった!』とようやく気付いたが、二人の休みは昨日だけだったため、初体験は成されないまま、転移魔法で首都まで戻った。
(でも、そのうちするよね?)
この時のフィオナは、そう考えていたが――
(どうしてできないの!)
フィオナはジュリアスとの初体験を期待しまくって日々を過ごしていたが、仕事が忙しいのもあり、タイミングがなかなか取れずにいた。何とかデートする時間を捻出しても、「仕事の呼び出し」だとか「家族の急用」だとかが発生し、良い雰囲気になってホテルになだれ込みそうな時に限って、デートがお開きになってしまう。
あれだけ濃厚だった魔力補充でさえも、随分とあっさりしたものに変わってしまった。ジュリアス曰く、両思いの恋人同士になれた影響なのか、キス一つだけでもかなり魔力がみなぎるようになったという。
魔力補充は魔力が充足すれば、すぐに現場へ駆け付けなければならないし、不必要に時間をかけて援護が遅れることもあってはいけないので、「抱いてほしい」とわがままを言うわけにもいかなかった。
次第にフィオナは悩むようになった。
問題の一つは、十代後半のやりたい盛りであるはずなのに、「性欲が減退したのか?」と疑いたくなるほどに、ジュリアスがエッチなことに消極的になったことだ。
人目を忍び、戯れのように口付けを交わすことや、時にはそれ以上のこともあることにはあったが、絶対に身体を繋げようとはしない。もしかしたら別の女がいてそちらで満足しているのではと勘ぐったこともあったが、そういう情婦のような女の影もなかった。
ジュリアスの態度は恋人になったら肉体関係了承済みとみなされるこの国の風潮とは少し距離があるようで、違和感はあった。フィオナは自分に性的魅力が乏しいせいなのではと悩んだりもした。フィオナは激しい訓練のせいで胸があまり育たず、貧乳であることが悩みだった。
一度きちんと話をしようと、仕事終わりにジュリアスに時間を取ってもらい、夜の執務室にて「防音の魔法」を施してもらった上で話を始めたが、ジュリアスはフィオナが別れ話でもすると思ったのか――フィオナとしては絶対に巨大魚を逃がすつもりはないが――、急に襲ってきた。
「フィーを欲求不満にさせてしまってごめんね。すぐに満足させてあげるからね」
「ち、ちがっ…… そういうんじゃ……」
魔法の指輪を抜かれて女の姿に戻されたフィオナは、執務机の上に押し倒された。
「結婚するってはっきり言ってあげられなくてごめんね。今俺が唯一言えることは、君を愛しているってことだけ……
もし、俺とは別に結婚したい相手ができたら、すぐに教えて。
……君はいつか俺じゃなくて、もっとちゃんとした男と一緒になった方がいい」
フィオナはジュリアスの言葉を聞いて涙目になった。
(私はジュリアスと結婚したい…… ジュリアスよりも好きになる男性なんてこの世にいない……)
眠りに落ちる寸前、フィオナはそんなことを考えた。
フィオナはいつか捨てられる未来に怯えつつ、仮ではあるが婚約を結んだ状態で交際を申し込んでおきながら、結婚願望がまるでないというこの不誠実な男から離れられなかった。




