10 デビュタント・パーティー ~妖精~
本日のフィオナのドレスは、ジュリアスの髪色に合わせた白金色を基調に、チュール素材をふんだんに使用したふんわりとした印象のドレスだ。しかしその輝くような「白金色」を出せる布地や糸は、この世に存在していない。
社交界では誰も着たことのない、魔法色とも呼べる特別製のドレスを着たフィオナに驚く者もいたが、多くの者は彼女をエスコートしている隣の美少年から、多大な衝撃を受けていた。
女性のドレスデザインの多様性とは違い、パーティーにおける男性の衣装デザインは、流行りはあれど画一的なことが多い。
しかしフィオナと揃いである白金色のテールコートを身にまとったジュリアスは、色味以外はよくあるデザインの衣装を着ていても、持って生まれた容姿が輝きすぎていることもあって、天空の世界からやってきた神の御使いが如き彼にふさわしい、素晴らしい衣装に見えた。
銃騎士隊の制服とは違う、貴族然とした彼のその装いと美麗すぎる顔面が至高の組み合わせとなって、その場にいる者たちにぶん殴られるような衝撃を与え、とりわけ女性たちのほぼ全員の動きを停止させて、その上で彼女たちの心まで奪った。
ジュリアスがフィオナをエスコートしながら一歩一歩足を踏み出して移動するだけで、ジュリアスの美しさに何人かの女性たちがバタバタと失神していくが、ジュリアスの輝きにやられているのは女性だけではなかった。
男性の多くも魂を抜かれたようにもジュリアスを見つめていて、頭を抱えていたり、よろけて周囲に支えられている者もいる。
魔性美少年ジュリアスはその場にいる人間たちの全員を虜にしていた。
その場で声を出す者は誰もいない。誰もが本日デビューする二人の一挙手一投足を固唾を呑んで見守っている。
フィオナとジュリアスはまっすぐに本日の主催であるバルト公爵の所に向かった。二人が移動するたびに、人垣がサーッと割れて道ができていく。
公爵との挨拶を済ませた二人が、会場中央のダンススペースに進み出たところで、天国にいるかのような心地よい音楽を奏で続けていた楽団が、ダンス用の曲目を演奏し始めた。
実はこの楽団は仕込みで、ジュリアスの華麗で端麗すぎる姿に衝撃を受けて倒れないようにと、全員が男性で構成されていた。
彼らはパーティ開始前にジュリアスとも対面していて、ある程度の耐性は付けている。
この仕込みは、ジュリアスの銃騎士隊同期で親友のバルト公爵家次男、ロレンツォ・バルトの協力もあってできたことだ。
向き合ったフィオナとジュリアスは礼をして踊り始める。デビュタントも兼ねたパーティでは最初のダンスはデビュー組のみと決まっているわけではないが、フィオナたち以外でダンスに加わる者はいなかった。
優雅な調べに合わせて、ジュリアスがフィオナの手を取り華麗に舞うと、そこかしこからため息や感嘆の声や、バタバタと人が倒れる音も聞こえてきた。
しかしそこは想定内というか作戦通りであり、バルト公爵家の使用人たちが卒なく救護に向かっている。
フィオナはダンスは好きで得意なので、ジュリアスがたまに繰り出すダンスのアレンジにも付いていく。
練習できたのは短時間だったが、二人のダンスの息はぴったりだった。
突如としてワッと歓声が上がる。ジュリアスがフィオナをリフトする大技を決めたからだ。
空中で回るフィオナのドレスも、背中側にあるチュール素材の飾りが宙にふわりと浮いて舞い上がり、まるで白金色の妖精が空を飛んでいるように見えた。
続けてリフトされたフィオナはあまりにも楽しくて、自然とあふれんばかりの笑顔になった。
「ありがとうジュリアス! 最高のデビュタントだわ!」
一曲目が終わって拍手が沸き起こる中、フィオナは拍手を送ってくれる会場の人々にも礼をした後、二曲目の音楽が流れ始める中をジュリアスに手を引かれて退場するべく、出口へ向かった。
名残惜しくはあるが、主催者に挨拶をし、ファーストダンスを踊ればデビュタントは済ませられたと言える。
倒れて介抱されていたり呆けたままの貴婦人たちも多いが、フィオナに口撃を仕掛けようとこちらに近付いてくる令嬢たちの姿も見えて、フィオナはジュリアスの動きに従った。
退場中に話し掛けられた場合はジュリアスが魔法で対処すると言っていたが、結局魔法は発動しなかった。
なぜならば、再び会場中からワッと声が上がり、近付いていた令嬢たちも足を止めて、歓声の中心に視線を向けていたからだ。
リフト的大技が決まる。踊っているのは、ジュリアスの親友ロレンツォと、その婚約者であるシャルロット・アンバー公爵令嬢だ。
ただ、フィオナたちの退場中に注意を逸らしてほしいと仕込んだ訳ではなく、お淑やかを装いつつも自分こそが目立ちたくて堪らない負けず嫌いなシャルロットが、二曲目の始まりに婚約者のロレンツォに無理を言って、激しめのダンスを希望してこうなった――と後から聞いた。
その後、会場はロレンツォとシャルロットの独擅場となり、かなり目立てたシャルロットは、ぐったりとしつつも、とても満足して帰宅したという。




