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伝説の鍛治士

作者: 微糖

1 ある冒険者との出会い

 

「はあ」


 人々が行き交う街並みを眺めながらデカいため息を吐くくたびれたおっさん。俺だ。

 俺の名前はグラム。つい先日冒険者を辞め、今は街で露店を開いて日銭を稼いでいる。


「あっついな今日」


 初夏の強い日差しが照りつける。あいにく日除のテントなんてものはない。箱に入れた商品を地面に並べて置いてあるだけの本当に簡単な露店だ。

 何を売っているのかと言うと、俺の作った武具などの装備品である。これらは俺が冒険者時代に使っていたもので、冒険者を辞めてしまった今はもう使うことはない無用の長物だ。

 どうせ捨てるくらいならばこうして売って少しでも生活費の足しにしようという魂胆である。なんたって今の俺は無職だから。


「しっかし、こんな怪しい店で装備品を買うような物好きがいるわけないか」


 装備品は冒険者の命を預かる重要なものだ。名のある商店ならともかく、こんな道端の投げ売りのものを買おうなんて思う奴はいないだろう。実際全然売れてない。この露店を始めてから今までで売れたのは小さなお守り3個だけ。刀剣類や防具類、魔法を込めた腕輪などのアクセサリー類などいろんなものを作ったが、それらは全く売れていない。


「はあーあ。何やってんだろうな俺。これならまだ冒険者やってた方がよかったんじゃねえか……なんてな」


 なんで俺が冒険者を辞めたのかは単純な理由だ。自分の能力に限界を感じたから。

 俺は今30歳である。そして、Cランク冒険者だった。体力的な全盛期をとっくに超えた30歳にしてCランクだ。つまりは、もうそれ以上の昇格は望めないということ。周りが俺よりも若い年齢でBランクやAランクに昇格しているのを何度も見てきた。俺の冒険者としての人生はCランク止まり。そう思うとやるせなさと虚しさで、とてもじゃないがやってられなかった。


「いつかSランクに。そんなことを思っていた時期もあったっけ」


 今では笑い話にもならない。身の程を知らないバカの戯言だ。

 物思いにふけりながら街並みを眺めていると、ふと店の前で1人の人物が立ち止まる。フードをかぶっていて顔はよく見えないが、女のようだ。


「いらっしゃい。よかったら好きに見ていってくれ」


 久しぶりのお客さんだ。気持ちを切り替えてにこやかに話しかける。女はそれには答えず黙々と商品を眺めている。ま、あまり期待はできないか。俺の商品の中には女が好きそうなものはないからな。


「この剣はどこの工房のものだ? 銘も彫られていないようだが……」


 ふいに話しかけられる。まさか話しかけられるとも思わなかったが、ずいぶんとおかしなことを聞くものだ。


「銘なんてないよ。俺が作ったんだから」

「なに? これを、貴殿が作ったと?」

「そうだけど。ここにあるものは全部、俺の作だよ」


 面食らったような顔をする女に、俺も首を傾げてしまう。一体何が言いたいんだ? すると女は剣に手をかざす。その手から淡い光が剣に注がれる。まさか、魔法か?


「おい、お客さん! ちょっと!」

「ふむ……どうやら本当のようだ。店主、大事な商品に失礼した。この剣は私が買い上げる。それでいいだろうか?」

「あ、ああ。それなら文句はないさ。2万ゼルだが構わないか?」

「なに?」


 女の顔が歪む。いや、勘弁してくれよ。俺が趣味で作ったとはいえ材料費もそれなりにかかっているんだ。生活費の足しにすることを考えたら二束三文で売るわけにはいかないんだよ。

 俺がそんなことを考え冷や汗を流していると、女からは予想外の言葉が返ってきた。


「よほど物の価値を知らないのか、それとも無自覚なのか。まさかこの私に媚びを売っているというわけでもあるまい。いずれにせよ、この剣に2万の価値をつけることなど私にはできん」

「あんた、いくらなんでも失礼じゃ――」


 俺の発した文句は女の手に握られた2枚の金貨を見て急停止した。金貨は一枚10万ゼル。3枚だと?


「さ、ささ30万!?」


 その額は俺の冒険者時代の一月の稼ぎに匹敵する。冒険者だと消耗品類などの経費がかかるから、実際の利益はもっと下がるわけだが。

 剣一本で、その稼ぎ。いやいやいや。


「受け取れないよ!」

「ふむ。どうやら本当に物の価値をわかっていないようだ。それなら教えておいてやろう」


 女はその剣を手に取ると、宙に掲げるようにしてしげしげと眺める。


「使われている鉄の質。そして刃の付け方。設計段階で実用性をよく考えられた重心の取り方。それに加え、いくつかの魔法までも刻まれたれっきとした魔剣であること。これらを考慮すると、この剣にたかだか2万の価値をつけるのはこの王国にいる全ての武器職人に対する侮辱である」


 そうはっきりと言い切る女の言葉には、有無を言わさぬ圧力があった。よくわからないが、俺は今褒められているんだろうか? むしろ怒られているような気持ちでもある。


「あんたは俺の作った剣を評価してくれている。そう思っていいのか?」

「ああ、そう言っている」

「そいつはありがたいが、あんたは一体何者なんだ?」


 ただの通りすがりにしては纏う雰囲気がただ物ではない。俺の言葉に、女はフードをめくり、俺に顔を見せる。


「な……あんたは」


 銀色に輝く長髪。美しく、人形のように整った顔。あらわになった目元。その左目には黒い眼帯。この街の住人がその姿を知らないはずがない。超有名人だ。この国に4人しかいないSランク冒険者のうちの1人。


「〈銀翼〉のアイギス」


2 グラムの過去、冒険者を辞めた日

 

「グラム! 避けろ!」


 切羽詰まったように叫ぶ仲間の声が耳に届く。だが、俺がその声に反応することはない。そんな余裕はなかった。


「グルウウウ!」


 体を震わすほどの咆哮。俺の前には人の背丈などを優に超える体躯を持つ凶悪な魔獣がいる。オーガと呼ばれる人型の魔物だ。全身は筋肉で膨れ上がり、その太い腕で掴まれでもしたらそのまま握りつぶされそうだ。頭からはねじれた二本のツノが生え、赤黒い瞳がその凶悪な相貌によく似合う。

 冒険者ギルドからBランク評価を付けられており、ベテラン冒険者でも手を焼く魔物である。とてもではないが、俺のようなCランク冒険者如きが立ち向かえるような魔物ではない。振りかぶられた太い腕を見て、俺は身構える。


「ぬうううう!」

 

 俺の眼前、紙一重のところを鋭利で巨大な魔物の爪が通り過ぎる。ギリギリだ。あとほんの少しでも避けるのが遅れれば今ごろ俺の命はなかっただろう。死を回避したことでほんの一瞬だが安堵する。だがそれが良くなかった。


「まだ気を抜くな!」

「え? ぶへえっ!」


 爪を避けるだけで精一杯の俺はオーガが続けて放った蹴りを避けることができなかった。鋭いつま先が俺の腹に突き刺さり、思い切り吹き飛ばされる。


「大丈夫かよ! おっさん!」

「……っああ……なん……とか……」


 たったの一撃で息も絶え絶えだ。革鎧を着ていたおかげで致命傷は免れたが、受けた衝撃は計り知れない。……しばらく動けそうにない。


「グラムさん、下がって。【氷の(つぶて)】」


 後衛の魔法使いの放った魔法が殺到し、オーガは煩わしそうに後退する。その隙に前衛の剣士と槍使いが近接攻撃を仕掛けていく。


「今回復魔法をかけますからね。【癒しを】」

「すま……ない……」


 回復術師の魔法で痛みが徐々に和らいでいく。内臓がひっくり返ったような気持ち悪さが嘘のように消えていく。流石だ。


「俺はもういいから君も援護にまわってくれ、メアリー」

「いえ、皆なら大丈夫ですよ。ほら」

 

 回復術師メアリーの視線を追う。そこには他の3人が巧みな連携でオーガを追い詰めていく姿があった。

 オーガの渾身の一撃は剣士の持つ盾にいなされ、返す刀で腱を切り付けられる。槍使いが急所を的確に貫いていき、Bランクのオーガはみるみるうちに満身創痍だ。


「アルト! 今だぶちこめ!」

「【咲き誇る氷輪】!」


 詠唱と共に地面からいくつもの氷柱が放射状に突き出る。魔法使いアルトの得意魔法だ。彼女は見た目華やかな魔法を好む。

 鋭い氷柱に体を貫かれたオーガはその瞳から光を失い、力無く、地面に縫い付けられた。


「よっしゃ! よくやった」

「エースとルードもお疲れさま。グラムさんは大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。みんなすまない、面倒をかけた」


 俺の謝罪を聞き、槍使いのエースは呆れたようにため息を吐く。


「グラムのおっさん。あんた気ぃ抜けすぎじゃない? あんまり腑抜けてんじゃねえぞ」

「す、すまない」


 エースはもう一度ため息を吐くと金髪をかき上げて顔を背けた。彼の態度はいつもこんな感じだ。つっけんどんな感じで、少し怖い。


「まあまあ。そう言うなエース。でもグラム、本当に大丈夫か? 今日はなんだかずっと呆けてるぞ」


 パーティリーダーの戦士ルードが俺の顔を覗き込む。どうやら心配させてしまっているようだ。茶色の短髪に鋭い目というイカつい顔に似合わず、実は優しい男なのだ。


「今日はグラムさんの誕生日ですものね。それでじゃないかしら?」

「あー……実はそうなんだ。よくわかるな」

 

 回復術師メアリーが紫色のロングヘアを耳にかけ、口元に優しい笑みを浮かべる。図星を突かれた俺は苦笑いを返す。


「マジ? おっさん幾つになったの」

「30歳でしたよね。記念すべき日ですわ」

「30!? マジかよスゲーな。いよいよほんとにおっさんじゃねえか」

「おいエース。言葉が悪いぞ。今は10代だとしても、俺らもいつかはその歳になるんだ」


 リーダーのルードが槍使いエースを嗜めるが、どちらかというとルードの言葉の方に傷つく。確かに俺を除いた他の4人はみんな10代だ。ルードは19、エースは17、メアリーとアルトは16歳。そんな中で俺だけが30歳なのだ。そりゃおっさんと言われても仕方ないよなあ。


「……怖いこと言わないでほしい。アルトは永遠の10代でいたい」

「残念ながら、時間は平等なんだよアルト。誰もが同じように歳をとるんだ。それが人生ってもんなんだから」

「何様だぁ? お前」

「ルードは俺より年寄りみたいなことを言うな」

「……こうはなりたくない」

「なんだと?」


 みんなでわいのわいのとやっているうちに、俺の失敗はなかったことのように吹き飛ばされる。このパーティは本当に居心地がいい。それはとてもありがたいことだが、同時に申し訳なさを感じる。俺は話を切り出した。俺が今日言おうと思っていたことを。


「なあみんな。聞いてくれ」

「ん?」


 俺の重い雰囲気を感じたのか、皆が不思議そうに振り返る。


「俺は、このパーティを抜けようと思う」

「……え?」


 全員がポカンと口を開く。


「な……ぜ、でしょうか? グラムさん」


 最初に口を開いたのはメアリーだ。俺の言葉に動揺した様子で言葉を絞り出している。


「単純に、俺は実力不足だ。皆との力量が離れすぎて現状足手まといにしかなっていない」

「そんなことっ!」

「あるだろ。どう考えても。さっきの戦いを見れば明らかだろ? 俺が一番最初にやられて、さらにはメアリーの手も借りてしまった。俺がいなければオーガをもっと楽に倒すことができた」


 それが純然たる事実だ。さっきの戦いで俺は味方の足を引っ張った。

 

「……確かに、回復術師が前衛にバフをかけたりすればもっと効率よく戦えた」

「でも、さっきのはたまたまグラムさんが油断していただけでしょう? ミスは誰にでもあります。いちいち気にすることはないと思います」

「メアリーが俺に変わって弁明してくれるのはありがたいよ。でもさ、俺とみんなに実力差があるのは確かだ。だって俺は“Cランク冒険者”だからな」


 その言葉に皆は押し黙る。ついこの前、冒険者の昇格試験があったんだ。その時、このパーティで俺だけが試験に落ちた。俺以外の4人はBランク冒険者となった。


「今までは俺の方がランクも経験も上だった。でも、そうじゃなくなった今、もうこのパーティに俺はいないほうがいい。みんなはもっと上を目指せる。なのに俺がみんなの足を引っ張るわけにはいかないよ。1年間、どうもありがとう」


 みんなの心配そうな顔が一斉に俺に向けられる。冒険者として、最後にこのパーティにいられてよかった。心からそう思う。

 だが、その好意にいつまでも甘えていてはいけない。そう、俺には才能がないのだから。みんなのような、冒険者の才能が。


3 伝説の鍛治士の出発点


「夢か」


 覚醒する意識。俺はベッドから起き上がる。夢を見ていたようだ。あの日の夢。冒険者の道を諦め、挫折を味わったあの日のこと。


「全く。いつまでもウジウジと。情けない」


 口ではそういうが、冒険者を辞めたことの未練がないかというと嘘になる。長年目指してきた道だったのだ。そう簡単に割り切れるものではない。

 ふああとあくびを一つして、いそいそと朝の支度を始める。今日も露店の営業だ。相変わらず客は少ないが、それでも始めた頃よりは売れている。まだまだ食っていけるほどではないが。

 突然コンコンと扉がノックされる音が聞こえる。


「ん、こんな朝から一体だれだ?」


 来客の心当たりはないが、とりあえず出る。扉を開けた先にはフードを被った女の姿があった。


「はい、どちらさまで……って、まさか……アイギス?」

「突然押しかけてすまないな。少し話がしたい。冒険者アイギスとして、武具職人の貴殿に依頼したいことがある」


 フードをとって真っ直ぐ俺を見つめてくる彼女に、俺はただ呆気に取られる。


「と、とりあえず上がってください。お茶をどうぞ」


 用意したお茶をテーブルの上に置き、俺は椅子に座る。対面にはSランク冒険者のアイギス。王国に4人しかいない冒険者の頂点のうちの1人。これは一体なんの冗談だ? お茶を置く手が震えるのもしょうがないというものだ。


「いただこう」


 アイギスは着ていた外套を脱ぎ、今は動きやすそうな軽鎧姿だ。その傍らには俺が先日彼女に売った剣が立てかけられている。


「それで、今日は一体なんのご用で?」


 まさか剣の返品をしたいとか言うんじゃないだろうな。流石にそれは困るが、俺が売った剣が不良品だったという可能性もある。相手はSランク冒険者なのだ。下手な商売をしようものならどうなるかわからない。

 戦々恐々としながら彼女が口を開くのを待つ。


「先ほども言ったが、今日は貴殿に依頼があって来た」

「依頼、とは?」

「私に剣を打って欲しい。材料はこちらが提供する」


 彼女の言葉に耳を疑う。一瞬聞き間違いかとも思ったが、どう考えてもそんなわけはない。


「えっ……と。つまりそれは、この私にSランク冒険者の装備を作れと?」

「そうだ」

「お断りします」


 普通に無理だろ。俺には荷が重いなんてもんじゃない。Sランク冒険者の装備品を作るような工房はこの王国でも数えるほどしか存在しない。

 

「なぜだ? Sランク冒険者からの依頼などそうそうあるものではないぞ? 貴殿の名を売る絶好の機会のはずだが」

「装備は冒険者の命を預かる大切なもの。魔物との激しい戦闘の最中に剣が折れでもしたら。体の急所を守る鎧の装甲が簡単に貫かれたら。Sランク冒険者の戦闘ともなれば、相手も相当危険な魔物でしょう。その戦闘がどれほど激しいものか私には想像もつかない。それに耐え切る装備を作れるかと聞かれたら……私では到底不可能でしょう」


 俺の言葉にアイギスはフンと鼻を鳴らし、椅子から立ち上がる。失望したか。当然のことだ。

 できもしない仕事を請け負って彼女の命を危険に晒すような真似をするよりは、この方がずっといい。俺には俺の身の丈にあった仕事があるのだ。それをわきまえなければ身を滅ぼす。俺の作った武器のせいでSランク冒険者を死なせたとなれば、俺もタダではすまない。

 アイギスは荷物を手に取ると、こちらを一瞥しあごをしゃくる。ん? どう言う意味?


「これから私のクランに向かう。ついてこい」

「は? 一体どうして」

「断ることは許さん。理由なら道中話す。行くぞ」

「ちょ、ちょっと待って」


 有無を言わさぬ彼女の言葉に屈し、俺は言われるがまま彼女の後をついていく。

 冒険者アイギスのクランと言ったら、王国でも有数の規模を誇る大クランだ。数々の有名冒険者を含む総員500人を超えるメンバーを有し、一等地に広大な敷地を持つ。そこで行われる戦闘訓練はその地区の名物とかしていて、年に一回開かれる大闘技大会は王国内外問わず多くの人が集まる。

 クランの名は『黎明(れいめい)』。Sランク冒険者アイギスを筆頭とする王国を代表するクランだ。


「あんたのようなすごい人が、なんだって俺なんか……」


 通りを歩きながら俺は前を歩くアイギスに話しかける。彼女のクランまではここから歩いて30分ほどだ。聞きたいことを聞くには十分な時間がある。

 

「貴殿のことは少し調べさせてもらった。()Cランク冒険者のグラム。つい一月前に冒険者を引退。ギルドからの評価は高く、皆に惜しまれての引退だったそうだな」

「はあ、そいつは社交辞令ってやつだと思いますが。俺の実力を考えれば厄介払いできてよかったと思われていそうです」


 たかがCランク冒険者に対する評価なんてそんな大層なものじゃない。ランクEが新人。ランクDが駆け出しでランクCでようやくいっぱし。言い方を変えれば並の冒険者ということだ。

 その中でも俺の実力は低いほうである。間違っても惜しまれての引退などという評価には値しない。役立たずだったとはっきり言われていないことには安心したが。


「ふふ。それも謙遜がすぎると思うが。ただ、実際のところ戦闘能力についてはあまり評価されていなかったようだ。貴殿の特異体質のせいか」

「そこまで……調べたんですか」


 俺の特異体質。それは俺がいくら訓練を積んでも強くなれない理由。俺が冒険者の道を諦めた最大の要因。忌むべきものだ。


「ギルドの職員が自分から話してくれた。別に根掘り葉掘り聞き込みをしたわけじゃないんだ。気を悪くしたならすまない」

「いえ、別に秘密にしていることではないので。……魔法が使えない。冒険者としては致命的な欠点です。身体強化魔法すらも扱えず、戦闘において俺が役立てることはなにもない」

「貴殿が冒険者を辞めた理由もそれか?」

「そうです。Bランクへの昇格目指して8年間頑張って来ましたが……流石に気付きました。俺はBランク冒険者にはなれない」

「ふむ。それはそうだろう」


 アイギスのあまりにつっけんどんな言葉に俺は思わず彼女を睨みつけてしまう。


「魔力を扱えぬ者が、魔力の化身たる魔物を倒す。そんなことができるはずもない。例えこの私であってもな」

「なにが……言いたいのです?」


 回りくどい言い方が好きなようだ。この人は。アイギスは腰につけた剣――俺が先日彼女に売ったもの――を軽く握りながら薄く笑む。


「魔力を扱えぬ特異体質である貴殿が、曲がりなりにも一端(ひとはし)の冒険者、Cランクにまで上り詰めることができた理由。それがこれだと思っている。私はな、貴殿の才能を確かめてみたいのだ。私が思った通りであれば、貴殿は……」

「お、俺は……?」

「この話の続きは、クランに着いてからにしよう」


 アイギスはそれきり口を閉ざし、黙々と歩く。残りの道中を、俺たちは無言のまま歩いた。


 3


 冒険者クラン『黎明(れいめい)』。“夜明け”を意味するその名前は初代クラン長によって名付けられた。

 このクランの成し遂げた功績は数知れない。大陸に巣食う魔族の討伐、街に襲来した竜族の撃退、そして数々の未踏破領域を制覇し、王国の領土拡大に寄与した。

 そして、今俺の目の前にあるのがクラン『黎明』の拠点だ。外周はぐるりと高い鉄のフェンスで囲われ、広大な演習場が広がる。その横にはいくつもの宿舎。そして正門をくぐるとすぐに一際大きな建物が目に入る。


「この建物が本部だ。『黎明』の敷地に入るにはまずはここの受付を通らなければならない」

「は、はあ」


 目に映るもの全てに圧倒される。本部内を行き来する屈強な冒険者たち。併設された食堂にごった返す人々の群れ。本部内にある大きなクエストボードには数え切れないほどの依頼書が所狭しと貼られ、我先にと依頼の取り合いをしている。


「どうした? 呆けているぞ」

「い、いえ。これほど活気があるのかと、驚いて」

「ふ。結構なことだ。さて、これから演習場の方に向かう。着いてこい」


 受付を通り抜け、2人で演習場の中を歩いて行く。しばらく歩き、ある区画でアイギスは足を止めた。そこには何体もの藁人形が置かれている。剣の訓練場のようだ。


「さて、ここなら良いだろう」

「あの、これからいったい何を?」


 ここまで来ても彼女が一体何をしたいのかがまるで見当もつかない。もし俺の剣の実力を知りたいということなら、期待に応えられそうもないな。


「貴殿をわざわざ私のクランまで案内したのは、ここでなければ私の全力を見せられないからだ」

「は?」


 アイギスは腰に携えた剣を引き抜き、藁人形に向かって構える。


「Sランク冒険者、【銀翼】のアイギスの一撃。刮目せよ」

「ちょ、何がなんだか」


 俺が言葉を言い切る前に、彼女の纏う魔力が渦を巻いて剣に集まる。そう、あれは。


「魔力強化。ただの魔力強化があんなことになるのか……」


 高密度の魔力を纏った長剣が淡く光る。あれほどの魔力は見たことがない。極限まで高められた魔力は光を発するというのは聞いたことがあるが、実際にみるとあれほど幻想的なものなのか。


「これが、Sランク冒険者……」


 俺は立っていられなくなり、地面に腰を投げ出した。次元が違うというのはこのことか。俺が冒険者をやっていた頃にあれを見なくてよかった。もしこんな光景を見てしまったら、俺は冒険者としての自信を一瞬で失っていただろう。冒険者としての道を諦めた今でも、羨望と嫉妬に気が狂いそうになる。

 あれが、俺が憧れ、目指し続けたかった先にあるもの。冒険者の、頂点。


「グラム。私の手にあるものを見るがいい。この私、アイギスが握っているのはなんだ?」


 魔力の渦は緩やかに止まる。魔力が収束し切った長剣は、今や眩いばかりに光り輝いていた。あれはなんだ? 彼女の手に握られているのは。

 そう、あれは。


「俺の打った、剣だ」

「その通り。それでは私の繰り出す技を見るがいい。この剣と共に放つ、私の全力を」


 アイギスが一歩踏み込む。なんてことはないただの踏み込みだが、その足先の地面は深くめり込み大地を震わす。瞬間、彼女の姿はかき消える――否、消えたように見えるほど速くかけだしたのだ。


「【無撃】」


 それは単なる魔力を込めた一撃。冒険者なら誰でも使えるような、魔法とも呼べないような基本的な攻撃魔法だ。だが、Sランク冒険者アイギスが使うそれはもはや必殺技と呼ぶに相応しい。

 まさに魔力の奔流。剣に纏った超高密度の魔力が解き放たれ、藁人形を木っ端微塵に消し飛ばす。その後に残ったのは、地面にぽっかりとクレーターのように空いた大穴だけだった。


「す……すごいなんて、ものじゃない」


 あまりにも壮絶な景色に、俺の心はうち震わされた。さっきから感じていた羨望も嫉妬もどこかに吹き飛び、ただ彼女の姿に釘付けになる。そしてその手に握られている()()の長剣を見て、俺は目を見開いた。


「どうだった。私の一撃は。そして見たか? 貴殿の剣はこの通り私の、Sランク冒険者の攻撃にも耐え抜いたぞ! ミスリルでもオリハルコンでもアダマンタイトでもない、単なる()()()がだ。すごいとは思わないか! なあグラム!」


 そう言ってこちらを振り返る彼女は、本当に楽しそうに、嬉しそうに、花のような満面の笑みを浮かべていた。

 あれほど気高く凛とした覇気を纏っていた彼女が、今は少女のような笑みを浮かべている。その姿に俺は目が離せず、口からはなんの言葉も出てきてくれない。


「鉄の剣でこれだ。私が持ち得る最高の素材を使って、我がクランの誇る最高の設備で貴殿が最高の剣を打ったら一体どうなることか! ああ胸が躍るとはこのことだ! ……おい、何を呆けている。ちゃんと見ていたのか?」


 クルクルとおてんばなステップを踏みながら近づいてくる彼女。陽の光を受けてキラキラ輝く銀髪。少し乱れた前髪を整えながら胡乱げに顔を覗き込んでくる彼女に俺はなんとか頷き返す。何度も首を縦に振る俺の様を見て彼女はまた笑った。


「驚きすぎて声もでないか。無理もない。だがこれではっきりわかっただろう? 貴殿は類稀な才能を持っている。そして私はそれが欲しい」

「そ、それは」

「単刀直入に言おう。グラム。私のクランに入れ。そしてその才を存分に奮い、クランのために働いてはくれないか? 待遇についても最大限融通を利かせよう。まずは、私のために剣を打って欲しい」

「あなたのためならば、喜んで」


 迷いなどなかった。ただの一欠片も。

 俺にあの景色を見せてくれた彼女に。俺の打った剣を使って花のように笑う彼女に。自分のことがずっと嫌いだった俺に自信を持たせてくれた彼女に。


「ふふ。なんだそれは。貴殿は面白いな。……それでは、これからよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 この世界の何よりも美しい彼女に、俺が持っているもの全てを捧げたいと思ったのだ。

 

 

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