視点暴走
本来プレイヤーの操作によって行われる視点移動を暴走させ、相手の操作を妨害するチート。射撃系の攻撃を主体とするプレイヤーは殆どの攻撃手段を失い、それ以外のプレイヤーも碌な操作ができなくなるだろう。
2年前。ブレイブハンターズがリリースされて1年程が経過した頃だった。
当時シングルス1位だったプレイヤーを、とあるチーターが襲撃した。激闘の末、シングルス1位のプレイヤーはチーターに敗れ、当時のプレイヤー達に激震が走った。
「――――それが、2年前の事件だ」
燃え尽きたジャングルから帰る道中、スレイヤーは歩きながらタクマとサラにこのゲームの大事件を教えていた。
「…このゲームで1番強い人がチーターに殺られたんすか……そりゃプレイヤー達の間じゃ大騒ぎだったでしょうね…」
「知らなかったわ」
「……お前等ネットニュースとか見ないのか?当時かなり話題になっていたぞ?」
「2年前となると……ブレハンは今ほど有名じゃなかったっすからねぇ……」
「だとしてもお前達はゲーマーだろう?……むぅ…最近のプレイヤーは情弱な者が多いな……いや、情弱だからこそ……か」
スレイヤーは意味深にそう呟いた。
『もしもし。今ログインされていますよね? 少々お時間よろしいですか?』
「? どないしたんや? 無料キャンペーン終了かいな?」
『いえいえ、貴方はとても優秀ですから、今のところ終わらせる予定はありませんよ。ちょっとした頼み事です』
「頼み事?珍しいやんけ」
『実は、猟豹六人衆の三番目の方を覚えておられますか?』
「? あぁ、ちょいと前までプラチナ帯で活躍しとったっちゅう奴やったなぁ。ソイツがどないしたんや?」
『どうやら殺られたようです、例のチーター狩りに。皆さんを集めるまで待つよう指示したのですが……』
「なるほど、じゃあ集合命令やな?」
『………そのつもりだったのですが……他の方とは連絡が取れない状態でして』
「なんでや?」
『猟豹六人衆は既に3人殺られ、残りも貴方を含めて3人。内1人はログインが不定期ですし、もう1人には例の件を進めてもらっていますから』
「ほんだら頼めるのはもうワイだけかいな」
『そういうことです。お願いできますか?』
「任せい!大船に乗った気でおりや!」
『そうですか。……しかし、自信があるのはいいことですがそれで3人殺られました。行動は慎重に。チーター狩りは複数人いるようですので、油断無きように』
「りょーかい、PKはワイの得意分野や。特に、調子に乗っとるような呑気な連中はな……」
豹柄のスカーフを巻いたプレイヤーが、ニヤリと笑ってそう呟いた。
「あ、そうだスレイヤーさん!この鎧お返ししますね!」
ジャングルを抜け出し、近の教会へとやって来たスレイヤー御一行。タクマがスレイヤーに借りた鎧を彼へと返却していた。
「このあとはどうすんの?私今日は配信休みだから時間あるけど」
「俺もまだ大丈夫っすよ!」
「……残る猟豹六人衆は3人。順調だし急ぐ事はないだろう。一先ず大盾の耐久値をかなり削られたから鍛冶屋に寄って直してもらう」
「あ!俺の杖も燃えた時にだいぶ耐久無くなっちゃったんすよね」
「よし、それじゃあ鍛冶屋に寄った後 また情報収集だ」
3人は教会を後にして鍛冶屋へと向かう。
鍛冶屋はどの集落にも必ず1つはある施設で、武器や防具の作成、強化、修復などを行う事ができる。
スレイヤーとタクマが鍛冶屋に武器の修復を頼んでいる間、暇になったサラが鍛冶屋の外をブラブラしていると、
「あれ!?サラさんでっか!?」
突然見知らぬ男のプレイヤーに声を掛けられた。
「あ、私のこと知ってる?イエーイ、サラだよ〜」
「うわ本物やん! 最近観てますよ〜チーター狩りの人と一緒に活動し始めてから〜」
「そうなんだ〜、あの人凄いよね〜! 丁度さっき新しいチーターぶっ飛ばして来たところだから、次の動画楽しみにしててね!私大活躍だったんだから!」
「あー知ってますよ〜」
「? 知ってる?」
「勿論! アンタに撃ち殺されたって言うとりましたから!」
「え?」
サラが不穏な空気を感じた、その瞬間ッ!
――グラッ!――
突如世界が反転し、平衡感覚を失ったサラは地面に倒れ込んでしまうッ!!
「うぁ!?な、なにこれ!?」
サラの視界は彼女の操作に関係なくグルグルと動き回り、目の前で何が起こっているのかも分からない状態だ!
「あ、アンタ……まさかチーター!?」
猟豹六人衆の被害者が言った証言『操作が効かなくなった』とはコレのことかとサラは悟る。
「せやで。相手の視点を狂わすチートや、お前さんみたいな弓使いとかはこれでもう出来ること無しや」
そういうと男プレイヤーはポーチから豹柄のスカーフを取り出し、自身の首にサッと巻いたッ!
「ほな、さいなら」
そして小太刀を取り出すと、それを逆手に持ってサラへと振り下ろしたッ!!
――ガチャリ――
その時、背後の鍛冶屋の扉が開き、スレイヤーが現れた。
倒れるサラ。豹柄のスカーフ。小太刀を振り下ろす男。
この情報を一瞬で整理したスレイヤーは、
「破ァッ!!」
――ドガァッ!!――
「ぐッ!?」
即座に跳び蹴りを放ち、チーターを蹴り飛ばしたッ!!
「チッ!!」
チーターは上手く受け身を取って素早く立ち上がり、小太刀を構えてスレイヤーを睨んだ。
「大丈夫かサラ―――」
サラの安否を確認しようとしたスレイヤーだったが、次の瞬間、
――グラリッ!――
「ぬぅ!?」
スレイヤーの視点も暴走し始め、真っすぐ睨み付けていたはずのチーターが捉えられなくなってしまうッ!!
かろうじて立ってはいるが、何かの拍子に倒れてしまいそうだ!!
「お待たせしま―――何事っすか!?」
鍛冶屋から出て来たのはタクマ。倒れるサラとフラフラしているスレイヤーを見て思わず声を漏らした。
「チーターだ構えろ! 視点が勝手に動いて操作が効かなくなるチートだッ! 恐らく接近することがトリガー!!」
「接近がトリガー!?……なら距離を保って!!」
魔法による遠距離攻撃を行うとするタクマ。しかしそれは正しい判断ではあるが、相手もそこまで馬鹿ではない。
「クククッ…アンタみたいな雑魚にワイは殺せへんで……」
そう言うとチーターはスキルを発動し、その姿が掻き消えるッ!!
「うわ!? スレイヤーさん!アイツ消えちゃいましたよッ!?」
「透明化のスキルか……落ち着け!あのスキルは発動中スタミナを消費し続ける!透明化中はスタミナ消費を押さえる為に歩いてゆっくり近付いて来るはずだ! よく耳を澄ませろッ!!」
そう言うとスレイヤーは黙ってしまい、行動をタクマに託すッ!
「ぇえ!?音だけで判断しろってんですか!?」
スレイヤーは何も言わずにジッとその場に立ち尽くすのみ!!
「くぅうううう!!もうッ!!」
タクマはスレイヤーの言葉通り耳を澄ませ、集中するッ!!
そしてッ!!
――カツンッ――
そんな音が右側面から聞こえて来たッ!!
「ッ!! そこだ!!〈魔散弾〉ッ!!」
「待てッ!今の音は―――」
スレイヤーが何か言うより先にタクマの魔法が放たれるッ!!
そして、
「よっ」
タクマの背後にチーターが現れた。
「!?」
タクマは慌てて音のした方を確認すると、奴の持っていた小太刀が地面に落ちているッ!
チーターは自身の小太刀を投げて音を立てさせ、タクマの攻撃を誘導したのだッ!!
「よっこらせぃッ!!」
――ドガァッ!!――
「ぐぅッ!?」
チーターの蹴りがタクマを吹っ飛ばし、
「はいはいはいーッ!!」
――ドガドガッ!!――
さらにスレイヤーとサラも殴り飛ばしたッ!!
「痛いッ!」
「くッ…!」
サラとタクマは地面を転がり、スレイヤーは何とか立ち上がるが壁の方を向いている。
「あ!ダメだ!俺も視点グルグルし始めました!!」
結局タクマもチートの効果を受け、立てなくなってしまった!!
まさに、絶体絶命であるッ!!
「ほんじゃ、1人ずつぶっ刺していきましょか〜」
チーターは先程投げ捨てた小太刀を拾い上げ、フラフラなスレイヤーへと迫る。
と、
「ぃ………ぁ………………ぅ……ぃ……………ぁ……ぃ…………」
「あ?」
チーターはスレイヤーがブツブツと何か呟いている事に気が付いた。
「なんや、お祈りがなんかかいなw?」
嘲笑するように言い放ち、小太刀を手元でクルクルさせながらスレイヤーに接近したチーターだったが、
「右……上……左下……右上……下……左……左下……右上……上……右……」
スレイヤーがブツブツと呟いていたのは御経やお祈り等ではなく、方向だ。
「まさか………チッ! ちゃっちゃとクタバレやッ!」
嫌な予感を感じたチーターは急いで小太刀を振り下ろすッ! がッ!!
――バシィッ!!――
「なんやとッ!!?」
「右2…上3…左下1…右上2…下2…左3…左下2…右上1…上3…右2…」
何という事かッ!!
なんとスレイヤーは暴走する視点移動の法則性を特定し、見事チーターの振り下ろした小太刀を受け止めてみせたッ!!
「右2上3左下1右上2下2左3左下2右上1上3、これの繰り返しだなッ!!」
そしてスレイヤーは勝手に動き回る視点の方向を読み、チーターへと反撃するッ!!
「〈壊牙〉ッ!!」
「うわッ!?あんたマジかいな!?」
しかしやはり慣れない視点の動きに翻弄され、スレイヤーの攻撃は鈍いッ! 繰り出した掌底打撃は容易くチーターに避けられてしまうッ!
「せやけど、やっぱ動きは落ちとるなぁ?そんな状態の攻撃が当たったりせんわ!!」
「チッ!」
スレイヤーの動きが明らかに鈍っているのを感じ取ったチーターは笑みを浮かべ、小太刀を振るうッ!!
「〈武装・2〉ッ!」
――ズババッ!!――
スレイヤーは小盾を召喚して防御姿勢を取るが、やはり全ては受け切れず身体のあちこちを切り裂かれてしまうッ!
「くッ!」
「八つ裂きにしたるでぇ!!」
依然絶体絶命かと思われた、その時ッ!
「スレイヤー!!」
突然サラが彼を呼んだッ!! そして続けるッ!
「私なら攻撃当てられる!!」
と!
「なに?」
サラの言葉に、スレイヤーは思わず聞き返してしまう。
「エイム必須の魔導弓使いが、視点グルグル状態で戦える訳ないやろ………それとも、なんか隠し玉があるんか?」
あまり共感したくないが、今回ばかりはチーターの言う通りだ。幾ら追尾機能のある魔導弓とはいえ、ある程度標準を合わせないと矢は当てられないはず。だが、
「よし、その言葉信じるぞサラッ!」
スレイヤーはそう言い放ち、召喚した小盾を消してチーターの小太刀による刺突を敢えて受けたッ!!
――ズバァッ!!――
「ハッハァ!!ようやく良いのが入ったでぇ!!」
チーターの小太刀が深々とスレイヤーの腕に突き刺さったッ!!
が、スレイヤーは腕に刺さった小太刀を引き抜かず、そのままチーターの腕を掴んだッ!!
「捕まえたぞ…!」
「捕まえたやとぉ? こっちのセリフじゃい!!ワイはさっさとアンタ等潰して、残りのシングルスを殺しにいかないかんのじゃッ!!」
チーターはスレイヤーの身体に掴み掛かり、彼の鳩尾へと膝蹴りを何度も叩き込むッ!!
――ドガッ!ドガッ!ドガッ!――
しかしスレイヤーは逃げる事なく、逆に膝蹴りを打ってくるチーターの脚も掴んだッ!
「うぉッ!?」
「ぬぁああああッ!!!」
そしてそのままチーターをズリズリと押し出し、ゆっくりと確実にサラの方へと近付くッ!!
「なんやぁ?離せやッ!!」
チーターが暴れて何度もスレイヤーを殴るが、スレイヤーはそのままチーターを押し続け遂にサラの直ぐ側にまで到達するッ!!
「サラッ!やれ!!」
「オッケー!!」
そしてサラは魔導弓を持ち上げたッ!!
「ぁあ?弓で何ができるってんねん!」
「弓にもあんのよ!狙わずとも放てる技がね!!」
するとサラは魔導弓を空へと向けたッ!!
「まさか…」
スレイヤーは彼女のしようとしている事を察知し、地面に倒れ込んだ!
しかもチーターがマウントポジションを取るような体勢でだ!!
「あぁ!?」
未だスレイヤーとサラの行動理解できないチーターが素っ頓狂な声を漏らした次の瞬間!
「〈ヘビーレインズアロー〉!!」
サラは空に向かって、無数の魔法矢を一斉に放ったッ!!
「ッ!!」
チーターが空を見上げると、打ち上げられた無数の魔法の矢が重力に従い落下して来ていたッ!!
本来〈ヘビーレインズアロー〉は空へと弓矢を構え、狙った所へ矢の雨を降らせる。つまり弓矢を空へと構えるまでは自動的に行われ、その後落下地点の指定にはエイムが必要なのだ。
もし落下地点を狙わないまま、今のように矢を放つと、
――ドドドドドドドドドドドドッ!!!――
「ぐぉおおおおおッ!?」
矢を放った本人に向かって矢の雨が降る、自爆の可能性があるスキルなのだ!!
そしてただ真っすぐ上空へと矢を打ち上げたサラへと矢の雨が降り、その近くにいたスレイヤーやチーター、そしてタクマにも矢が降り注ぐッ!!
――ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!――
しかしスレイヤーはチーターの下に潜り込むことでチーターを傘代わりにし、矢の雨を防いだッ!
一方サラはというと、
「いててててててて!!!痛ぇよッ!!!」
フラフラした動きながらも何とかタクマの下に潜り込み、彼を屋根にして矢の雨を凌いでいたッ!!
――ドドドドドドドドドドドドッッ!!!――
「ぐぬぁああああ!!!離しやがれスレイヤーッ!!」
〈ヘビーレインズアロー〉は10秒以上の間矢の雨を降らす技! 大体のプレイヤーはすぐに範囲外に逃げる為PVPで使われることは少ない技だが、今回はチーターの下に潜り込んでいるスレイヤーが奴を掴み、逃げ出せないようにしている!
全ての矢を受けたことによる総ダメージは相当な物だッ!
――ドドドドドドドドドッ……………――
「ぐッ!クソがぁ!!」
十数秒が経過しようやく矢の雨が止んだが、チーターを仕留め切るには足らなかったようでまだ奴は生きていたッ!!
しかし、
「うぉッ!?」
起き上がってスレイヤーに攻撃しようとしたチーターはズルリと倒れ込み、立ち上がれない!!
それもそのはずだ。あれほどの矢を全身に浴びたのだから当然腕や脚にも矢が突き刺さった。
その結果チーターは『腕部負傷』と『脚部負傷』の異常状態を受け、現在碌に手足が使えない状況に陥っているのだッ!!
周囲のプレイヤー達が地面に這い蹲って藻掻いていた。そんな中、
「はぁ……はぁ………」
チートスレイヤーただ1人だけが、フラフラながらも立ち上がってみせたッ!!
「ぐ、ま、待てやスレイヤー…!」
「〈武装・1〉」
スレイヤーは金棒を召喚し、ゆっくりと振り上げる…!
「おい待てやッ!!」
「テメェ等のようなクズに、与える慈悲なんかねぇよ」
――ゴシャァッ!!!――
チーターの頭へと金棒が振り下ろされ、頭の潰れる音が街に響いたのだった。