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02.ピースじゃないだろ!

朝日が差し込む山道を抜け、観光地として知られる渓谷の滝つぼは、すでに多くの人でにぎわっていた。木漏れ日が水面にきらめき、家族連れやカップルたちが思い思いに写真を撮っている。


 その一角。中村正文が、カメラを肩から提げて歩いていた。頭は少しぼさぼさ、昨夜のウイスキーの残り香をまといながらも、顔つきはいたって真面目だ。


「写真、撮りましょうか?」


 近くにいたカップルに声をかけると、男の方が振り返った。


「あ、すいません。お願いします」


 中村は、にこりと笑って女の子からカメラを受け取る。


「はい、じゃいきますよー。チーズ……」


 シャッターを切ると、カップルはぺこりと頭を下げて礼を言った。


「ありがとうございました」


「どういたしまして」


 中村は一歩下がりつつ、自分のカメラを構えて言った。


「もしよかったら、記念に僕のカメラでも一枚いいですか? 趣味でやってるんですけど」


 男が少し戸惑ったような顔をしたが、すぐに頷いた。


「まあ、いいですけど……」


「じゃあ、笑顔でお願いしまーす」


 中村はファインダーを覗いた。その時――


「……は?」


 カップルの間に、体が半透明の男がふっと入り込んできた。ぼさぼさ頭に、血の気のない顔。そして、首元にはナイフが突き刺さったままだ。


 しかも、よりによってピースサインを決め込んでいる。


「ピースじゃないだろ!宮島!!」


 中村が思わず声を上げると、カップルがびくりと振り向いた。


「え?」


「いや、違うんです。あなたたちじゃなくて……」


 慌てて言い繕う中村。その視線の先で、宮島の霊はしぶしぶピースを下ろし、代わりにぐるりと白目をむいて、不気味な表情で背後に立つ。


「そう、それそれ。そういう感じでやってくんねえと、心霊写真になんねえだろ」


 中村は満足げにうなずくと、再びファインダーを覗きこみ、シャッターを切った。


 後日、現像された写真の一枚に、ばっちり映り込んだ“白目の幽霊”。その表情は、どこか撮られ慣れているようにも見えた。


 中村はその写真を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……これは傑作だ」


 傍らにふわふわと浮かぶ宮島の霊が、照れたように頭をかいた。


「お前、芸歴長いんだろ? 俺と組むんなら真面目にやってくんねえとさ」


 中村が冗談半分に聞くと、宮島は黙って肩をすくめた。


「ふざけてねえで、最初からちゃんと怖い感じにしてくれよな」


 宮島は、申し訳なさそうにぺこりとお辞儀した。


 そうして中村は、できたての“心霊写真”を胸ポケットにしまった。


翌朝。東京の雑居ビルの一室にあるナスカ出版の編集部。


 その一角に、いかにも不機嫌そうな顔でデスクに両手を突っ伏している男がいた。中村正文である。昨日、滝で撮った"傑作"を携え、意気揚々と編集部へ乗り込んできたのだ。


「買い取れないって、そりゃないっしょ!」


 目の前に座る編集長・新山恭一は、あっけらかんと笑っている。


「いや~、最近ね、画像加工ソフトが優秀になっちゃってさ。パソコンでちょいちょいってやれば、それっぽいの簡単にできる時代なんだよ」


「だからこそホンモノが大事なんじゃないですか。見た瞬間の圧、違うでしょ? これは、あの場にいた俺が言うんだから間違いない。映ってるだけじゃないんですよ、霊的な力が焼き付いてるんです」


「その気持ちは分かるよ。分かるんだけどさ、読者はそこまで気にしないの。幽霊っぽいのが写ってりゃ、それで満足なんだよ」


 中村は、口を尖らせた。カメラをぶら下げたまま、どうにも納得がいかないという表情で編集長を睨み続ける。


「しかもこれ、男の幽霊じゃん」


 新山が写真を指差した。カップルの間に入り込んでいる白目の宮島。首の付け根にはナイフが刺さったままで、笑顔が逆に不気味だ。


「やっぱ幽霊の世界でも、写真は女。しかも美人。これが鉄則」


「いや、それ言っちゃいます? こないだ断られたんですよ。顔半分潰れてて、けっこう美人だったんですけどね……」


「惜しいなあ、それ最高だわ。そういうのが一番映えるんだよ、読者的には」


「……わかりましたよ。男の幽霊じゃダメってことね」


 舌打ちしながら中村が腰を上げると、新山がニヤリと笑った。


「この幽霊、俺を恨んで取り憑いたりしないよね?」


「本人に聞いてください。……そこにいますけど」


「は?」


 新山のとなり、誰も座っていないはずの空間に、件の男の霊――宮島が静かに佇んでいた。首にナイフを刺したまま、実に自然な笑みを浮かべて。


 もちろん新山には見えない。だが、何かを感じたのか、おそるおそる隣をちらりと見る。


「おどかすなよ〜、マジで」


 その瞬間、宮島がふっと息を吹きかけた。


「ぶるっ!」


 新山は身震いして目を見開く。


「な、なんか今、ゾワっと……!」


「はい、チーズ」


 カメラを構える中村が、シャッターを切った。


 プレビュー画面に浮かび上がったのは、編集長の肩にそっと手を置いてニコリと笑う宮島の霊。


「ぎゃーっ!!」


 


 それから数分後。


 ナスカ出版のビルの外。夏の夕方の生ぬるい風が吹くなか、中村が顔をしかめながら出てきた。手には札束――といっても一万円札が二枚だけ。


 それを扇のようにパタパタと仰ぎながら、つぶやく。


「ま、もらえただけマシか……」


 背後では、霊の宮島が満足げにふわりと浮かんでいる。


「もっとマシな扱いしてくれる雑誌、ねえのかな?」


 中村がぼやくと、宮島は苦笑いした。


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