15 良い獣人、悪い獣人
レインとは激烈な初対面の後も、幾度となく会う機会があった。
レインはブラッドレイ家に居候していたので、実家にお茶しに行くたびに、キラキラとやはり忠犬のような喜びの表情を浮かべながら、ジュリアスと親睦を深める場であるはずの茶の席に、ちゃっかり同席していた。
初対面こそグイグイ来すぎてびっくりしたが、レインは基本的には紳士なようで、様子がおかしくなったのは初回だけだった。
ジュリアスは、フィオナを前にしても落ち着いた行動が取れるようになったレインが同席することを許していて、むしろ「レインが元気になるから良いことだ」と言っていた。次第にジュリアスが席を外すことが多くなって、反比例するようにレインと交流する時間が増え、彼とは自然と仲良くなった。
レインとは色んな話をした。獣人の襲撃で父親と一つ下の妹を亡くしたというレインが、その時の話をする時、彼はとても苦しそうな、そして憎しみがにじみ出た顔をする。
「フィオナ様は獣人をどう思う?」
もう一ヶ月もすれば年が替わるという冬の初めの頃、急な仕事で呼ばれたジュリアスが茶の席から退出した後、レインと二人きりにされたフィオナは、「様付け」はそのままだが打ち解けすぎて敬語を取り払うようになったレインから、そんな質問をされた。
一応部屋の扉は開けていて、廊下に伯爵家の護衛も控えているが、ジュリアスは毎回用事が発生するたびにお茶会をお開きにせずに、「二人でゆっくりしてて」と言って、フィオナとレインを二人きりにして出て行ってしまう。
フィオナはジュリアスとの心の距離が離れたような寂しさを感じていた。
『ジュリ兄はフィー姉とレイ兄をくっつけたいのかもね。レイ兄は平民だけど、貴族家の養子になるとか結婚する方法はいくらでもあるし』
という分析は、いつもタウンハウスの自室にいる時に限って瞬間移動でいきなり遊びに来るセシルの言葉だ。
セシルはフィオナの恋心を知っているので、悩みを打ち明けられる恋の良き相談相手だった。
ジュリアスとは偽装婚約だし、「ジュリアスがフィオナの次の婚約者探しに責任を持って尽力する」ということは、ジュリアスとの約束の中にも入っているから、彼の行動もわからなくはないが、モヤモヤする。
『銃騎士と貴族令嬢の結婚はよくある話だけど、でもレイ兄は思い人がいるから、どうだろうね』
セシルはそう言うが、レインの亡くなった家族の話は出ても、彼の口からその思い人について聞いたことは、一度もない。
レインは今年の銃騎士養成学校入校試験を受験していて、見事一発合格を果たしていた。一年前はフィオナも同じ立場にいたが、こちらはもう卒業だ。レインと入れ違いのようになって一緒に学校に通えないのは少し残念だが、レインには男装の件は伝えていないので、しみじみしているのはフィオナだけである。
「獣人は、私にとっては『悪』そのものよ。大切なものをみんな奪っていくから」
「いらない存在か」
「そうね」
フィオナにとって獣人はずっと、自分たちを脅かす存在だった。「獣人王シドの居住地に一番近い貴族領」という危険な環境で育った影響もあり、フィオナには自然と獣人を否定する答えが身についていた。
フィオナは、家族を獣人に殺されたレインも当然自分と同じ考えだろうと思ったが、少し違った。
「俺も獣人は嫌いだけど、悪いことをする獣人ばかりじゃない。中には良い獣人もいるよ」
「それは…… 銃騎士隊に入ったら、周囲には絶対に言わないほうがいいと思う……」
銃騎士は獣人を狩るのが使命だから、「良い獣人もいる」という発言は、銃騎士隊の存在意義を根底からひっくり返しかねない言葉だ。
「それはわかってる。ただ、俺は襲撃の時に獣人に助けられていて……」
レインは言葉の途中で口をつぐんだ。フィオナは『獣人が人間を助ける』という事象が純粋に驚きであり、話の続きを待ったが、それ以降レインは話を濁してしまい、詳細を語ることはなかった。
ただ、「良い獣人もいる」というこの時のレインの言葉は、フィオナの胸の奥の方に、ずっと残り続けることになった。




