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男装令嬢の恋と受胎 ~国一番の顔面偏差値を持つ隠れ天敵な超絶美形銃騎士に溺愛されて幸せです~  作者: 鈴田在可
恋編

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2 跳躍

 夏の盛りが過ぎて、初秋の頃、フィオナは今まさに隣国へ出港しようとする船の中にいた。


 甲板に出て、祖母や伯爵家の者たちが見送る中、自身も彼らに手を振り返しながら、本当にこれで良かったのだろうかと、フィオナの中には、出港直前のこの期に及んでも、自分の選択を後悔する気持ちがあった。


 このまま隣国へ行けば、あるべき貴族令嬢としての生き方を全うすることができるのだろう。


 それが祖母の望みであり、願いである。


 フィオナではなくて、祖母の――――


(……違う。これでいい。だって私は、もうこれ以上おばあ様を悲しませたくない)


 道を示したのは祖母だが、それを選び取ったのはフィオナ自身である。


 亡き祖父イーサンに似て頑固な面もあるフィオナは、この選択に疑問を持ちつつも、一度自身が決断した道を覆すことを良しとしなかった。


 フィオナは胸に宿る焦燥感に気付かないふりをしながら、伯爵令嬢としての気品を保つようにと、成長途中の小柄な背をしゃんと伸ばした。


 共に隣国へ移住する予定の、使用人モカが差してくれる白い日傘の下で、フィオナは家族同然の伯爵家の者たちと別れた。


 だが、船が汽笛を鳴らし、岸から離れて見送る彼らの姿が遠ざかるにつれて、フィオナの頬を勝手に涙が伝い、押し殺していた焦燥感も強くなる。


(もう二度と会えなくなるかもしれない……)


 キャスリンは『この家はもうお終い……』と言っていた。


 祖母は死を覚悟している。


 夫や子供、そして孫が亡くなるたびにキャンベル家の伯爵を務めていたキャスリンは、伯爵家と運命を共にするつもりなのだろう。


 その昔、キャスリンの夫イーサンがシドに殺された時、彼女の身を案じた隣国公爵家は、「帰ってくるように」と書簡を送っていたそうだが、祖母は頑なに故国には帰らなかった。


 祖母は伯爵家に残り、亡き夫イーサンに代わって、領民と伯爵家を守る道を選んだ。


(私だって、この伯爵領のすべてを愛している)


 フィオナは、小さくなっていく伯爵家の者たちの姿を見つめながら、このままではすべてが失われてしまうと、まるで天啓のようにして悟った。


 フィオナは涙を拭うと、モカや護衛たちを促して船内にあてがわれた客室に戻った。


 フィオナは部屋に着くや否や、喉が渇いたと飲み物を所望してモカを退出させ、加えて、ドレスから部屋着に着替えたいと言って、モカと同様に隣国まで付いてくる予定の、モカの夫ダン他数名の護衛たちを部屋から締め出して、鍵を掛けた。


 そこからのフィオナの行動は素早かった。


 旅路では使用人が少なくなるため、一人でも脱ぎ着できる簡易的なドレスを脱ぎ捨てたフィオナは、コルセットと下着だけの姿になると、荷物の中からとある一つのトランクを引っ張り出してきた。


 そのトランクは水に浮くように作られていて、船旅でもし水難事故に遭った際には、浮き輪代わりになるし、しかも中に水が入らないという完全防水仕様の優れものだ。


 フィオナはトランクの中に、動きやすそうな服と下着を瞬時に吟味して詰め替え、祖母から贈られた宝石類なども、路銀にするために合わせて詰めた。


 そして()()()に一番必要になるだろう、次兄フィリップの形見分けとしてフィオナが望んで貰った、三年前にフィリップが銃騎士隊養成学校に入校を希望した際に揃えた書類――長兄フレデリクが亡くなり家を継ぐ必要が出てきて結局書類が使われることはなかったが――を、皺にならないように書籍に挟むと、トランクは完全防水仕様だが一応濡れないようにと服にくるんでから、中に入れた。


 フィリップは亡くなってしまったが、実は死亡届はまだ出されていない。


 オルフェスの庶子認定は、祖父の遺言状などの証拠を精査し未だ進行中で成されていないが、もしもこの状態で、爵位を戻して継承可能なキャスリンが獣人に殺される等して死亡した場合、「キャンベル伯爵家は継ぐ者がいない」と判断されて「お家断絶」の可能性があるからだ。


 普通、爵位が継げると聞けば、可能性のある親戚が群がってきそうなものだが、最強最悪の『赤い悪魔』こと獣人王シドの居住地に最も近く、常に危険が付きまとうこの貴族領を継ぎたがる親戚は、誰もいない。


 実際に、祖父イーサン以降のキャンベル伯爵家の当主は、()()()()()()()()()、皆シド率いる獣人たちに殺されてしまっている。


 ただ、手続きをすればフィオナも爵位は継げるのだが、そこにイチャモンを付けてきそうな男が約一名いるのだという。


 その男こそが、君主政ではなくて宗主制――国民の象徴として宗主という存在を置くこと――を敷くこの国の政治を、裏から一手に牛耳る影の君主(ドン)、宗主配クラウス・ローゼンである。


 キャスリンは獣人王(シド)対策として、国から多額の予算をガッポリと引っ張ってきているが、そのことを宗主配クラウスは良く思っておらず、キャスリンを筆頭に、キャンベル伯爵家はクラウスに嫌われているらしい。


 性悪クラウス(キャスリン談)がキャンベル家のピンチに付け込んで、「フィオナは未成年だから」とか「女だから」とか何か理由を付けて、万が一潰しに掛かってくる可能性も考えたキャスリンは、『オルフェスが庶子認定されるまではフィリップの死を隠す』という、とんでもない荒業に出た。


 だがその無茶により、現在、次兄フィリップは法律上はまだ生きている。


 つまり、書類の日付さえ誤魔化せば、近々行われる銃騎士養成学校入校試験の願書として、正式に提出できる。


 フィオナは兄の意思を継ぎ、男装して銃騎士になって、組織の力でシドを討とうと考えた。


 思い付きではなかった。長兄フレデリクが亡くなって、次兄フィリップが銃騎士になる夢を諦めてから、ならば自分がと、フィオナはずっと考えていた。


 銃騎士は男しかなれないが、それでも、だ。


 フィオナは準備の最後に、狙撃の名手であった次兄フィリップが愛用していた、形見の拳銃をトランクに詰めた後に、母と長兄フレデリクが使用していた形見の細剣(レイピア)をトランクの外側に紐で括り付けてから、船室の窓を開けた。


 フィオナのいる部屋から海面まではそこそこの高さがあるが、一世一代の決意を固め、対外的にはお淑やかを装いつつも伯爵家の者たちからは「無鉄砲」と評されているフィオナは、怯まなかった。


 それでなくても、フィオナは貴族令嬢とは言え危険な場所に住んでいたので、有事の際には動けるようにとそれなりに鍛えていて、運動能力や体力には自信がある。この高さならいけるとフィオナは判断した。


(女は度胸よ!)


 フィオナはまず、トランクを先に海に投げ出した。


 バシャン! と海水が跳ねて音も立つが、航行中の船は打ち寄せる波を受けながら進んでいるため、その音に紛れ、部屋の外で待機中のダンたちも異変には気付いていない様子だ。


 狙い通りにトランクが海面に浮くのを確認したフィオナは、窓枠に足を掛けた。


 フィオナの結い上げられた祖母譲りの灰色の髪が、陽の光に照らされて銀色に輝いている。


(おばあ様! 伯爵家のみんな! 本当にごめんなさい! 私やっぱりこのまま隣国へは行けないわ!)


 心の中で、祖母や、この後フィオナの出奔に気付いて慌てるだろう同行中の従者たちに特に詫びながら、フィオナは意を決し、船室から窓の外へと跳躍した。


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