被ダメ無効化
受けるダメージを0にし、無効化するチート。あらゆる基本的な攻撃手段が通用しなくなり、ゲームの根幹を揺るがす下劣な違反行為。
「こんにちはチートスレイヤーさん」
聖剣のリリイ。9人しかいないシングルスの第2位に君臨する女性プレイヤーであり、聖剣というストーリーを進めれば誰でも手に入れられる大した性能のないその武器を扱うプレイヤー。聖剣の使用を前提とした変態的なステ振りをしており、本人のプレイスキルも相まって超人的な戦闘能力を持つと言われている。
「ぇッ!?聖剣のリリイ!?」
「うそ本物ッ!?」
「俺今トッププレイヤーに助けられた!?」
タクマとサラは驚いているが、スレイヤーは気にせず言葉を返す。
「有名人のご登場とは予想外だったな。何の用だ?」
「少し君に頼みたいことがあってね、探していたんだよ」
「頼みたいこと?俺より遥か格上のプレイヤーが俺に?」
「君の得意分野、チーターハントの依頼だよ」
「チーター・・・」
その言葉を聞いてスレイヤーはようやく話を聞く姿勢に入る。
「そうさ、チーター。厄介なチーターが現れたから倒してほしいなって」
「チーターは確かに厄介な存在だが、シングルスともなれば大した障害ではないだろう?一流のプレイヤーが他プレイヤーを不用意に頼ると、評判が落ちるぞ」
「それは分かっているさ。でも、今回は仲間と話し合った結果、専門家に頼もうって話になったんだ」
仲間。聖剣リリスの仲間ともなればそいつ等も一流だ。それに、確かリリスの所属するパーティ『煉獄』のリーダーはシングルス1位に長年君臨しているプレイヤーだったはず。
「近々私達は大規模レイドを行う予定でね。不要なアイテムの消費は避けたいってことさ。・・・それに、シングルスの座を脅かそうとするチーターは過去に何人もいたけど、今回は特別だよ」
「と言うと?」
「昨日、シングルスの6から9位が結成しているパーティが襲撃を受けてね。全滅したよ」
「!」
「え?」
「ホントっすか!?え…ほ、ホントに!?」
「ホントにホント。シングルスの9位、8位、7位、6位、それからダイヤランクの上位勢が6人いる一流パーティだったんだけど……一晩で全滅。今や全員初期状態よ」
「マジ?………そのチーターを倒せば…大バズリっすね!!」
「いーね!私の配信にも乗せていい?」
勝手に盛り上がるタクマとサラを置いてスレイヤーは話を続ける。
「そのチーターについての情報は?どんな奴でどこに現れた?」
「襲われた本人達も混乱してるようでね、皆言う事がゴチャゴチャで詳しい情報は得られなかったんだけど、襲われたのはマップ北東の山岳地帯。グレーターグリフォンを討伐し終えた直後を襲われたらしい。外見的な特徴で言うと、」
リリィは自身の首元を指差す。
「首に豹柄のスカーフを巻いてたらしい」
「豹柄のスカーフ?……見たことない防具だな……ただのアクセサリーか?」
「さぁね、…襲われたのは昨日の夜9時頃らしいから、もう結構移動しちゃってるだろうし、見つからなさそうかな?」
「いや、あの山岳地帯は中〜上級のプレイヤー達が毎日結構な数訪れる。PKが目的のチーターならそう遠くまではいかんだろう。探してみるとしよう」
「ホント?助かるよ。じゃあ報酬についてだけど―――」
「報酬なんて要らん。チーター狩りは俺がやりたくてやってる」
「そう?じゃあお言葉に甘えて」
うむ。と頷いたスレイヤーはタクマとサラの方へと振り返った。
「……ついて来たいならついて来い」
「やったー!」「ちょっと待って!配信の準備するから!」
「……足は引っ張らないでくれよ……」
スレイヤーは切実にそう願うのだった。
それからしばらくして。
リリィと別れたスレイヤー御一行は山岳地帯へと足を踏み入れていた。
「はぁ、岩山のマップに来たのは始めてっすけど……足場が悪くてスタミナが凄い減っていきますよー!」
「歩き方が悪いんだ。もっと足場の安定した所を歩け」
「ねーまだ見つかんないの?配信始めらんないんだけどー」
「…知るか」
険しい岩山をスイスイ進むスレイヤーと、アイテムでスタミナを回復しながら何とかスレイヤーに付いていく2人。歩行一つとってもスレイヤーのプレイテクは超一流ということだろう。
そんな時、
「?」
スレイヤーの鋭い聴覚が人の声を拾った。
「誰かいる」
「え!?」「配信スタート!」
「騒ぐな馬鹿」
スレイヤーはしゃがんだ姿勢でゆっくりと歩を進め、声のする方へと接近。そして、
「ん?」
スレイヤーの視界が捉えたのは、豹柄のスカーフなんて巻いていない低レア装備のプレイヤー2人だった。
「流石にもういないんじゃねぇか?」
「いるかもしれないだろ!絶対見つけ出して晒してやる!」
そんな会話を交わしていた。
何だか違う気がするが、この2人がチーターである可能性もあるためスレイヤーは岩の陰に隠れながら2人の動向を観察していた。
「スレイヤーさん、アイツ等ですかチーター!」
タクマが小声で尋ねてくる。
「分からん…今は監視を続けるぞ」
「先制攻撃仕掛けちゃえば?別にチーター以外倒しちゃダメなんてことないんだし」
「アイツ等は使えるかもしれん」
「使えるって?」
「チーターがまだ近くにいるなら、アイツ等を餌にできるかもしれな――――」
その瞬間である。
「ギャッハハー!!!」
突如奇怪な叫び声が響き、謎のプレイヤーが斜面下から飛び出して来た!!
「! 豹柄のスカーフ!!」
その首には、確かに豹柄のスカーフが巻かれている!奴が例のチーターだ!!
チーターはそのまま2人のプレイヤーへと飛び掛かり、両腕を振り下ろした!!
奴の両腕には、無数のトゲが生え揃った手甲が装着されている! 敵を殴る事でダメージを与え、出血状態を発生させることもあるグローブ型の武器だ!
「出た!!」
「くッ!!〈魔障壁〉!!」
チーターの襲撃を受け、野良プレイヤーは魔法を使って半透明な光の壁を展開!
が、チーターはお構い無しに壁へと棘の拳を振り下ろす!!
――ガキンッ!!――
チーターの一撃は魔法の壁によって防がれる。
「ギャッハッ!!」
しかしチーターは止まらず、棘拳の連打を繰り出した!
――ガガガガガガガガガッ!!――
あの棘付き手甲は小型武器に分類されるタイプの武器であり、攻撃力自体が低い代わりに素早い攻撃速度が特徴。そして打撃攻撃は、相手の防御などを破壊することに優れている。
つまり、
――バキバキバキッ!――
チーターの連打によって魔法の壁にはヒビが広がり、崩れ始めた!
「ギャハハー!!」
「もう割れるぞ!!」
「おうよ!」
しかし野良プレイヤー2人は冷静だった。何故ならこうなることは予想していたからだ!!
――バキンッ!!――
〈魔障壁〉が破壊される。と同時に!
「〈魔突射〉!!」
魔法の壁を打ち破ったチーターへと、高火力の攻撃魔法が放たれた!!
片方のプレイヤーが壁を張り、その隙に高火力魔法の発動準備を完了させ、壁が破られると同時にそれを放つ、二段階戦法ッ!!
「ぬっ!?」
――ドスゥッ!!!――
放たれた巨大な魔法の杭が、見事にチーターの胸部を貫いた!!
「クククッ」
が、チーターはニヤリと笑う! 強がり等ではない心からの笑みであると即座に理解できるほどの不気味なものだった。
「死ねぇ!!」
チーターが棘拳を振りかざす!!
――ドギャッ!!――
「がッ!!」
再度〈魔障壁〉を張る間もなく1人撲殺され、その拳はもう1人のプレイヤーへと襲い掛かる!!
が、
――ドスッ!!――
「ぐッ!?」
スレイヤーがナイフを投擲ッ!
チーターの頭へ命中し、奴の体勢がグラリと崩れる!
「クソ!!」
その隙に野良プレイヤーは逃げ出し、両者の間にスレイヤーが立ち塞がった!
「貴様がシングルスのパーティを襲撃したというプレイヤーか?」
「シングルス?……あぁ、昨日潰したパーティか!そうだそうだ思い出した。アレは滑稽だったぜ〜?調子に乗って歩いてた所を襲って首にこのトゲ拳をズドン!となぁ」
「真っ当に努力を重ねたプレイヤーを不正行為で倒してそこまでイキれるとは、根っからのクズだな……死ね!」
「ぁあ?……そうか、お前が噂のチーター殺しか!……いいぜぇ、ここで俺が返り討ちにして、俺のキルログに追加してやる!!」
チーターは地を蹴り、スレイヤーに接近!そして棘拳を振りかざした!!
その動きは至って単調!スレイヤーは容易くその攻撃を回避し、反撃の拳を打ち放った!!
――ドゴッ!!――
強烈な拳撃がチーターの腹に叩き込まれる!
が、やはりチーターは一切動じず、防御など知らないと言うかのように棘拳を振り回した!
「ギャハハ!!流石高額チートだぜ!!お前なんぞちっとも怖くねぇー!!」
「むぅ……」|(攻撃は入っているが、ダメージの入っている気がしないな……つまりコイツのチートは)
ダメージを0にする、被ダメージ無効化チートだ!
このチートを使う者に通常の攻撃は一切通用しない!!
「確かに厄介なチートだが、所詮はクズの小細工!」
――ドガッ!!――
スレイヤーはチーターを蹴り飛ばして距離を取らせ、スキルを発動する!
「〈武装・5〉」
スレイヤーが装備品を召喚し、瞬時に彼の両手に武器が握られた!
右手に握るのはギザギザの刃が特徴的な黄色いダガー、左手に握るのはグネグネと湾曲した刃が特徴的な深緑色のダガー!
「ッ……」
その刃から立ち昇る禍々しいオーラを見てチーターは一瞬気圧される。が、
「どんな手を使おうとな……このゲームの為に手を汚す覚悟すら決めた俺に勝てると思うな!!」
チーターが駆け出し、スレイヤーへと攻撃を仕掛ける!!
「ただの怠慢だろうが…!」
スレイヤーがそう言い放った、その刹那!
――ズババッ!!――
「ッ!?」
チーターが攻撃一つ繰り出す間に、彼の身体から血のエフェクトが噴き出した!!スレイヤーが今の一瞬の内に三度ダガーを振るい、奴の体を切り裂いたのだ!!
「なに!?攻撃速度に特化したダガーだとしても速過ぎるだろ!!」
「敵との間合いを理解していないからそうなるんだ。お前が攻撃を連打しても、その連打の合間合間には確実に攻撃を打ち込める隙がある」
スレイヤーはチーターの動きの隙を見逃さず、その後も何度もチーターの体を切り付ける!!
――ズバッ!ズバッ!スババッ!!――
普通のプレイヤーが相手なら既に3回は殺している。しかし相手はチートでダメージを無効化し、しつこくスレイヤーへと襲い掛かる!
「シッ!!」
――ズバァッ!!――
遂にスレイヤーのダガーが奴の首筋を捉え、頸動脈の位置を完璧に切り裂いた!!
本来ならば重度の出血状態となり、大半のプレイヤーは死亡する。が、
「クケケッ!!出血狙いだったか?残念だったな、出血状態は斬撃のダメージを受けることで発生する。そもそもダメージが入らないんじゃどうやったって出血にはならねぇよ!!」
「ちッ………だが、今の言い草」
「あ?」
「異常状態によるダメージは受ける。ということだな?」
「ッ!」
「まぁそんな所だろうと思っていた」
「はぁ?」
「もっと頻繁に自分のHPバーを確認するんだな」
そう言われ、チーターは自身のHP残量をチラリと確認した。
「!?」
すると、HPバーが毒々しい緑色に変色し、ジワジワと擦り減っていっている!!
「こりゃ…毒状態か!」
時間経過でHPが減少する異常状態、『毒状態』。その中でも、効果時間が短く発生確率が低い代わりに、HPが必ず1以上は残る通常の毒状態と違い相手を毒殺する事が可能な『猛毒状態』だ!!
「気付くのが遅すぎるな……やはりチーターは阿呆ばかりか」
「くッ!」
チーターは解毒のアイテムを取り出して毒状態を治そうとする。が、
「させると思うか!!」
――シュッ!!――パリンッ!!――
「うッ!!」
スレイヤーは素早くナイフを投擲し、チーターの取り出した解毒のポーションを破壊する!!
「そのまま死ねぇ!!」
今度はスレイヤーからチーターに接近し、奴の体を何度も切り裂く!!
――ズバズバズバァッ!!――
「ぐぅッ!!」
この斬撃によるダメージはないが、猛毒のダガーに斬られることによってチーターの猛毒状態は継続される!
「調子に……乗るなッ!!」
チーターはスレイヤーから逃げるように駆け出したッ!!
「少し離れた所でチョチョッとアイテムを使えばこんな状況簡単に打破できるんだ!!」
「ほう、逃げるつもりか?」
チーターはかなり移動速度に特化しているようで、素早く走ってスレイヤーから逃げる。
が、
「岩場の走り方がなってないな!!」
歩き方一つとっても超一流のプレイヤーであるチートスレイヤーは、歩行の妨害を受けないようなルートで岩場を走る事ですぐさまチーターに追い付いたッ!!
そして右手の黄色いダガーを振り下ろすッ!!
――ズバッ!!――
「ぐッ!ついてくんじゃ―――」
次の瞬間、
――グラリ――
とチーターの体が傾き、ドサリと地面に倒れ込んだッ! まるで糸の切られた操り人形が如く!!
「なっ!?」
「麻痺状態だ。逃がしはせん」
スレイヤーが右手に持っていた黄色いダガーは敵を麻痺状態にする効果がある! 本来麻痺の発生確率はかなりの低確率なのだが、あれだけ攻撃を喰らわせれば流石に当たりを引ける。
「く、来んじゃねぇ!!」
「なぜだ?」
スレイヤーは左手のダガーを逆手に構え、地面に倒れて動けないチーターへと迫る!
「テメェきもいんだよ!チーターばっかり付け回す変態が!!」
「貴様のようなクズよりはマシだ」
スレイヤーはチーターの前にしゃがみ込み、ダガーを奴の首に突き刺した。
――ザク!………ザク!……ザク!…ザク!――
何度も何度も猛毒を掛けさせ、
「次会ったら絶対殺すッ!」
「何度でも来るがいい。何度でも殺して、その腐った根性を叩き直してやる」
遂にチーターのHPは0になり、グタッとその場に伸びた後 消滅していった。
「スレイヤーさん!流石っすね!」
「流石チートスレイヤー!うちの視聴者も大盛り上がりよ!!」
「………配信始める前に一声ぐらい掛けろよ…」
「仕方ないでしょ?アンタ突然飛び出してったんだもの」
タクマとサラがスレイヤーに駆け寄ってそう話す。そして彼等の後ろから、襲われていた野良プレイヤーがやって来た。
「…助けてくれてありがとな………でも相棒が殺られる前に助けて欲しかったが……」
「すまんな、一撃で殺られるとは思わず……」
「ま、それもそうか……ここはレベル3とかで来るようなとこじゃないもんな」
「………レベル3?まさかここでアイツに倒されたのか?」
「あぁそうさ。そんで仇討ちに来たんだよ、ゾンビアタック気分でな……まさか元シングルスがゾンビアタックするとは奴等も思うまいってことでよ」
「え!?アナタが昨日殺られたシングルスの人!?」
「一応ね。元シングルス7位!ジゴナーです!さっきまで一緒にいたのは9位だったキシザワ君」
「すげー!」
どうやら彼は昨日チーターの被害に遭ったというシングルス所属パーティのメンバーだったらしい。
が、スレイヤーはそこじゃない彼の言葉に引っ掛かった!
「待て!………今、『奴等』と言ったか?」
「え?」
そう。確かに彼は『まさか元シングルスがゾンビアタックするとは奴等も思うまい』と言っていた!
「そうだが?」
「アンタ等を襲ったチーターは、1人では無かったと言うことか?」
「なんだ知らなかったのか……俺達を襲ったチーターは5人だ。全員豹柄のスカーフを身に着けていて、自分達の事を『猟豹六人衆』と名乗っていたよ」
「猟豹六人衆……」
新たな波乱を、チートスレイヤーは感じ取った。