エリア効果無効化
エリアによって与えられる様々な効果を消滅させ、自身だけが有利な条件下で戦闘を行えるようになる。
例えば本来戦う事のできないエリアですら・・・。
・・・・・最近、何か変だとスレイヤーは思った。
まず、明確に違和感に気付いたのは2週間前、タクマと共に巡回を行っていた時に遭遇したチーターの言葉。
『見つけたぜチートスレイヤーぁッ!!』
見つけたぜ、と言うことはスレイヤーを探していたという事だ。なぜそんなことを?
そしてそれから2日後に襲撃して来たチーターも、
『おやぁ?お前チートスレイヤーかッ! 俺はそこらのチーターとは違うからなッ! ズタズタにしてやるッ!』
奴もスレイヤーの存在を知っていたし、警戒もしていたようだった。
そして1週間前に戦ったチーターも、
『チ、チートスレイヤーッ!? クソがッ!!』
と言って逃走しようとしていた。チーターが一般プレイヤーに怯えて逃亡?
次に5日前に殺したチーターは死に際に、
『パトロール中、背後に気をつけるんだなッ!』
と捨て台詞を吐いていたし。スレイヤーがパトロールをしているという情報は何処から得たのか?
最後に、2日前粛清したチーターも、
『対お前用に装備を新調してきたぞッ!』
などと言っていた。なぜか最近戦ったチーター達はスレイヤーについての情報を持っていたのだ。
「妙だ・・・」
タクマと共に街中を歩きながら、スレイヤーがボソリと呟く。
「ん?何がっすか?」
「俺は自分がチーター狩りなんていう、変な事をしている自覚はある。が、そこまで大体的にやっている訳でもないし関係者も少ない。・・・だが最近、妙に俺の事を知っている奴が多いんだ・・・今だって」
スレイヤーはチラリと視線を動かす。
周囲にいるプレイヤーの何人かは、まるで動物園でライオンでも観ているかのような視線をスレイヤーとタクマに向けているのが見て取れる。
「誰かが俺の事を拡散している?・・・チーターの界隈が俺に警戒すべく話を広めているのかもな・・・」
「そ、そうっすね〜・・・」
なんだか辿々しいタクマを横目に、2人は教会の扉を開ける。
巡回中のスレイヤーが非戦闘エリアであるここに訪れたのは、教会内に預けているアイテム管理人会うためだ。
アイテム管理人はゲーム内にある活動中の教会全てに配置されているNPCで、アイテムや武具を預けたり、預けた物を受け取ったりできる。非戦闘エリアにいる彼をどうにか倒そうと、時折プレイヤーが試行錯誤していたりする。まあ成功した者はいないようだが。
そんな教会内でアイテムを取り出していると、
「あれ?有名人じゃ〜ん」
なんだか聞き覚えのあるような声がした。
振り返った先にいたのは1人の女性。・・・確かどこかであったような?
「私のこと覚えてる?サラだよ〜?」
「んん?」
この美声。それを聞いてスレイヤーは彼女のことを思い出す。
「思い出した、確か以前に助けたバーチャル配信者だな。久しぶりだな・・・で、何か用か?」
「いんや、偶然通り掛かっただけ・・・まぁ、巡回ルートだからもしかしたら会えるかな?とも思った」
疑問。なぜサラはスレイヤーの巡回ルートを知っている?
「気になっているんだが・・・最近俺のステ振りやら武装やらルーティーンやらを知っている輩が多いんだ・・・その情報はどこから得ている?」
「え?動画投稿サイトで配信されて―――」
「す、スレイヤーさんもう行きません?」
不自然に会話を遮ろうとするタクマ。スレイヤーはタクマをスッと下がらせ、サラとの会話を続ける。
「動画投稿?」
「そ。・・・アンタ知らなかったの?」
「・・・盗撮か・・・」
「いや、カメラマンとアンタ普通に話てたけど・・・」
「ぎく」
「ぎく?」
タクマ、不自然な言葉を口走る。思わず聞き返してしまった。
「えっとね〜・・・確かチャンネル名はぁ・・・『TKMチャンネル』、だったかな?」
TKM?
「TKM・・・TKM・・・タ・・クマ?」
「・・・・・・・」
スレイヤーの視線が横移動し、タクマを捉える。
タクマはまるで死んだかのように微動だにしない。
「・・・お前やったな?」
「・・・いや・・・・・・話題になるかなと・・・」
「・・・・・ゲーム上での盗撮って犯罪?」
サラが聞いてくるが、
「・・・聞いたことはないな」
「でしょ?!なら問題ないっすよ!」
「だがそのマナーには問題がある」
ド正論である。
タクマは押し黙る。
「・・・・・・だがまぁ・・・話題になったお陰でチーターも多く殺せたし・・・今回は多めに見よう」
「ホントっすか!」
「動画投稿もやめろとは言わんが、今後は巡回ルートとかは隠せ。チーターに手の内を見られてはこたわん」
「は、はいッ!」
「アハハっ、やっさし〜」
サラが茶化して来る。
「・・・最近世話になってる礼だ」
スレイヤーは溜息混じりに返答する。
3人がガヤガヤしている間に、教会の扉が開いたことに気付いたのはスレイヤーだけだった。
そしてそこを通って現れたプレイヤーが、
手に大きな曲剣を持っていると気付いたのもスレイヤーだけだった。
「―――――伏せろッ!!!」
「うおっ!?」
「うわっ!?」
スレイヤーがタクマとサラの2人を引っ張り、床に伏せるッ!
「〈大風斬〉ッ!!」
次の瞬間、突如教会に現れたプレイヤーは、その曲剣を振るって巨大な斬撃を放ったッ!!
――ズバァッ!!――
「ぇえッ!?」
教会内に驚愕の声が響くッ、
放たれた斬撃が教会の壁を削り、オブジェクトを破壊し、アイテム管理人を斬り殺したッ!!
それを見たタクマが思わず声を漏らしたのだッ! サラも続けて言葉を零すッ、
「・・・あ、あり得ないッ! ここは・・・教会範囲内よ!?」
非戦闘エリア。つまりは攻撃や魔法の発動、抜刀など、何かにダメージを与えうる行動は全て制限される空間なのだッ!
しかし目の前の男プレイヤーは剣を持ち、斬撃のスキルを放ってNPCを殺害したッ!
「あり得ない事が今目の前ではあり得ている・・・つまりコイツは・・・」
「チーター?」
「だろうな」
スレイヤーは立ち上がり、相手を睨む。
「よお?探したんだぜチートスレイヤー?」
「殺す」
「おお、威勢のいいこったぁ・・・だがよぉ」
瞬間ッ! チーターは床を蹴りスレイヤーに接近ッ! その大剣を振り下ろすッ!
スレイヤーはそれを見事に回避ッ! いつもであれば既に3発は反撃の打撃を叩き込んでいるッ!
しかしッ!!
「ここじゃお前は何も出来ねぇよなぁッ!!」
「・・・・・」(こんなチートは始めてだ・・・だがどんなチートにだって攻略法はあるッ! さてどうするか)
スレイヤーは思考を回しながら今は回避に専念につつ、アイコンタクトでサラ達に逃げるよう促す。
「ほら、タクマ君…だっけ?逃げよ逃げよ」
「いやいや!お手伝いしないとッ!」
「魔法も攻撃も出来ないでしょッ! 今は下がるよ!きっと彼が教会の外までアイツを引っ張って来るから、そこで加勢すればいいの!」
「わ、わかりました・・・」
「ほら行くよ!狙われたら抵抗のしようがないんだから」(とは言え・・・あのチーターも易易と教会の範囲外へは出てくれないわよね・・・どうするのチートスレイヤー・・・)
2人がこの場を離れても、教会範囲外から範囲内へ干渉する事はできない故、チーターが教会から出ない限り、本当に手の出しようがない。
さぁ、どうするチートスレイヤーッ!!
「オラよぉッ!!」
「フッ!」
チーターは教会を破壊しながら、躊躇なく大剣を振り回すッ!
周囲の家具は砕け散り、壁は切り刻まれ、床は割れるッ!
(とにかく、教会内では戦いようが無い。ひとまずは脱出)
スレイヤーはチーターから距離を取り、教会の出入り口である扉へ向かうが、
「逃がすかッ!!〈大風斬〉ッ!!」
「チッ!」
巨大な斬撃が飛来ッ! スレイヤーは高く跳んで回避するが、この教会の天井はそれほど高くない、スレイヤーは背を天井にぶつけてしまう。
「そこだァッ!!〈穿風突き〉ッ!!」
その隙を逃さず、チーターが剣先をスレイヤー目掛けて突き出すと、ドリルのように回転する尖った風がスレイヤー目掛けて放たれたッ!! 空中にいるスレイヤーは、満足に回避行動が取れないはずだッ!
しかしッ、これはスレイヤーの読み通りであるッ!
「馬鹿な野郎め」
スレイヤーは天井の材木にある僅かな突起部に指を掛け、それを指先で弾いて天井を滑るように移動ッ! 迫り来る風撃を回避してみせたッ!!
スレイヤーから外れた穿風は天井に激突ッ!! 教会の屋根が貫かれ、建物の上部が崩落したッ!!
「なに!?」
「残念だったな」
スレイヤーは落下物を蹴って教会の屋根に空いた穴から外へと飛び出したッ!
一方下にいたチーターは降り注ぐ瓦礫に襲われていたッ! 非戦闘エリアでは事故死も起こる事はないが、スレイヤーがエリア外へと逃げるまでの時間稼ぎには十二分だ!
スレイヤーは屋根から飛び降り、駆け出す!
しかし、背後から轟音ッ!
――ボゴォンッ!!――
「待てやぁああ!!!」
チーターが教会の壁を破壊し、一直線に向かって来る!!
だがすぐに追い付かれる事はないだろう。なんて思った奴はこのゲームに向いていないぞ。
「〈追風〉ッ!!」
チーターはスキルを発動ッ! 奴の背後から突風が吹き、周囲の瓦礫を吹き飛ばしながらチーターの背を押すッ!! チーターが駆け出せば、追い風による後押しによって移動速度は格段に上昇ッ!!
「ッ!!」
「死ねぇえ!!」
あっという間に追いつかれたッ! 教会周辺の非戦闘エリアは、教会の中心から半径50メートル、エリアから出るには、まだ20メートル以上ある!
チーターはお構い無しに大剣を振るうッ!!
スレイヤーは地面を転がって回避するが、チーターは止まらず連撃ッ!!
「〈舞風乱撃〉ッ!!」
剣に纏わる風が剣撃を導き、流れるような連撃がスレイヤーを襲うッ!!
「くっ!!」
本来ならば盾を召喚して防御するが、非戦闘エリアではそれも不可能ッ! 我武者羅に避けるしかないッ!!
しかし雨の如く繰り出される斬撃を全て避け切るなど不可能ッ!! スレイヤーは完璧な回避を諦め、致命傷を避けるように立ち回るッ!
スレイヤーの腕や肩などに斬撃が掠れ、血が流れ出してしまうッ! HPもじわじわと減っていくし、このまま斬撃を喰らえば『出血』の異常状態になりかねない!
そこでようやく、チーターの使ったスキルが終了して連撃が止まるッ! 恐らくスタミナ切れだ! 回復するまでは大した攻撃はこないはず!
「逃がさんぞぉ!!〈風刃〉ッ!」
しかしスタミナが切れてもチーターは諦めず、スキルを発動して風の斬撃を放つッ! 大したダメージはない攻撃だが、既にHPが3割近く削れているスレイヤーには驚異だ!
しかしここで、スレイヤーは逃げないッ! 逆にチーターに接近し、〈風刃〉を回避ッ!
更にはスタミナ切れで動けない奴を横切り、背後に回り込んだッ!!
チーターは困惑する!
「ぁあ?」(背後を取ったって、ここじゃ攻撃も出せないはず!何するつもりだッ)
振り返ったチーターが捉えたのは、
「フんッ!!!」
瓦礫を担いだスレイヤーの姿ッ!!
あれはチーターが破壊した教会の瓦礫。チーターが〈追風〉を使って移動した際に、一緒に飛んで来ていたらしい。
スレイヤーはそれを持ち上げ、それをチーターの前にズシンと置く、そして、
「ヌぉおおおおッ!!!」
瓦礫にタックルをかまし、それを押し始めたッ!
「うおっ!?」
当然、瓦礫の反対側にいるチーターも間接的に押され、ズリズリと地面を削りながら無理矢理移動され始めたッ!!
「くっ!このままエリア外まで押し出す気かッ!!」
スタミナの切れているチーターでは、筋力と持続力の高いスレイヤーを押し返すことは出来ないし、瓦礫が盾となってスレイヤーに攻撃を加えることも出来ないッ!!
チーターは後ろから瓦礫に押され、まるで瓦礫に貼り付けにされたようになって動けないッ!!
このままでは本当にエリア外まで押し出されるッ!
「チッ!! 〈風刃〉!!」
チーターは0距離で瓦礫に向かって風の斬撃を浴びせるッ! それも一度ではないッ!!
「〈風刃〉!〈風刃〉!〈風刃〉〈風刃〉〈風刃〉!!!」
連続で何度も何度も風の刃が瓦礫を切り裂くッ! 斬撃のためすぐに砕け散るような事はないが、徐々に瓦礫が削れ、ボロボロと崩れ出すッ!! 瓦礫の形が歪みほどに、瓦礫は押しづらくなってしまう!
そして遂にエリア外まで1メートルと迫ったッ!!
その時ッ!!
「うぉらぁああ!!!」
チーターが大剣を振り下ろし、瓦礫を破壊したッ! スタミナが回復したのだッ!!
「クハハッ!!残念だったなぁ!!〈大風―――」
巨大な風の斬撃を、剣撃と同時に撃ち放とうと剣を振り上げたッ――――次の瞬間ッ!!
――パリンッ!べシャッ!!――
ガラスが割れるような音と、液体が飛び散るような音がしたと思ったら、
「―――斬〉ッ!?」
チーターの動きをが突然鈍り、放った斬撃は容易くスレイヤーに躱されたッ!!
それもそのはず、チーターの顔面には緑色の液体が飛び散っており、視界を塞いでいたのだッ! こんな状態から放たれた攻撃で、スレイヤーが仕留められるわけが無い!
して、この緑色の液体は何なのかというと、
(こ、コイツ今なにしやがった!!ポーチから何か取り出して俺の顔に投げて来た!?あり得ねぇ!非戦闘エリア内じゃ他プレイヤーに攻撃は出来ないはずッ!)
焦りながらも顔に着いた液体を拭ったチーターは、その液体の正体に気が付いた。それは!
「回復薬さ、やるよ」
スレイヤーの口から答え合わせがされた!
チーターの顔に投げ付けられたのは、ごく一般的な回復薬ッ!! 非戦闘エリアであっても、回復薬を使って他人を回復させることは可能ッ! それを利用した回復薬による目潰しだッ!!
「くっ!!」
「ほらよ」
――ドンッ――
チーターが再び攻撃を繰り出すより早く、チートスレイヤーがチーターを手で押すッ!
筋力の高いスレイヤーに押されたチーターは、ダメージは無いながらも数歩後退ってしまう!
そこはもう、非戦闘エリアの範囲外だッ!!
「チィッ!!」
チーターはすぐにエリアへと戻ろうとするがッ!
「〈影沼〉ッ!!」
突如足が地面に沈んだッ!!
声のした方を睨むと、数十メートル先にサラとタクマが立っているッ!! サラの持つ、自身の影を沼化するスキルだッ!!
「なっ!? クソがっ!!」
「ははっ!!残念だったなチーター野郎めッ!!」
動けないチーターを見て、調子に乗ったタクマが数歩前に出た。
「ッ! 下がれタクマッ!!」
「え?」
「〈穿風突〉ッ!!」
――ボッ!!!――
タクマが動くより先に、チーターがスキルを発動させドリルのような風をタクマ目掛けて撃ち出したッ!!
「くっ!!〈鱗砕脚〉ッ!!」
スレイヤーは後ろ蹴りのスキルを発動させ、素早くチーターの頭を貫きチーターを倒すが、既にスキルは放たれてしまったッ!!
「逃げろッ!!」
スレイヤーが叫ぶッ!!
サラはすぐに回避行動を取ったが、タクマは一歩送れるッ!!!
「うぐっ!!」
避けられない。そう直感したタクマは、ただただ目を瞑るしかなかった。
そして、
――ガギンッ!!!――
硬質な音が響き、タクマが目を開ける。
そこには、
「やぁ。大丈夫かい?」
美しい金髪をサラリと伸ばし、白を基調として赤い差し色の入った見事な鉄鎧を身に纏った美女が立っていた。
たった今、〈穿風突〉を容易く弾き飛ばした美女。
彼女のことを、スレイヤーは知っている。
「『シングルス』第2位・・・聖剣のリリイ」
このゲームのトップランカー。最強のプレイヤーの相棒。生ける伝説とまで呼ばれるプレイヤーだ。