表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

05.幻のストラップ

挿絵(By みてみん)

テレビの画面には、羽菜の生前のライブ映像が流れていた。ステージの上で満面の笑みを浮かべ、キレのある振り付けとともに熱唱する姿。観客席には、ペンライトを振りながら彼女の名前を叫ぶ無数のファン。


 中村はその光景を、薄暗いアパートの一室で、無言で眺めていた。


 部屋は六畳一間。壁紙は薄く黄ばんでおり、カーテンの端は猫にでも引っかかれたように裂けている。床には脱ぎっぱなしのシャツ、食べかけのカップラーメン、コンビニの弁当容器が散乱し、その隙間に踏まれて潰れたタバコの吸い殻が何本も転がっている。


 冷蔵庫の扉には「電気代 今月まで」とマジックで殴り書きされた紙がガムテープで貼られており、その横に積み上げられた空き缶タワーは、今にも崩れそうだった。


 テーブルの上には例のフィギュア付きストラップが、油染みのそばで転がっている。


「……あいつ、すげー人気あったんだな」


 中村は缶ビールを一口飲み干し、くしゃりと潰してテーブルに投げた。


〈今日の『ゴールデンアワー』は、追悼・沖田羽菜さん特集をお送りしています〉


 テレビの中では、羽菜の明るい歌声が響き続けているというのに、中村の部屋には埃っぽい空気と、少し酸っぱい臭いが染みついていた。


 中村は無精髭を指でこすりながら、テーブルのストラップをつまみ上げ、じっと見つめる。


「……俺は、警察じゃねーってんだよ」


 そのとき、ドアがドンドンと叩かれた。


「おい! 中村! 金はできたか!」


 中村は乱雑に積まれた衣類を踏み越えて窓に向かう。


「(小声で)五日間待つって昨日言っただろ……」


 カーテンをめくって身を乗り出す――が、足を滑らせてあえなく転落。


「イテッ……」


 その直後、部屋の下から借金取りの怒声が響いた。


「おめー、逃げようったってそうはいかねーぞ、コラ!」


 中村の身に、ドス黒い現実が容赦なく追い打ちをかけていた。


数秒後、殴打と罵声が響き渡った。



 翌日、中村は絆創膏だらけの顔で秋葉原に降り立った。


 電気街の喧騒。メイド服の呼び込み、アニメポスター、そして無数のフィギュア専門店――。中村には場違いな空間だったが、足を引きずるように歩を進めていく。


「ほんとに、こんなとこで手がかり掴めんのかよ……」


 フィギュアショップに入る。店内には美少女、ロボット、怪獣まで所狭しと並び、棚はまるで異世界の迷宮のようだ。


 カウンターでは、ボサボサの長髪に眼鏡姿の店員が、雑誌に顔を突っ込んでいた。


「すみません」


 中村は例のストラップを取り出して見せる。


「これと同じの、ないですか?」


 店員は顔を上げもせず、「ないですね」とだけ言い、すぐに視線を雑誌に戻す。


「どこで買えるか、知りません?」


「売ってるとこは、ないと思いますけど」


「……売ってないのに、どうやって手に入れるんだよ」


「……つかんで落とす」


「は?」



 数十分後。

 中村はゲームセンターのUFOキャッチャーの前に張りついていた。


 ガラスの向こうには、まさにあのストラップ――いや、“似たような”ストラップが並んでいた。ポップには「バーチャルアイドル・恋野みれんストラップ」とある。


「これか……」


 と、隣にいつの間にか男が立っていた。

 ぽっちゃりとした中年のオタク風。だが、頭からは血が垂れ、明らかに生者ではない。


「……ども」


 中村が挨拶すると、幽霊はニッコリ笑った。だがその笑みが、どこか寒気を誘う。


「あはは……」中村は引きつった笑みを返した。


 そのとき、ゲーム機のメンテナンス中だった金髪の若い店員が通りかかる。


「すいません。この“恋野みれん”のストラップって、他の店にもあるんですか?」


「たぶん、どこでもありますよ。今、超人気なんで」


 そう言って、軽く頭を下げて去っていった。


 中村は、ため息をついてストラップを掲げる。


「マジかよ……これじゃ何の手がかりにもなんねーじゃねぇか……」


 と、その時。


「――あーっ!」


 幽霊が、興奮したように飛びついてきた。


「お、おい! おどかすなよ!」


「それ、『指切りみれん』だ!」


「は?」


「見てくださいよ、右手。小指立ってるでしょ?」


 言われるまま、ストラップをよく見ると、確かにフィギュアの右手はピンと小指を立てている。


「……ほんとだ」


「ふつうのは、ただのグーなんですよ。でもこれは――幻の“指切りバージョン”!」


「幻?」


「うん。キャンペーンで一体だけ混ぜられたっていう都市伝説レベルのやつっす。生きてるうちには見られないと思ってた……」


「アンタ、死んでるけどな」


 幽霊ははにかむように笑った。


 中村はストラップをもう一度見つめた。

 このストラップは「一体だけ混ぜられた」――つまり、「誰か一人」が持っていた、確かな“証”。


「……だとすりゃ、これ、持ってたやつが犯人ってことで、間違いねえな」


 中村は、ポケットから手帳を取り出して、ページをめくる。


 手がかりは確かに、ここから始まっている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ