オートエイム
エイム時、照準が自動で敵を捉えるようになる。
使用者はエイムボタンを押しながら射撃を行うだけで、周囲の敵を簡単に殲滅できるようになってしまう。
広大なフィールドがシームレスに繋がるオープンワールドゲームである『ブレイブハンターズ』。
ここはそんな広いマップの南西に位置する砂漠地帯『バゴバ砂漠』。うっかり地図を忘れた状態でこの砂漠に訪れると、高確率で遭難し、高熱の日差しに焼かれて死んでしまうという恐ろしい場所だ。
この地を訪れるには、暑さ対策と遭難対策は必須と言われており、好き好んで足を運ぶプレイヤーは少ない。が、それがまたプレイヤーの冒険心を掻き立てる。
そんなだだっ広いこの砂漠なのに、プレイヤーが訪れる機会は少ない。それ即ち、未発見のダンジョンや隠しロケーション、未回収のレアアイテムが未だ眠っている可能性が高いという事でもある。
今日も今日とて、そんなトレジャーハンター気質なプレイヤー達が砂漠に足を運んでいる・・・のかと思ったが、砂漠のど真ん中を妙なプレイヤーが歩いている。
「ふぅ・・・ふぅ・・・暑いなぁ・・・対暑ローブがあっても熱暑状態なりかけだ・・・」
ひとつ目のような独特なデザインの兜を被り、茶色いローブとフードを被る男のプレイヤー。背には一丁のライフルが担がれており、連れもなし。とても宝探しをしに来ているとは思えない。
本来トレジャーハンターのプレイヤーは、できる限り持ち帰れるアイテムを増やす為に武器は軽い物しか持っていかない。このゲームにはアイテムや武具の所持重量制限があるのだから。
しかし、彼が背負うライフルは狙撃用の大口径魔導銃だ。遠距離攻撃武器の中では最大級の重量を誇る。
確かに広い砂漠では、狙撃武器が有効かもしれないが、態々こんな所まで足を運ぶプレイヤーなんて、余程の物好きか、大々的に戦闘が出来ないような・・・そう例えば・・・、
チーター、とか。
「っうし…」
男は砂丘の上に陣取り、腹這い姿勢になって魔導銃のバイポッドを立てた。
残弾数を確認し、発砲準備を完了させる。
魔導銃は、このゲームの中でも中々にマニアックな武器である。使用するには消費アイテムであり、撃つ銃によってサイズの異なる『弾丸』と、発砲時には魔力も消費する。
しかも撃つとリロードが必要であり、使用するには慣れが必要だが、種類が豊富な魔法や、矢にスキルを付与できる弓になどの、他遠距離攻撃手段と比べるとどうにも戦術の幅が狭く、結果的に使用者は少ない武器種となってしまった。
しかし、そこにロマンを見出した一部プレイヤー層からの支持は厚いのだとか。
さて、そんな解説をしている間にスナイパープレイヤーが銃を構えて5分が経過しようとしていた。
「むふぅ・・・・・・」
ただしかし、スナイパーはまだ待っている。恐らく画面の前ではスマホでも眺めているのだろう。
そんな状態が続き、経過時間が10分に差し迫ろうとしていた頃、
――カクンッ――
突如、弾かれたようにスナイパーの視点が勝手に動き、銃口が遠くの何かへと向けられた!
明らかにおかしな挙動! プレイヤーはボタンの一つも押していない!
そして、その銃口の先にいるのは、
「さ〜て今日は南東の砂漠遺跡にでも行こうかなぁ」
ソロ探索中のトレジャーハンタープレイヤー!
「シシシッ・・・いたいた」
スナイパーは不気味に笑い、発砲ボタンに指を掛ける。
視点は動かしていないのに、銃口は真っ直ぐに獲物を狙い澄ましているッ!
「・・・・・アディオ〜ス」
スナイパーが呟き、魔導銃に魔力が送られ撃鉄が弾丸を叩き出すッ!!
――ドンンッ!!――
爆発音のような発砲音が砂漠に響き渡り、巨大な弾丸は高速で直進ッ!!
「え?」
視界の端にキラリと映った閃光に気付いた頃にはもう遅いッ!
弾丸は寸分の狂いもなく、獲物の頭部を撃ち貫いたッ!!
――バコッ!!――
「ギャッ!!」
弾丸が頭を貫通し、血が飛び散る! 無論、即死ッ!!
ドサリと砂漠に倒れたプレイヤーは、周囲に最低限だった所持品を落とし、程無くして消滅したッ!!
「シシシシシッ・・・馬鹿な奴め、俺様のテリトリーで呑気に宝探し? キシシシシッ…!」
スナイパーが不気味な笑い声を漏らす。
そう、彼こそはここ最近この砂漠で宝探しをするプレイヤーの界隈で恐れられている、恐怖の狙撃手であるッ!!
しかし、その狙撃の腕前は偽装されたものッ! その正体は、銃を構えた際、自動的に敵の方へと銃口が向く、『オートエイム』のチートを積んだチーターであるッ!! 何たる外道ッ!
そんな奴には粛清の手が必要であろうッ! 天はこの地に彼を遣わしたッ!!
「・・・・・ん?」
銃口が再び動き、遠くから迫るソレを捉えるッ!!
黒い戦闘装束ッ! 兜の隙間から漏れる赤い眼光ッ!! 一切の油断もない凛々しい姿勢ッ!そしてそのオーラッ!!
そう! チートスレイヤー氏であるッ!!
彼は今、砂漠地帯にある集落からレンタルした『デザートサウルス』というラプトルのような魔物に跨り、砂漠の中を駆けていたッ!!
まるで本の中の『白馬の王子様』とは正反対な構図ッ!! 『キモいトカゲの恐い戦士』ッ!! だがそれが良いッ!!! と俺は思うッ!!
「先程の発砲音は・・・コチラの方向のはず・・・」
ボソボソと呟きながら、スレイヤーは手の中の手綱を握り締めていた。
そんなチートスレイヤーを見て、何も知らぬチーターは再び引き金に指を掛ける。
「馬鹿な獲物がもう1人・・・キシシッ、しかも宝探しとは違うプレイヤーが撃てるとはッ! 今日はツイてるツイてるッ!!」
そして引き金を引くッ!!
魔力が注がれ、弾丸射出ッ!!
「アディオ〜ス!」
弾丸の速度は音速を超える! 発砲音に反応したんでは間に合わないッ! しかし!
「ッ!!」
スレイヤーは、発砲時のマズルフラッシュに反応し、瞬時に身を屈めデザートサウルスの背に密着するッ!
すると先程までスレイヤーの頭があった位置を弾丸が通過ッ! 間一髪ッ!!
しかしスレイヤーは取り乱さず、冷静に分析。
「正確過ぎる射撃だな・・・やはり砂漠の集落で噂になっていた『バゴバの無差別狙撃手』はチーターか・・・まあどちらにせよ、プレイヤーの鉄則も守れないような奴は殺しても構わんだろう」
ここで言うプレイヤーの鉄則とは、『非PVPのプレイヤーは襲わない』というモノだ。
デスペナルティが重い今作を皆が快適に遊ぶべく、誰が言い出した訳でもないが定着した暗黙の了解というヤツだ。
厳密には『明らかに戦闘以外の要素を楽しんでいるプレイヤーを襲撃しない』というルールだ。
しかしチーターなんて、ただでさえ普通に法律に違反するチートを使用しているような犯罪者だ。そんなクズがプレイヤー間の思い遣りマナーなんて守る訳もなし。
チーターはコッキングを行い、再びスレイヤーへと射撃ッ!!
「駆けろッ!!」
スレイヤーはデザートサウルスの手綱を引っ張り、ジグザグに走らせることでこれを回避。
しかし、これが通用するのはチーターとの距離が離れている今の内だけだ。近寄る程に着弾は速くなり、照準が常にコチラを狙うチーターの射撃からは逃れられなくなる。
それを理解しているスレイヤーは、チーターとの距離が100メートルを切った辺りで次の行動に移った!
「行けッ!」
スレイヤーはデザートサウルスを逃し、その背から飛び降りたッ!
「ん! チャ〜ンスッ!」
空中では移動が制限される。スナイパーの前で跳躍するなど迂闊な行為ッ!!
チーターは引き金を引くッ!!
「〈武装・6〉ッ!」
スレイヤーの手に盾が現れるッ! それもただの盾ではないッ! 俗にタワーシールドと呼ばれる、壁の如き大盾だッ!
――ガキンッ!――
飛来物を受け流すような、傾斜のある形状をした大盾を前に迫り来た弾丸は弾き飛ばされたッ!!
チーターの持つライフルであの盾を貫くのはほぼ不可能だろう!
「チッ!」
続けて2発、3発と発砲するが、スレイヤーの体は盾の裏にスッポリと隠れていて当たりそうにないッ!
「ケッ! ダセェ戦い方だなッ!」
チーターは俗に「おまいう」案件な悪態を放ち、立ち上がる。
場所を移動するつもりだろう。
しかし、スレイヤーはそれを許さないッ! 大盾を構えたまま、チーターの方へと駆け出したッ!
(ッ!? あんなデケェ盾持ってるのになんて移動速度ッ!? どうだけ筋力と持久力が高いんだよッ!)
チーターはスレイヤーの尖ったステータスに驚愕しつつ、何とか距離を取ろうと走り出すッ!!
しかし自分の購入したチートを十全に活かす為、狙撃に関するステータスばかり上げていたチーターのダッシュ速度は、大盾を持ったスレイヤーにも劣っているッ!!
「セェィいいッ!!」
チーターに十分接近したスレイヤーは大盾を投擲ッ!! チーターの背に激突ッ!!
――ゴスッ!!――
鈍い音が響き、チーターは転倒ッ!!
「〈武装・1〉ッ!!」
次に召喚されたのは金棒ッ!!
「くっ!!」
立ち上がろうとするチーターへと振りかざすッ!!
――ドガッ!!――
再び鈍い音ッ!! しかし、今度は先程投げた盾のように直撃とはいかなかった!!
「チッ!」
「危ねぇ!!」
チーターはギリギリの所でライフルを使い、金棒の一撃を防御したのだ! 想定よりも速い状況判断ッ!!
金棒が巨大で重い故、連撃は不得手だッ! スナイパー相手に距離を取られてはならない! スレイヤーは金棒を手離し、チーターへと殴り掛かるッ!!
が!!
「フルチャージッ!!」
スレイヤーより早く、チーターは魔導銃に魔力を流し込んでいたッ!! しかもどうやら、先程までのような、貫通力に特化させた射撃ではないッ! その証拠に―――
「キシシッ!」
「んッ!?」
チーターは銃口を、スレイヤーではなく地面に向けたッ!!
そして、発砲ッ!!!
――バコォオオッ!!!――
銃口から飛び出した一撃により、地面が大爆発ッ!! 幸いにも大した威力は無かったが、爆風によりチーターもスレイヤーも、地面の砂も吹き飛ばされるッ!!
砂が煙のように舞い散り、スレイヤーの視界を覆い隠すッ!!
これではチーターの正確な位置は特定不可能ッ!!
しかし、チーターはッ!!
「キシシシッ!!!」
オートエイムの効果によって、見えずとも照準は対象を捉えるッ!!
実際、今魔導銃を構えたチーターの視点は、ガクリと不自然に動いて砂煙の先にいるターゲットへと銃口を向けたッ!!
「あばよぉッ!!」
引き金が引かれ、弾丸が撃ち放たれるッ!! 煙の中ではマズルフラッシュもよく見えないッ!!
――ドンンッ!!!――
弾丸が空気を貫き、砂煙が晴れるッ! そして煙の先にいた対象の頭部を、弾丸は正確に貫いたッ!!
「キシシシシ・・・・・シ?」
が、
「ナイスショットだ」
「はぇ?」
背後から、耳奥に響くような男の声。
振り替えると、そこにいるのはチートスレイヤーその人ッ!!
「なっ!? え、なっ!!?」
チーターが動くより先に、スレイヤーがチーターのライフルを掴み、奪い取って放り捨てるッ!! 武器が無ければオートエイムは意味を成さない!
「な、何がどうなって!!」
チーターは自分が撃ち抜いたモノへと視線を戻す。
そこには・・・・・デザートサウルスの亡骸が転がっていたッ!!
「見事にヘッドショットだ。チートでなければ称賛しただろう。が、お前はチーターだ。…殺す!」
「な、なんであんな所にトカゲ野郎がッ!」
「飛び降りた際にお前の居た砂丘の裏に回り込むよう命令し、待機させていた。お前に逃げられた時、追えるようにとな。結果的に別の役に立ってしまったが・・・クズ粛清の為の尊い犠牲だ・・・」
スレイヤーは手を合わせ、消えゆくデザートサウルスの遺体にお辞儀をする。
そして、
「じゃあ死ね」
「え!? ま、待っ―――」
チートスレイヤーの正拳が、チーターの頭を無惨にも叩き潰したッ!!
あまりの威力にチーターの頭が砂にめり込み、水深が浅かった犬神家みたいになってしまったが・・・。
「さて」と、一仕事終えたチートスレイヤーが燦々と輝く太陽を見た後、呟く。
「・・・どうやって帰ろうか・・・」
デザートサウルスの犠牲は大きい・・・。