16 気付き
フィオナ視点→ジュリアス視点
年が明けた新春、特例により銃騎士養成学校の卒業資格を得ていたフィオナは、養成学校から銃騎士隊に籍が移り、夢だった銃騎士になることができた。
入隊したフィオナは銃騎士隊二番隊の配属になり、同時に二番隊長代行であるジュリアスの専属副官に指名された。
仕事は基本ジュリアスに付き従い、その補佐をすることだ。「二番隊長代行」は二番隊長とほぼ同じ権限や仕事内容があり、その中には「銃騎士養成学校入学式の出席」もあった。
本来は、二番隊長でありジュリアスの父親であるアークが行けば済む話だが、アーク不在――アークは大抵いつもどこにいるかわからない――のため、ジュリアスにお鉢が回ってきた。
卒業したばかりなのに養成学校に戻ってきたフィオナは、ジュリアスの背後に控えて立つ式典の最中、新入生として出席していたレインの姿を見つけた。
新入生はかなりの人数がいるので、その中からレインの姿を見つけるのは本当は簡単ではない。それなのになぜ見つけられたかと言えば、当のレインが、正面の壇上で挨拶をする学校長を見るのではなくて、思いっきり横を向いて、フィオナのことをじぃぃぃーっと、穴が空きそうなほどの強視線で見つめてきたからだ。
一人だけ変な方向を向いていたので分かった。
フィオナはレインのその行動に、初対面の時に感じたような妙な胸騒ぎを覚えつつ、今は「フィリップ」であるので関係性はないはずなので、「お前のことなど知らん」という表情を貼り付けて、式が終わるのを待った。
「フィオナ様」
しかし、嫌な予感とは的中するものである。
フィオナは式典の終わった会場から出てジュリアスと共に歩いている所を、よりにもよってフィオナの名で呼び止められた。
フィオナは無視しようとしたが、隣のジュリアスが立ち止まったので、フィオナも立ち止まって振り返った。
(なんか怒ってるっ!)
レインは、これまでの茶会での穏やかな様子から一転、目に殺意に似た強烈な怒気を宿していて、数歩後ずさりしたくなるくらいには怖かった。
レインはフィオナではなくてジュリアスを激しく睨みつけながら言い放った。
「我が領の姫を銃騎士にするとは、一体どういうつもりだ!」
フィオナと、そしてジュリアスやたぶん彼の家族も、レインには何も喋ってない。なーんにも喋ってないのに、どうやらレインは、フィオナの男装姿を式典の最中に見かけただけで、兄のフィリップではなくて妹のフィオナだと、確信を得てしまったらしい。
(なんでわかったのこの人! 怖っ!)
フィオナはこれまで魔法使い以外で正体が女だと見破られたことはない。レインの観察眼の鋭さというか、どんな状態でもご主人様を嗅ぎ分ける忠犬のような野生の勘(?)に舌を巻きつつ、『この男末恐ろしい、敵に回したくない』とフィオナは猛烈に思った。
周囲には式典会場から出てきた人々がいる。フィオナは彼らにレインの言葉を聞かれてしまったと思った。
『終わった…… 私の銃騎士人生、十日だった……』と天を仰ぐフィオナをよそに、殺気立つレインとは裏腹に冷静なジュリアスは、しばし無言を貫いた後に、隊服の中に手を入れると、サッと取り出した一枚の写真をレインに差し出していた。
「こ、これはっ!」
驚愕に目を見開いたレインは、ジュリアスの手から写真を奪い取ると、その写真を凝視した。フィオナは天を仰いでいたので見ていなかったが、その写真には銀髪の少女が写っていた。
写真の少女の姿を舐めるように見つめているレインの耳元に、ジュリアスが小声で何事かを囁いた。
「わかった。それでよろしく頼む」
レインは写真を黒い制服の中にしまい込み、キリリとした表情に戻ってジュリアスに頷き返すと、それ以上は何も言わずに、ルンルンと足取りも軽い様子で新入生たちの集団の中へ戻っていった。
「もう大丈夫だよ」
「え、でも……」
「口止め料を払うことになったから」
「口止め料……」
たぶんお金ではない。
『レインが近付いてきた時に、念のため周囲に「防音の魔法」も掛けておいたから、誰にも彼の言葉を聞かれてないし大丈夫。今はもう魔法を解いてしまったから、普通にしてて』
ジュリアスは精神感応で話しかけてきた。
周囲にレインの発言を聞かれてしまったという懸念は、ジュリアスがすでに対策をしていたようで、先手を打っていたジュリアスの的確な対応にフィオナは舌を巻く。
「さて、行こうか」
ジュリアスはフィオナの肩を抱くと、先へ行こうと促した。
フィオナは距離の近さと、「ジュリアスに守ってもらってる感」を感じて、胸がキュンキュンした。
養成学校に通っていた頃は用事がないと会えなかったが、副官になった今は、ジュリアスと一緒にいる時間が圧倒的に増えた。
ただし、フィオナは性別を偽って銃騎士になっているし、そもそもジュリアスとは偽装婚約だ。
ジュリアスの一番近くにいられるこの関係性にも、いつか終わりがくるだろう。
フィオナは、その時にちゃんと笑ってさよならできるように、ジュリアスとの間にあった些細な出来事でも、その一つ一つに感謝にして、彼と過ごせる時間に大切にしていこうと思った。
******
(なぜ俺は、肩を……)
レインがフィオナの正体に気付いてしまったので、ジュリアスは口止めとして「獣人姫」の写真を魔法で念写して渡し、これからも定期的に写真を渡すと言って、レインを追い払った。
今フィオナの正体が暴かれるのはジュリアスとしても得策ではない。レインが「取引」に乗ってきたことに安堵したジュリイアスは、つい流れで、フィオナの肩を抱き寄せて歩き出してしまった。
ジュリアスは生涯誰とも結婚しないし、誰とも恋人になるつもりはない。
それなのに、妹のように思っていたフィオナに対して、まるで恋人にするような、独占欲をあらわにする行動を取ってしまったことに、かなり驚いていた。
肩を抱いたのは無意識からの行動だったが、ジュリアスは自身が、「フィオナをいつまでも自分のそばに置いておきたい」という欲を持っていることに、気付かざるを得なかった。
(そうか、俺は嫉妬していたのか……)
きっかけは、おそらくレインの存在。フィオナとレインがくっついてくれれば都合が良いと思っていたはずなのに、二人が仲良くなるにつれて、ジュリアスは心に空洞が広がっていくような、苦々しい感覚を味わっていた。
フィオナの温かさに、どんな状況にもめげずに明るく立ち向かっていく折れない心に、とても惹かれている。
(でも俺は、フィーにはふさわしくない。彼女の幸せを見守っていければそれでいい)
ジュリアスは、初恋だったジュリナリーゼに対する恋心に自ら下した鉄槌と、同じ処置をしようと決めた。
フィオナへの芽生えてしまった好意は消せないが、たぶん胸に秘めておく分には問題ないだろうと思った。




