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06.ストラップの持ち主

朝の商店街はどこかのんびりとした空気に包まれていた。


赤いポストの上に腰かけて、羽菜が足をぶらぶらと揺らしている。中村はその前に立ち、ポケットから一枚のメモを取り出した。


「このストラップさ、ゲーム会社のキャンペーンで一個だけ作ったんだってさ。ゲーセンの景品の中に、こっそり紛れ込ませてたんだと。で、マニアの間じゃ“幻の一品”って呼ばれてるらしい。んでもって半年前にオークションに出品されてる。そっちの界隈じゃかなり話題になったってさ。落札額250万。たかが、ストラップによく金出すぜ」


「すごいじゃん! オークションで落札したってことは、どうかすれば持ち主、特定できそうじゃない? どうやるかわかんないけど」


「まあ、そゆこと」中村はどや顔をきめた。


羽菜が目を輝かせて、身を乗り出す。


「え、もしかして、もう分かったの?」


「仕事早いよなー、俺って」中村が鼻を鳴らす。


「うわー、ほんとにすごい! おじさん、変態のくせに見かけによらないねー」


「そう、見かけによらないのが俺のいいところって……おい! 誰が変態だよ!」


「ハハハ。だって、パッと見、完全に変態の風貌だもん。私、そういうの鼻がきくからね、アハハ。アイドルやってるとわかるようになるの。おじさんみたいなタイプが思い詰めてストーカーになっちゃうから、生きてたころはなるべく距離を置いてたんだ」


「だから傷つくんだって、そういう言い方……」


肩を落とす中村を見て、羽菜がくすくすと笑う。


「ごめんごめん、でもね、おじさんと話して変態でもいい人はいるんだなって思った。私、死んでから初めてわかったよ。もっと変態さんに優しくすればよかったなって思う。だから、元気だして」


「それフォローしてるつもりか?」


「うん! これでも空気読むの得意なんだ、アハハ」


「……まあいい、天真爛漫ということにしといてやる」


「で?」


「で? ってなんだよ」


「持ち主だよ!ストラップの」


「あ、そうだったな。一応説明しとくと、ネットで“みれん ストラップ 指切り”って検索してみたらさ、オークション履歴が残ってたんだよ」


「へぇ、そんなのまで見られるんだ?」


「今はログ残ってるサイトもあるし、キャッシュも漁ればなんとかなる。そんで、その履歴に落札された日付と金額が載っててな」


「うんうん」


「そこからは俺の知り合いに頼んだ。秋葉原をネグラにしてる情報屋で、ネット関係に恐ろしく強い奴がいてさ。で、そいつが、当時のログインIDと決済の一部履歴を逆引きして――」


「ちょっと待って!おじさん、大分黒い感じのツテ使ってない? なんか怖くなるんだけど」


「はぁ? ぜんっぜん黒くねえよ。アイツは昔、スキミングとかでパクられてたけど、もう刑期を勤め終えてるから大丈夫。今はかなり地下にもぐって大人しくやってるからパクられねえ。昔は調子こいて派手にやっちまってたんだよ」


「真っ黒っていうのよ、それ!かなりお金払ったんじゃないの?」


「はぁ? 俺にそんな金ねえよ。金は払ってねえ。脅しただけだ。サツにタレこむぞって。最近もコソコソ悪さやってんのは耳に入ってるからよ」


「おじさん自体が真っ黒じゃない……」


「真っ黒でもなんでもいい。どんな手を使ってでも欲しい情報をぶん取るのが、俺の業界のルールだ。んでもって、とにかく、出てきたのがコイツ」


 中村はメモをひらりと羽菜に見せた。


「戸梶耕介、二十歳の大学生。こいつが、犯人だ」


「二十歳の……大学生……」


羽菜の笑顔がふっと曇る。目が少しだけ伏し目がちになった。


「ん? どうかした?」


「……あ、ちょっと、そこどいた方がいいかも」


「え?」


振り返ると、にこやかな中年の郵便配達員が自転車を押して立っていた。中村がポストの前に立ちふさがっていたようだ。


「あ、すいません」中村が慌てて脇に寄る。


「ああ、ごめんなさいね」郵便屋は軽く会釈し、ポストの鍵を開けて郵便物の回収を始めた。


しばしの沈黙。


郵便屋の背中越しに、中村が小声で呟いた。


「なあ、犯人わかったら……どうするつもりなんだ? まさか、取り憑くとか?」


羽菜は首を小さく横に振った。


「……まだ、決めてない。ちゃんと思い出してから、考えようと思ってる」


「そっか」


中村は目を伏せ、ポケットに手を突っ込んだ。


「ま、俺には関係ねーからさ。後のことは……好きにやってくれよ」


風がロータリーを吹き抜け、ポストの上で羽菜のスカートの裾がふわりと舞った。



夜の住宅街に冷たい風が吹き抜ける。昔から広い庭を構えた豪邸が並んでいるエリアだが、近年は高級に分類される瀟酒なマンションも建ち始めている。とにかく金が大好きな経営者たちがこぞって住みたがる場所だ。


中村は一本の街路樹の陰に立ち、コンビニの袋から缶チューハイを取り出した。ぱきんと音を立てて開け、一気にあおる。アルコールの苦味が喉に広がった。


時折、高級車が前を通り抜けていく。そして、決まって中村のことを凝視するのだ。


それもそのはず、くたびれたコートによれよれのシャツは、明らかに場違いだ。このエリアのドレスコードに引っかかるのだろう。


 視線の先には、十数階建ての豪奢なオートロック式マンション。エントランスには間接照明が洒落た光を灯していて、まるで高級ホテルのようだった。


「ちっ……いい暮らししてるじゃねえか」


 缶を握った手で口元をぬぐい、ため息交じりに毒づいたそのとき――


 視界の端に動く影。


 中村は目を細めた。若い男が、軽快な足取りでマンションに向かってくる。ジャケットに革靴、ヘアセットもばっちり。どこか小洒落た雰囲気が鼻につく。


 間違いない。戸梶耕介だ。


 中村はさっと電柱の陰に隠れ、男の後ろ姿を見送る。男はマンションの前に立ち、ポケットからカードキーを取り出してエントランスにかざした。ピッという電子音とともに、自動ドアが開く。


 中村は一拍置いて、閉まりかけたドアの隙間に体を滑り込ませた。


 内部は高級感に満ちていた。香水のようなアロマが漂い、足元は大理石のタイル。男はすでにエレベーターホールに向かっていたが、足音を聞いたのか、ふと振り返った。


「……あんた、戸梶さんだよな?」


 中村は飄々とした口調で声をかけた。


 男は明らかに動揺した表情で首を振る。


「違いますけど」


「いやいや、こっちは顔写真で確認済みだっつーの」


 男の眉がひくりと動く。


「人違いです。警察呼びますよ?」


「呼べるもんなら呼んでみろっての。……これに見覚えは?」


 中村はポケットから、あのストラップを取り出した。例の美少女フィギュアが、照明に照らされてきらりと光る。


 その瞬間だった。


「お前だったのかァァァ!!」


 突如、男が叫び声とともに中村に突進してきた。思わず身構える間もなく、体ごと吹き飛ばされる。


「ぐっ……!」


 背中から床に激突した中村が呻く間に、男が手を伸ばしてストラップを奪い取ろうとする。


「返せ! 俺の“みれん”を……!」


 血走った目でわめく男に、中村が叫び返す。


「盗まれただぁ? お前が落としたんだろうが! 殺人現場で!」


「なに言ってやがる……お前だろうが! 俺を襲って奪ってったんだろ!」


 混乱する中村の脳内に、静かに疑問が浮かぶ。


(……え? これ、ほんとに盗まれたのか?)


 だが思考はそこで止まった。


「ふざけんなぁッ!」


 戸梶の拳がうなりをあげて中村の頬を打ち抜く。視界がぶれ、頭が空白になる。床に崩れ落ちた中村の意識は、そのまま闇に沈んだ――。

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