23 ジュリアスの正体
ジュリアス視点
ジュリアスはフィオナをベッドに寝かせ、モカを退室させた後、愛しい恋人の傍らで彼女の寝顔をじいっと見つめていた。
「兄さん」
照明が届かない部屋の隅からの突然の声を聞き、ジュリアスはどこか25 ジュリアスの正体した表情を浮かべながら振り返った。
「シー、来てくれてありがとう」
愛称で呼ばれて、家具の影になっている部分から一歩踏み出して姿を見せたのは、「海外で療養中」とされているが、本当は獣人王シドの住まう獣人の里に長らく潜入している、ジュリアスのすぐ下の弟シリウスだった。
「いいんだ、俺も兄さんに会いたかったし」
ニコッと笑う、ジュリアスよりも三歳下のシリウスは、ジュリアスと同じ白金色の髪と、灰色の瞳――フィオナと同じ――を持つ、ジュリアスに面差しの似た超絶美少年だ。
シドの居住地とキャンベル伯邸は、シリウスが一度の転移魔法で移動可能な距離であり、彼はジュリアスの頼みで呼び寄せられていた。
フィオナが成人する特別な誕生日なのに、婚約者と一晩過ごすことを避けるのは、キャンベル伯爵家の者たちに不審に思われそうで、ジュリアスはフィオナと朝まで同じ部屋で過ごすつもりだった。
しかし、夜に二人きりで同じ部屋にいたら、ジュリアスは愛するフィオナへの欲望に抗えず、彼女を抱いてしまうような気がした。
そこでシリウスの登場だ。ジュリアスも弟の前では流石に情欲にまみれた獣にはならない。ジュリアスは信頼する弟シリウスに、自分と共にフィオナと一晩一緒にいてほしいと頼んでいた。
ジュリアスはフィオナと恋人になったが、フィオナを抱いて「番」にすることや、結婚するまでの覚悟は、まだできていない。
――ジュリアスは人間と偽っているが、その正体は、人間の敵であるはずの「獣人」だ。
ジュリアスの実父アークは人間だが、母のロゼが獣人であり、獣人の子は相手が人間でも必ず獣人になるため、シリウスを始めとした弟たちの全員も獣人だった。
これまでブラッドレイ家が獣人一家だとバレなかったのは、彼らに奇跡的にも発現した希少な魔法の力を使って、様々なことを工作してきたからだ。魔法がなければ、自分たち一家はとっくに全員死んでいる。
父のアークや、長男のジュリアスの職業が銃騎士であることも、隠蔽の一助になっている。まさか獣人が、獣人を狩るはずの銃騎士になるなどとは、普通の者であれば考えもしないだろう。
ただ、ジュリアスが銃騎士になったのは、正体を隠すのに都合が良かった、という理由だけではないが。
現在、この国では獣人は見つかれば殺されるのが基本だ。おまけに、獣人の番――人間たちからは「悪魔の花婿」や「悪魔の花嫁」と呼ばれる――になった人間も、獣人と同様に死罪になる。
そんな地獄にフィオナを巻き込みたくはなかった。けれど、ジュリナリーゼへの失恋の傷を癒すように現れたフィオナは、次第にジュリアスの中では掛け替えのない、とても大事な存在になっていった。
ジュリアスが、気持ちを制御しようとして結局できずに、フィオナに愛を請うて恋人関係を望んだのは、彼女と魔力補充をするようになった影響もたぶん大きい。
獣人は身体の繋がりに重きを置く生き物だ。
初めてフィオナに触れてキスをして以降、本番はしないまでも彼女と肌を合わせる日々の中で、ジュリアスの心はフィオナへの愛で染められていった。ジュリアスはフィオナに心奪われているし、彼女を絶対に誰にも渡したくないと思った。
「取引」を持ち掛けた時は子供だったフィオナも、成長期になり女性として美しく変化している最中である。このままでは別の男に掻っ攫われる危険性もあると考えたジュリアスは、とにかく「浮気厳禁」と主張できる恋人同士になった。
(でも、結婚は……)
ジュリアスは自分がわりとズルいことは自覚している。恋人関係になっておきながら、結婚に明確な答えを出さないでおこうと考えているのは、貴族令嬢であるフィオナに対して不誠実と言われても仕方がない。
今夜も、フィオナが自分と結ばれたいと考えているのはわかっていたが、お互いに生半可な覚悟で番になるわけにはいかないと思い、眠らせて、抱く機会を流してしまった。
フィオナの人生を考えれば、正体が獣人である自分は、彼女から距離を取らないといけない。
でも、離れられない。
ジュリアスだって本音を言えばすぐにでもフィオナと結婚したいし、抱いて番にしたいし、彼女をどこかに閉じ込めて誰にも見せないで永遠に愛で続けていたい。
「閉じ込めたい」願望は普通の人間同士であっても犯罪なので、たまに考えるだけだが、本当はそうしたい。
フィオナと一緒になりたい気持ちと、離れなければという思いに挟まれて、現在のジュリアスは二律背反のような状態だが、いずれ明確な答えを出さなければいけないと思っている。




