21 恋人関係へ
冒頭R15注意
初めてジュリアスの前に自身をさらけ出して「両片思い」状態を確認した後、フィオナは魔力補充のたびにジュリアスと触れ合う生活の虜になっていた。
二番隊のトップと同じ位置にいる彼らは、魔力補充以外の仕事も多く、様々に巻き起こる激務に追われているうちに、二人の両片思いの関係性を進展させる暇もないまま、あっという間に一年ほどが経過していた。
現在は年も明けて二ヶ月ほどが経過し、冬の寒さも和らいで春の気配が感じられるようになっている。とはいえまだ寒い季節だが、ジュリアスが魔法で室温を調整してくれているので、不都合はほぼ感じない。
魔力補充の最中、フィオナはこちらを愛しそうに見つめてくるジュリアスの視線に喜びを覚えた。
前にジュリアスに胸の好みの大きさを聞いた時は、「大きさは関係なくて、フィーの胸だから好きだよ」と優しいことを言ってくれたが、嬉しい反面、本当に彼が満足してるかはわからないなと思った。胸を大きくしたいのはフィオナの一つの課題だった。
「フィー、もうすぐ誕生日だね。何かほしいものはある?」
ジュリアスが問いかけてきた。月の春の始まりの頃がフィオナの誕生日で、そしてめでたく成人する日でもある。
ぼうっとしていたフィオナは、「誕生日プレゼント」の一つの答えに辿り着く。
「あなたがほしい」
「わかった」
返事と共にジュリアスがキスをしてきたので、フィオナは何も言えなくなる。
「フィー、ずっと…… 俺にはずっと君だけだよ」
ジュリアスの愛執の声を聞きながら、フィオナは、『もしかしたら、成人する日に初体験……!』と考え、期待と妄想を胸に抱いた。
指折り数えてやってきた成人の日、実家キャンベル伯爵家での成人の祝いも延期してほしいと頼み込み、ジュリアスとのめくるめく愛の初体験を期待しつつ、フィオナは、二人してもぎ取った休暇で「外国デート」を楽しんでいた。
大叔父の支援をぶん投げて海外生活を棒に振ってしまったフィオナは、これまで一度も国外に出たことがなかった。銃騎士をしている間は無理だろうと思っていたが、通常何日も掛かる移動が、転移魔法があればほぼ一瞬で済むこともあり、フィオナは初めて祖母キャスリンや亡き母の故国を訪れた。
フィオナはジュリアスと共に朝から大はしゃぎで隣国の観光名所を巡った。
出会った時は少年と呼べる容姿だったジュリアスも、この数年で青年期に差し掛かり、何もせずともそこにいるだけで垂涎ものすぎる色気をまき散らすようになった。
慣れていない者はジュリアスの笑顔を見ただけで倒れる危険性があるため、彼は色眼鏡をかけて目元を隠していた。
ジュリアスは自国では狂信者と呼べるほどに過激な信奉者がいるため、婚約者とのラブラブデートなんて目撃されたら暴動が起こりそうなものだが、隣国では彼の存在を知らない者も多いため、せいぜい神懸りイケメンを目撃してその光り輝く存在に涙したり、魂を抜かれて呆然としたり、度肝を抜かれる者がいる程度だった。
「獣人、奴隷……」
信望者に襲撃されない楽しい時間を過ごした後、日が落ちかけている橙色の空の下で、綺麗な夜景が見られるという山の中腹を目指して二人で手を繋ぎながら歩いていると、同じ場所を目指しているらしき、貴族を含む集団が道の先を移動している場面に出くわした。
馬に同乗し、恋人の語らいをしながら道を進む貴族カップルの後ろを、数名の従者が徒歩で付き従っているが、そのうちの一人だけが明らかに大きな荷物を背負わされていた。
自国では獣人は見つけ次第殺処理か銃騎士隊に通報――その後は処刑――が基本だが、滞在中の隣国には「獣人奴隷制度」があって、貴族を筆頭に許可が下りれば獣人を奴隷として所持可能だった。フィオナが荷物を持つ男を獣人だと気付けたのは、彼の首や手足に罪人を示すような金属の枷がはめられていたからだ。
フィオナが「獣人」と呟いた瞬間、ジュリアスと繋いでいる手にぐっと力が入った気がした。
自国で獣人を見かけたならば、大騒ぎで捕り物が始まるところだが、ここは隣国でルールも違う。銃騎士として普段から鍛えているフィオナとジュリアスの二人は、無言のままで貴族カップルを追い抜いた。
(私も銃騎士にならずに隣国に来ていたら、日常生活で獣人と接する機会もあったのかな……)
奴隷とはいえ人間と共にいる獣人の姿に、かなりカルチャーショックを受けたフィオナがそんなことを考えていると、隣のジュリアスが口を開いた。
「フィーは、獣人奴隷を持ちたいって思ったことはある?」
唐突な質問にフィオナの足が止まりそうになるが、手を繋いで歩くジュリアスにつられて歩を進める。
隣国に倣い、自国でも「獣人奴隷制度」を取り入れるべきか長らく審議中だったが、今期の議会で可決されそうな様子だった。
「フィーは貴族だから、獣人奴隷を持てるようになるかもしれないよ」
あまり想定していなかったことを問われて、フィオナはムムムと考え込んだ。
「そうね、うーん…… 気性が荒くなくて、人を襲わない女の子の獣人だったら少し考えるかも」
「男の子じゃ駄目なの?」
(万一襲われてジュリアスに捧げるはずの処女がなくなったら嫌だもの!)
フィオナは咄嗟にそう思ったが、まだ付き合ってもいないのにそんなことを言うのは恥ずかしかったので、「な、なんとなく、女の子の獣人の方が仲良くできそうかなーって、なんとなくね!」と言って誤魔化しておいた。
周囲が薄暗かったこともあり、フィオナは自身が「獣人と仲良く」と発言した所で、ジュリアスが少し口元を緩ませたことには気付かなかった。
一昔前のフィオナであれば、「獣人奴隷はいらない」とはっきり拒絶しただろう。
実家のキャンベル伯爵家で過ごしていた頃のフィオナは、こちらに攻撃を仕掛けるような暴力的な獣人としか相対したことがなかった。けれど銃騎士の仕事を始めてからは、捕縛されて連れてこられる獣人の中に、穏やかで人を一度も襲ったことがないような獣人もいることに気付いて、「完全悪」だと思っていた獣人の認識を少し軌道修正していた。
やがて山の中腹にある絶景スポットにたどり着く。日はすっかり暮れて宵闇に包まれた空の下、街の灯りが眼下に広がっている。勾配のついた地形も手伝い、栄えた街の光が立体的に見えて幻想的であり、この空間はまさに恋人たちのためにあつらえたような場所だった。
「フィー」
しばらく景色を眺めて感嘆の声を上げていると、ジュリアスが改まったような口調で呼びかけてきたので、『来たっ!』とフィオナは心中で歓喜しながら、できるだけ冷静を装ってジュリアスに向き直った。
街の灯りと月の光だけが頼りの中、ジュリアスの手の中には、周囲にわからないように魔法で出現させたらしき真っ赤な薔薇の花束があった。花束には薔薇がたくさん詰まっていて、フィオナはジュリアスの自分への愛の表現のように感じられた。
「わあ、綺麗!」
「本当は百本にしようと思ったんだけど、かなり大きくなるって花屋さんに言われて、五十本でそろえてもらった。五十本でも『永遠の愛』って意味があるみたいだから」
そう言ったジュリアスは、旧王家時代の騎士のようにフィオナの前に跪くと、目の前に薔薇の花束を差し出してきた。
「フィオナ様、どうか私をあなたの恋人にしてください」
ジュリアスは日が落ちてからは色眼鏡を取っている。とてつもない極上美形に見つめられながら愛を請われると、フィオナは久しぶりに鼻血が噴き出しそうなくらいに気分が高揚して、空でも飛べそうなくらいにとても嬉しくなった。
「ありがとう! 嬉しい! よろしくお願いします!」
歓喜しながら花束を受け取ると、薔薇の芳しい香りがふわりと漂ってくる。その芳香と、ジュリアスと恋人になれた幸せに酔いそうになり――それと同時に、ジュリアスに散々触られてきた身体も疼く。
(とうとう恋人になれたわ! この先にあるのはラブラブ初体験で決まりよ!)
自国には、「恋人関係になれば肉体関係了承済み」という風潮がある。これまでは魔力補充の時にしかエッチなことができなかったが、これから先は魔力補充という大義名分がなくても、時と場所が許せばいつでも本番しまくりに違いないと思った。
浮かれるフィオナは、恋人関係をお互いに了承したのみで、「婚約の扱いをどうするのか」や「結婚願望のないジュリアスの結婚意欲は高まったのか?」といった大事なことを尋ね忘れた。
頭の中には常にある問題だったが、良い雰囲気の中でジュリアスに口付けをされて、初めての「恋人キス」にとろけさせられてしまい、フィオナはそれどころではない状態にされてしまった。




