22 今宵私は最強彼氏に抱かれます?
「お腹すいたよね? 夕食を食べに行こう」
薔薇の花束を魔法で一旦収納し、抱きしめられながら濃厚なキスをされていたフィオナは、この後ホテルに行く展開しか頭になかったが、言われてみれば空腹を感じていたのと、エッチの前にはエネルギー補給も必要だろうと思い、「うん」と頷いた。
「こっちに」
フィオナは手を引かれるまま、絶景が見られる場所を離れて山の中央部へ向かった。絶景スポットを離れてしまうと夜の山には完全に人気もなく、幽霊でも出そうな雰囲気だが、ジュリアスに告白されて幸福度が爆上がりしているフィオナには、怖いものは何もなかった。
山の中に隠れ家レストランでもあるのかと思っていたら、少し歩いたところでジュリアスが立ち止まり、地面に手をかざした。
「転移用の魔法陣を作ったから、乗って」
暗いのと地面の草でよく見えなかったが、ジュリアスがそこに魔法陣を描いたようだった。
転移魔法は移動先が遠すぎると一度では移動できないが、魔法陣を使えば、転移魔法を何度も発動しなくても長距離移動が可能だ。
隣国に来る時にも使った移動法なので、フィオナに抵抗はなかった。
ジュリアスに手を取られながら彼の隣に立つと、周囲の景色が一変した。
(あれ?)
一気に明るくなった周囲はどこかのお屋敷の廊下のようだが、ものすごく既視感のある風景だと思った。
何かを言う前に、フィオナの背中に手を添えたジュリアスが、目の前の扉を開けた。
「フィオナお嬢様! お誕生日とご成人おめでとうございます!」
部屋の中には祖母キャスリンやギルバートや、庶子認定されたオルフェスに、無事に生まれたフィリップとの子を胸に抱くオルフェスの妻アリアと、キャンベル伯爵家の使用人たちも勢ぞろいしていた。
皆、拍手をしながらフィオナたちを笑顔で迎えてくれる。
「わあっ! みんなありがとう!」
広間はフィオナの誕生日と成人を祝うために飾り付けが施され、テーブルには夕食としてシェフが作ってくれた、豪華な料理や、結婚式と勘違いしそうな高さのあるケーキも用意されている。
伯爵家の者たちがフィオナのために準備してくれたのだと思うと、胸がジーンと熱くなって、フィオナの目も涙ぐんだ。
フィオナはジュリアスとのデートのために、実家での誕生会を延期していた。少し罪悪感もあったが、そんなフィオナの気持ちを理解してくれたジュリアスが、たぶん裏で調整してサプライズを企画してくれたのだろうと思った。
感動して、涙と共に笑顔も見せるフィオナは、アリアと同様に第一子を無事出産していた専属使用人のモカから、色とりどりの花が詰まった花束を贈呈された。
フィオナはジュリアスも大事だが、家族や伯爵家の皆のことも大事にしたい。「二人きりラブラブ夕食」からの「ラブラブ初体験♡」ではなくなったが、大切な人たちに囲まれて、温かな空気の中で成人を祝われる誕生会は、忘れられない一生の宝物になりそうだと思った。
「う~ん、ジュリアス♡」
使用人たちが頑張って催し物まで企画してくれたパーティーは、とても楽しく過ごせた。心が弾んだフィオナは、料理と共に提供された初めてのお酒もちょこっとだけ嗜んでいた。
ほろ酔いになったフィオナは甘えたくなり、『恋人じゃなかったらセクハラだけど恋人だから大丈夫!』と思って、隣のジュリアスにしなだれかかった。
フィオナは、朗らかな笑みを浮かべながら嫌がらずに自分を受け止めたジュリアスの、その国宝級、いや世界規模の宝とも呼べる極上美顔面に、自分から頬擦りをしてみた。
「酔ってる?」
するとジュリアスがそんなことを言いながらも、フィオナを抱く腕に力を込めて、片手で愛おしそうに頭を撫でてくれた。
ジュリアスは、彼の信奉者である女性たちに迫られても、絶対に頬擦りなんて許さないし、させないだろう。
魔力補充の必要があってもなくても、ジュリアスが触れる女性は、恋人である自分だけなのだと思った。
(幸せ~~♡)
フィオナはそのまま吸い込まれるようにジュリアスとキスして初合体にもつれ込みたくもあったが、家の者たちの目も気になり、こんな所ではできないと耐えた。
急がなくても、本日のジュリアスはキャンベル伯邸に宿泊するそうなので、誕生日パーティーがお開きになった後、めくるめく二人だけの性愛空間が待ち構えているはずだと思った。
(そうだ…… モカに、夜着とかお風呂とかの準備を頼んでおかないと……)
フィオナ自身は現在首都に住んでいるが、離れていてもモカは自分の専属使用人である。モカの姿を探して室内に視線を向ければ、ジュリアスと密着しているフィオナに、涙目で刺すような視線を送っている人物が一人いることに気付く。
フィオナの初恋相手でもある美貌の使用人ギルバートだ。
(ギル……)
フィオナはまだ幼女だった頃、ギルバートに告白したことがあった。
『私はギルがだいしゅきでしゅ! 大きくなったらギルと結婚しましゅ!』
フィオナよりも七歳年上で、当時からやはり美しく美少年だったギルバートは、感激した様子で『フィー様ぁぁぁぁーーッッ‼』と叫び、小さなフィオナを抱き上げて頬擦りをしてくれたが、『私たちは立場が違いますゆえ、もっとふさわしい、別の方をお選びください』と優しく諭されて、フラれている。
知恵をつけていたフィオナは、『ギルが貴族の養子になれば問題ないでしゅ』と答えたが、ギルバートは悲しそうな表情をしながら、『生まれは、変えられませんので――』と言って、フィオナの気持ちを受け入れてくれたことは、一度もなかった。
キャンベル家は子女――時に男子――に本番込みの閨教育をすることがあり、フィオナは男女のアレコレもわかるようになった頃に、『私の本番込みの閨教育はギルバートがいい』と訴えたこともあったが、祖母が激ギレしてしまい、ギルバートと結ばれることを諦めざるをえなくなった経緯がある。
ギルバートからは、『愛されているのかな?』と思う瞬間もあったけれど、彼が祖母に反旗を翻して「フィオナと結婚させてほしい」と訴え出ることもなく、「主家の令嬢と使用人」の関係性を踏み越えて来ることもなかった。
(さようなら、私の初恋。今宵私は最強彼氏に抱かれます)
「主役が眠くなってきたみたいだし、そろそろお開きにしましょうか」
ジュリアスにしがみついて離れない孫娘を見た、現当主キャスリンの一言により、パーティーは解散することになった。
片付けを始めた使用人とは別に、フィオナはジュリアスに姫抱きにされて広間から運び出された。モカの案内の下、フィオナたちは彼女の私室に向かう。
(初体験…… いよいよ初……体……)
しかし心は浮ついているのに、酒の影響なのか、フィオナは猛烈に眠くなった。
そして私室にたどり着く頃には、スヤ~ と、フィオナは眠りの人になっていた。
フィオナは、ジュリアスがこっそりと自分に眠りの魔法をかけて、入眠させていたことには、まったく気付かなかった。




