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08.聞き込み

朝の商店街は活気に満ちていた。通勤のサラリーマンの群れ、通学する小学生の元気な声、そして、パン屋から漂う焼きたての香り。人々の間を縫うように、誰にも気づかれずに歩く存在があった。中村だ。いや、彼の視線の先にはもっと特殊な存在——幽霊たちが見えていた。


「ポストのとこでアイドルが殺された事件、何か知らないか?」


中村は、コンビニの店先にうずくまるようにして座っていた男の幽霊に声をかけた。顔の左半分が黒く焼け焦げ、虚ろな目で地面を見ていたが、中村の声に反応して、ただ無言で首を横に振った。


「怪しいヤツ、見なかった?」


今度は、商店街の小さな交差点——不動産屋とケーキ屋のあいだにある自販機の影に立つ青年に尋ねた。胸元にはくっきりとロープ痕が浮かび上がり、首をかしげたまま、こちらをじっと見つめていたが、やがて静かに首を振る。


「殺人の噂、聞いてないですか?」


スーパーの前、空のダンボールに腰掛けていた老婆の幽霊。首には古びたスカーフを巻き、手にはすでに買えなくなった特売のチラシを握っていた。中村の問いに対し、彼女はうっすらと笑みを浮かべたまま、やはり首を横に振るだけだった。


商店街はにぎやかで、リアルな世界の人々がせわしなく行き交っている。そのすぐそばで、誰にも気づかれないまま存在している霊たち。中村は歩きながら、次の幽霊を探した。だが、どの霊も知らないと、ただ静かに揺れるだけだった。


夕方。諦めかけたころに、駅の改札口に立つ首にロープを巻いたままの若い男の幽霊が、ぽつりと呟いた。


「ポストの前のマンションに、地縛霊がいるよ。あの人なら何か見てるかも」


——中村の目が光る。


***


作業着姿の中村は、工具箱を手にポストの向かいのマンションへ入っていった。エントランスの管理人に会うこともなく、まるで本物の業者のように自然にエレベーターへ乗り込む。


五階。ある部屋の前で、インターホンを押す。


「マンションの管理組合の者ですが、手すりの点検で回ってまして……」


老婦人が出てきた。


「あらまあ、ご苦労さまです」


「最近、東京でもベランダから人が落っこちちゃう事故がありましたから。全部の部屋をまわって手すりを点検してるんですよ」


「今、お茶入れますね。ジュースがいいかしら?」


「いえいえ、お構いなく」


人の良さそうな老婦人は何の疑いもなく、中村を中へ迎え入れた。


部屋の奥に通された中村は、さりげなくベランダへと足を運ぶ。ガラリと開けたガラス戸の向こうに、ぼんやりとした影があった。年配の男性の幽霊だ。


「こんにちは」とその幽霊が言った。


中村は少し驚きながらも頷いた。


「俺のこと、知ってます?」


「いつもここから見ていますよ。あの女の子と話しているのを」


中村はうなずくと、下を覗き込んだ。ポストの赤色が真下に見えた。羽菜がその上に腰掛けて暇そうに足をぶらぶらさせていた。


「私はもう十年ここで地縛霊をやっています。妻が一人で暮らしているのでね、心配で成仏なんてできませんよ」


「ここでお亡くなりに?」


「寒い日でした。ベランダに出た瞬間、脳卒中でね……」


「こっからじゃ、あの夜のことも見えたんじゃないですか? 1ヶ月くらい前、あの女の子が殺された夜です」


「かわいそうな事件でしたね……あいにく、あの日は雨が激しかったし、夜だったから、よく見えなかったんですよ。すみません、お役に立てなくて」


「いえいえ」


「ただ、ひとつだけ。私の思い過ごしかもしれないけれど……」


中村は目を細めた。


「なんです?」


その数時間後。


羽菜は、いつものようにポストの上に座っていた。


郵便屋がポストに郵便物を回収しにきた。中村がいつも見かける中年の男、吉田和之だ。


吉田の視線が、羽菜の姿を舐めるように追っていたのを中村は見逃さなかった。


「……あんた、見えてんだろ」


中村は仁王立ちで男の背後に立っていた。


吉田は振り返り、狼狽の表情を浮かべる。


「い、いや……なんのことやら」


「羽菜、いけ」


中村の号令とともに、羽菜が飛び出す。


「ていやーっ!」


パンチが男の顔面を貫いた——が、もちろん幽霊のそれは物理に干渉しない。腕はすり抜ける。


だがその瞬間、吉田の顔が強張った。彼は「視えて」いる。


「……やっぱりな。俺が見えるなら、同じ“視える”やつがいても不思議じゃねぇ。お前もそのクチってわけだ」


「ち、違うっ! 違うよ!」


「何が違うんだ? こっちは羽菜がここに現れるようになってから、急に回収担当が変わったって情報をつかんでんだ。調べてみたら、本来の配達員、回収の時間にパチンコ三昧だ。……お前から小遣いもらってな」


羽菜が怒りの声をあげる。


「ニセモノの郵便屋さんだー!」


「うわあああ!!」


吉田は郵便物を中村に投げつけると、くるりと踵を返して逃げ出した。


「待て、コラァ!」


中村もすぐに後を追う。商店街を駆け抜ける二人。人混みの中、すり抜けていくようにして進む吉田の体を、幽霊たちが驚きの表情で見送る。


それを中村が同じようにすり抜け、追い続ける。


——「視える者たち」の追走劇が、今始まった。

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