重複バフ
一時的にステータスを向上させるバフ。
本来一つまでしか効果の得られないそれを、無理矢理重ね掛けさせるチート。その者のステータスは、通常の何倍にも跳ね上がる。
「あの〜誰か〜! 回復薬必要な人とか〜!いませんか〜! タダで差し上げますよ〜誰か〜!」
非戦闘エリアである教会から少し離れた街の中。多くのNPCやプレイヤーが行き交う通りの真ん中で、1人の青年プレイヤーが通り掛かるプレイヤー達にそう声を掛けていた。
それに対する周囲の反応は、あまり良いとは言えない。
「出たよ、『逆乞食』だ」
「よくやるよな・・・ランク維持できないなら素直に降格すりゃいいのに・・・」
『逆乞食』
このゲーム「ブレイブハンターズ」のランクシステムは少し複雑で、敵を倒したりクエストをクリアしたりするとポイントが与えられてランクが上昇する。逆に倒されたりクエストに失敗したり、長期間何もしなかったり、そして一定期間以内にゲーム側から提示されたランクポイントを得られなかったりすると降格になってしまう。
そして降格を恐れたプレイヤーが稀になってしまうのが『逆乞食』だ。
このゲームでは他プレイヤーとの交流によって得られるランクポイントがそこそこ多い。そして、「初対面のプレイヤーにアイテムを譲渡する」行為でもポイントが貰える。これに目を付けた降格期間が差し迫っているプレイヤーが、手当たり次第見つけたプレイヤーにアイテムを配る事があり、そういう者達が逆乞食と呼ばれているのだ。
勿論それで貰えるポイントはそこまで多くないが、ランクがブロンズ以下の者達にとっては、貴重なポイントとなるのだ。
しかしランクの為に他人と接するその行為がどうにも悪足掻きっぽく、熟練のプレイヤーからの印象は悪い。
この青年も、そんな悪足掻きの真っ最中だったのだ。
その時、
――ドガァン!!――
爆音が響き、青年の背後にあった建物が倒壊ッ!
「えぇっ!?」
青年は思わず振り返る!
そこには白いローブを身に着けた男のプレイヤー!
「はぁ!クソッ!何なんだアイツッ!!」
そう言って男は顔を上げる。
青年は興味本位から、その男の視線を追った。その先にいたのは、
「ちょこまかと逃げ回りよって・・・」
黒い戦闘装束のプレイヤー!
最早言うまでもなく、チートスレイヤーその人なり!!
「おいおい!非戦闘エリアじゃなくても、その周辺の集落エリアでの戦闘はご法度だって知らねぇの―――」
青年を白い目で見ていた熟練プレイヤーが男に迫り声を掛ける、しかし言葉が終わるより先に男の口が開かれたッ!
「〈加速〉〈加速〉〈加速〉ッ!!」
その瞬間! 男の姿が掻き消えるッ!!
「っ!!」
それに嫌な予感を覚えた青年は自身の大杖を取り出しカード体勢ッ!
その瞬間、ガツンッとした衝撃が青年に加わり、思わず尻もちを着くっ!
「うあっ!?」
素っ頓狂な声が背後から聞こえ、振り返るとそこには背後から身体を貫かれた熟練プレイヤーの姿っ!
彼を刺したのは白いローブの男!奴の手から風の刃が生成され、それで彼を貫いたのだッ!
しかし奴は先程まで青年の前方にいた! 姿が一瞬で見えなくなったが、透明化の魔法にしては移動速度が速すぎるッ!
「何が起こったんだッ!?」
青年が理由も分からず声を漏らすと、
「重複バフのチートだ」
背後から別の声。
振り返ればそこにはチートスレイヤー氏!
「じゅ、重複バフ?」
「本来バフは、1系統一つまでしか掛けられない。機動力へのバフと攻撃力へのバフは同時に付与できるが、機動力と機動力や攻撃力と攻撃力は同時付与ができないようになっている。そのルールを無視できるのが、『重複バフチート』だ」
先程あのチーターは機動力を上げる魔法を、自身に3回掛けた。
あの魔法はダッシュ時の速度を1.5倍にする。それを3回分ということは・・・通常の3倍以上の速度で走れる状態になっている!? ビギナープレイヤーの青年が目で追えない訳だ。
「お前が噂のチーター狩りだなぁ?驚いたぜ、まさか実在したとはよぉ!」
チーターは熟練プレイヤーから風の刃を引き抜きそう言った。
死亡したプレイヤーの死体がグニャッと地面に倒れ込む。
「チーター狩り?」
訳の分からない単語に、青年の脳内を「?」が埋め尽くす。チーターを狩るプレイヤー? なんの為にそんな事を? ただでさえデスペナルティが重いゲームだというのに。
「お前を殺せば、チーターとしての名も広がるな!」
瞬間、再びチーターの姿が掻き消えるッ!
「ッ!」
チートスレイヤーは青年を突き飛ばす!
するとチーターの手から伸びる風刃がチートスレイヤーへと振り下ろされたッ!
「〈武装・2〉ッ!」
スキル発動! 瞬時にスレイヤーの腕に小振りな盾が装着される!
――ガキィッ!!――
チーターの風刃とスレイヤーの盾が激突!
もしスレイヤーが青年を突き飛ばしていなければ、青年があの斬撃を受けていたことだろう! スレイヤーは優しいッ!!
――ガリガリガリガリッ!!――
チーターの刃とスレイヤーの盾が不協和音を鳴り響きかせながら削り合うッ!
しかし、魔術師のチーターよりもスレイヤーの方が馬力は高いッ! 徐々にスレイヤーがチーターの風刃を押し返し始める!
その時ッ!!
「〈強靭〉〈強靭〉〈強靭〉〈強靭〉ッ!!」
筋力を上昇させるバフ魔法ッ!?
それも4重掛け!! なんと卑怯ッ!!
「・・・・・・ッ」
流石にスレイヤーが押されだす!
風刃が押し込まれ、スレイヤーの身へと迫るッ! 危ないッ!!
しかしッ!!
「〈魔矢〉ッ!!」
飛び出したるはビギナープレイヤーの青年ッ!
大杖を構え、下級ではあるが魔法を撃ち放つッ!!
「ッ!! チッ!」
魔術師故にHPの低いチーターは風刃を納め、跳び退くッ!
放った〈魔矢〉は外れたが、スレイヤーは窮地を脱出!
「小癪な雑魚がぁッ!!」
チーターはバフの掛かった機動力で青年に迫るッ!
「うわぁっ!!」
目にも見えぬ速度だ!回避は不可能ッ!
「ダァあっ!!!」
「ぐっ!!」
しかし青年が襲われるより先に、高速で移動しているはずのチーターへスレイヤーが攻撃ッ!!
チーターはそれを避けたが、思わぬ反撃により体勢が崩れるッ!!
「貴様ぁっ!!なぜ俺の動きに着いて来れている!!」
「予測と経験ッ!!」
再びスレイヤーの攻撃ッ!! 瞬足の動きで回避し、チーターが背後からスレイヤーへ攻撃ッ!!
奴の手に再び風刃が顕現し、スレイヤーの背へと襲い掛かるッ!!
が、スレイヤーはその視覚外からの攻撃を見事に回避ッ!!
「!!」
攻撃を外し、隙の生まれたチーターへと攻撃を仕掛けるッ!!
「〈壊牙〉ッ!!」
強力な掌打がチーターへと迫るが、
「〈防護〉〈防護〉〈防護〉ッ!!」
防御力へのバフっ!!
――ドガッ!!――
スレイヤーの打撃がチーターの横腹へと叩き込まれるが、チーターは怯みもしないッ!!
「チィッ!!」
「残念だったなぁ!!」
チーターの両手に風刃ッ!! それでスレイヤーへと斬り掛かる!!
だがしかし、振り翳された両手は容易くスレイヤーに掴まれ止められるッ!!
「ぐっ!?」
「どうやら、加速の魔法が切れたようだな。重複しても効果時間は変わらぬものな?」
「くっ!!〈加そ――」
「ッセェエえいっ!!!」
チーターが再び魔法を掛けるより早く、スレイヤーの蹴りがチーターの下顎を打ち上げたッ!!
「がっ!」
頭部への打撃ックリーンヒットッ!! 〈防護〉により運良く脳震盪は免れたが、大きな隙を晒すッ!!
それを逃すチートスレイヤーではないッ!!
「〈武装・1〉ッ!!」
スレイヤーの手に、鬼の持つような金棒が現れるッ! トゲの生えた太腿程の太さの鉄の棒だ! 見るからに凶悪ッ!!
「フんッ!!」
スレイヤーは大声で叫ぶ前ブリの如く身を仰け反り、金棒をおおきく振り上げるッ!!
「ッ!!〈防護〉ッ」
チーターは避けれないと察し、ダメ押しの〈防護〉ッ!! そして防御体勢ッ!!
「ヌァアアあああッッ!!!」
金棒が振り下ろされるッ!!
――ドギャァッ!!!――
チーターの防御する腕へと直撃ッ!!
「ぐぅうううッ!!」
防御の上から押し込まれ、金棒がチーターの顔面へとめり込むッ!!
「ダァァぁああああッ!!!」
防御力は〈防護〉により万全!! チーターは足腰を力んで踏ん張るッ!!
が、次の瞬間!!
「ッ!!?」
突然金棒が軽くなる!!
チートスレイヤーが自ら金棒を手離したのだッ!! そして!
「デリャァアアあああッッ!!!」
金棒の上からッ! ダメ押しの!踵落としッ!!
――ゴガァッ!!!――
「ぐぁっ!!!」
遂にチーターが崩れ、背中から地面へと叩き付けられるッ!!
「ぐぅッ!!」
石畳の地面が割れ、チーターが地面へめりこむッ!!
しかし! まだチーターは生きているッ! 〈防護〉の効果かッ!
チーターは立ち上がろうと手を着くが、スレイヤーの方が数段速いッ!!
「っう!!」
スレイヤーがチーターの両足を掴み、放り投げたッ!!
――バゴォンッ!!――
投げ付けられた先には街の建物! チーターが壁に激突ッ!! 壁が凹み、瓦礫が飛び散る!!
「ぐっ!!」(不味いっ!回復しなくてはッ!!)
チーターのHPは残り2割を切った! 〈防護〉を重ね掛けしてもこれはマズイッ!!
スレイヤーが投げ技を選んだお陰で、両者には距離がある!
チーターはポーチから回復薬を取り出し、使用しようと口へ運ぶが、
――ヒュッ!――パリンッ!――
何かが高速で飛来し、チーターが服用しようとしていた回復薬を貫いたッ!!
アイテムが破壊され、未使用のまま回復薬が消滅した。
「なっ!」
チーターは飛来した物体を睨む!
それの正体は攻撃消費アイテム『投げナイフ』だッ!
投げたのは勿論、
「俺の前で呑気に飲水とは・・・舐められたものだ」
チートスレイヤーその人であるッ!!
「くっ!!」
両者の距離は約50メートル! 何という投擲の腕前ッ!!
しかし、まだスレイヤーとの距離は離れているッ! チーターは再びポーチから回復薬を取り出すが、
――パリンッ!!――
再びナイフが飛来ッ!! 回復薬が破壊!!
「ぬぅううっ!!」
ポーチから回復薬を、
取り出す!
飛来!破壊!!
取り出す!
飛来!破壊!!
取り出――
飛来破壊!!
取り――
飛来破壊ッ!!飛来ッ!!
と――
破壊ッ!!飛来!飛来ッ!!飛来ッッ!!
投げナイフがチーターの身体へと直撃!!
飛来!直撃!!飛来!直撃!!直撃直撃ッ!!!
パリンパリンという割れる音が、徐々にドスドスと肉に物体が突き刺さる音へと変わるッ!!
チートスレイヤーは最早その場を動かず、両手に持つバチで太鼓を連打するが如く、投げナイフをひたすらに投擲投擲ッ!!
横向きに降る雨の如く、数え切れぬ程のナイフがチーターへと突き刺さるッ!!
「〈防護〉ッ!〈防護〉〈防護〉ッ〈防護〉ッ!!!」
ナイフの雨を喰らい、その場から動く事すら出来なくなったチーターは我武者羅に自身へ防御のバフを掛け続けるッ!!
しかし〈防護〉は防御力を上げるだけ、無効化は出来ないッ!! 事実、チーターのHPはゆっくりながら確実に削られている!!
そして遂に、チーターのМPが底を尽きたッ!!
「ぐぅぅううううッッ!!」
最早チーターに出来ることは無くなった!! ひたすらに防御の姿勢を取り、クリティカルヒットを避けるために頭部を隠す。今のチーターにはそれしか出来ぬッ!
――ドガガガガガガガッッ!!!――
飛来し続けるナイフがチーターの身を突き刺し、斬り裂く!
そんな地獄絵図が1分間近く続いた頃・・・
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」
遂にスレイヤーのナイフ連打が止んだ・・・スタミナ切れかナイフ切れかは定かではないが、とにかく今は、スレイヤーの猛攻が止んだという事実が重要なのだ・・・。
しかし、全身に満遍なくダメージを食らったチーターは、碌に動く事ができず地面に倒れ込んだ。立つことは出来ず、チーターは動けない。
『脚部負傷(重度)』の異常状態を食らってしまったのだ。
このゲームには、足に攻撃を食らうとそのダメージ量に応じて移動が阻害されるという要素があるのだ。全身隈無く切り裂かれたチーターは、勿論足にも甚大なダメージを負っている。
『脚部負傷』を解除する為には回復アイテムが必要だが、チーターの回復薬は先程全て破壊されてしまった。
「・・・・・・」
スタミナ切れのスレイヤーは今、走ることが出来ない。故にまるで獲物を追い込む獣のように、ゆっくりとチーターへ迫る。
死を刻む足音が、徐々に徐々に大きくなり、チーターへ一歩一歩と迫って来る。
「くっ!! おいテメェ!!」
チーターが声を荒げる。
しかし、奴が話し掛けたのはチートスレイヤーではない。
「テメェだよ!ガキっ!!」
その視線は、ビギナープレイヤーの青年へと向けられていた。
「え…えっ?お、俺!?」
「そうだ!テメェだ!!回復薬寄越せや!!」
「・・・え?」
「・・・・・・」
チートスレイヤーは歩みを止めないし、何も言わない。しかしその視界の端には、確かに青年の姿を捉えヒッソリと見詰めていた。
「回復薬寄越せッ!!速くしろよッ!!コイツが来るより先に寄越せッ!!」
確かに今のスレイヤーの移動速度は遅い。青年でも簡単に追い抜き、回復薬をチーターへ渡すことが出来るであろう。
彼にアイテムを譲渡すれば、ランクポイントが得られる。そもそもそれの為に、恥を忍んで態々街にまで出て来たのだ・・・。
しかし、
「やだ」
青年はキッパリと断った。
「ッ!! 寄越せよ!!幾らでもあるだろ!!」
「イヤだ」
チーターとスレイヤーの距離、約10メートル。
「ポイント!ポイント貰えるぞ!!ランクのポイント!!」
「だとしても嫌だね」
約5メートル。
「クソがッ!!このチート買うのに幾ら掛けたと思ってんだ!!高ぇんだぞこのゲームのチートは!!」
「いや知らないよ」
3メートル。
「死んだらチート使ったってバレやすくなんだよッ!!速く!!速く寄越せ――」
「遺言は済んだか?」
地面に倒れるチーターに、スレイヤーの影が覆い被さる。
「・・・やめろよ」
「さっさとアカBANを喰らうんだな」
スレイヤーは貫手の構えを取る。
「やめろっつってんだろイカれ野郎ッ!!」
「チーター共は皆殺しだ…!!」
その一撃は、チーターの身体を見事に貫いたッ。
チーターは死亡し、グニャリと地面に張り付いた。
「ふぅ・・・・・」
ようやく一仕事終えたスレイヤーは振り返る。見詰める先には、先程の青年。
「あ・・・えっと・・・・・」
「・・・・・ランクに拘ることはない」
「え?」
「ランクというのは、そのプレイヤーが適切な難易度で遊ぶ為の指標でしかない・・・そんな物に縛られるな。・・・せっかくのゲームなのだ。楽しめ」
チートスレイヤーはそう言い残し、青年に背を向けて歩きだすのだった。