20 俺以外を好きにならないで
「責任を取りたい」
シド率いる獣人たちとの戦闘――死者は出なかった――を終えて戻ってきたジュリアスは、過激な魔力補充の後にホテルの寝台で休んでいたフィオナの所に戻るなり、毛布にくるまっていた彼女を大事そうに腕の中に抱えながらそう言った。
「フィーも何となく思っていると思うけど、俺たちのやっていることは、仕事上における『魔力補充』の範囲を大きく逸脱している」
フィオナも本当は、キスをした時点で仕事ではなくなっていたような気もしていたので、頷いた。
「女の子の身体にあんなことをしてしまったんだから、俺はそれに見合う償いをしないといけないと思う。貴族である君の将来にも影響があることだ」
貴族にとって結婚とは義務のようなところもある。ただこの国では「獣人の番にされないためにも早めに済ませた方が良い」という風潮があり、性に奔放な傾向もあって、結婚の際に生娘じゃなくてもそれほど非常識とは思われない。状況にもよるだろうが、それは貴族でも同じだ。
それにそもそも、厳密には自分たちはまだ関係していてない。キスやお触りその他はされたが、未だにフィオナは生娘なのだから、ジュリアスがそこまで責任を感じる必要もない気がする。けれどそのことについて話をしてくれるジュリアスは、フィオナを大切にしようという姿勢が見えて、とても誠実だなと思った。
「俺ができることなら、なんでもしたいけど――」
「けど?」
有言実行男が「責任を取る」と言うのだから、『婚約が本物になるのかも!』という期待が頭に浮かびつつも、「けど」という逆接の表現が引っ掛かったフィオナは、神妙な面持ちで沈黙しているジュリアスの、言葉の続きを促した。
「フィーのことは好ましく思っているよ。君は本当に素敵で勇敢で魅力的で、閉じ込めておきたいくらいに可愛くて素晴らしい女性だ。でも、結婚はできない」
賛辞の言葉――途中の「閉じ込めたい」には少し「?」となったが――を受けて気分が盛り上がった直後の、ジュリアスの「結婚できない」発言である。フィオナの胸中も表情も、ズゥゥンと地の底にいるかのように沈み込んだ。
「フィーが悪いんじゃない! 俺には結婚願望がないだけで、すべての原因は俺の方にある!」
隠していたつもりだったが、フィオナがジュリアスを好きなことは既に見抜かれていた様子で、それを踏まえての発言のようだが、なぜかフった側であるはずのジュリアスの方が、フられて落ち込むフィオナに取り縋るような言葉をかけているのが不思議だった。
ジュリアスはフィオナに向かって、「捨てないで」とでも顔に書いてあるような、とても悲しそうな顔をしている。
(ジュリアスは、何か人には言えない事情を抱えている……?)
故郷のキャンベル伯領の地で、自然に囲まれて育ったフィオナの野生の勘がそう告げている。
「ジュリアスとジュリナリーゼに関する秘密」は打ち明けられているが、ジュリアスにはそれとは違う、他の秘密もあるのではないかと思った。
「今はまだ、キスしたり触れるのはフィーだけ、くらいしか約束できることはないし…… 俺にもまだ覚悟がない。でも――前向きに考えたい」
「結婚はできない」のに「前向き」とは一体どういうことなのか、複雑ではあるが、「前向き」にも程度があって、「結婚の意欲ゼロ」だったものが、ほんのちょびっとでも可能性の芽を出したならば、それは「前向き」、なのかな? と、フィオナは良いように捉えることにした。
完全拒否されているわけでもないと知り、フィオナは落ち込んでいた気分を少し上向かせた。
「ジュリアスが私との関係をどうするか決められるまで、そういうことをするのは私だけって約束してくれるのは嬉しい。魔力補充は必要なことだけど、ジュリアスが私以外の人とするのは嫌だし……
でも、反対に私がジュリアスのために、何かを守った方がいいことはある?」
するとジュリアスは真面目な顔になって言った。
「俺以外を好きにならないで」
フィオナは驚いた。
「それは、最初に私と交わした三つ目の条件の、改定?」
フィオナは以前約束した『俺を好きにならないこと』について、おそるおそる尋ねてみた。
「そうなる」
肯定の返事をされたので、途端に、パアァァ! とフィオナの表情が明るくなる。
「じゃあ、ジュリアスを好きになってもいい? もう好きだけど!」
これまではっきりとは口にしてこなかった好意を告げると、ジュリアスが、とびきりの、とても嬉しそうな表情で笑った。
フィオナはジュリアスのその笑顔の破壊的美しさを前に、グハアァッ! と心が吐血しそうになった。
「いいよ、いっぱい好きって言ってほしいな」
その言葉に、フィオナの胸の中がジュリアスへの愛で満ちていく。
「好き、好き好き好き好き大好き!」
言いながら勢いでフィオナの方から抱き着くと、ジュリアスが受け止めてくれた。
「ありがとう。でも二人きりの時か、令嬢に戻った時しか言っては駄目だよ。男装がバレてしまうから」
にへぇ、と締まりのない笑顔を向けていると、ジュリアスがフィオナの唇に人差し指を立てて注意を促すような仕草をしたが、流れで彼女の唇を親の腹で撫で始める。
それがこそばゆくて、また気持ちよくなってしまいそうになり、ジュリアスも何かを欲しているような視線をこちらに向けてきたが、今は魔力補充が必要な時ではないので、彼はキスをしなかった。
ジュリアスは、フィオナのことをはっきり「恋人」だと言及することは避けていたが、「自分たちは同じ思いを抱えている」とフィオナは思った。
ジュリアスが戦闘の残務処理に戻るというので、充分に休んだフィオナも彼と一緒に戻ることにした。
フィオナは男の見かけになれる魔法の指輪をつけて隊服を着込み、銃騎士の姿になった。
部屋から出る直前、愛の告白の代わりに、ジュリアスはフィオナにこう言った。
「答えを出さなくて申し訳ないけど、これだけは、はっきりと言える。フィーは、これまでもこの先も、俺の唯一の相棒だよ」




