無限HP
HP無限チート。効果は単純でチートの代表例。HPが底を突かなくなるチート。
「最近このゲームも治安悪くなったな〜」
「確かに。サービス始まったばっかの時はみんな楽しくやってたのにな〜」
広大に広がる草原を、2人のプレイヤーがのんびり散策しながらそう呟いた。
最近このゲームでは、チートや煽り行為などが横行し始めているらしいのだ。
彼等はサービス開始からすぐにこのゲームを始めた古参プレイヤー。腕前はどちらも上から3番目の高順位であるプラチナランクと呼ばれる位置にいる腕利きプレイヤーだ。
どれくらい腕利きか、これだけでは伝わらないかな?ではこのゲームについて話しておこう。
このゲーム『ブレイブハンターズ』はオープンワールドのMMORPGで、プレイヤーとの協力や対戦が魅力のゲームとなっている。
クエストをクリアしたり強敵NPCを倒したり、PKを行うことで、プレイヤーのランクが上昇して高い報酬を貰えるようになる。
ランクは上から『シングルス』『ダイヤ』『プラチナ』『ゴールド』『シルバー』『ブロンズ』『アイアン』『ロック』の8つ。
プレイヤーの総人口は1億人を超える中で、最上位の『シングルス』はダイヤの上位9名のみ、『ダイヤ』は数千人、『プラチナ』は数万人、『ゴールド』は数十万、という感じでランクが下がるほどランク人数が増えていく。
そんな中でプラチナランクである彼等2人は、かなりの実力派プレイヤーなのだ。
PKによって得られるランクポイントが多いこのゲームでも、彼等に喧嘩を売る者は少ない。
何故ならこのゲームは、死亡するとレベルも所持品も全てロストしてしまう鬼畜ゲームだからだ。デスペナルティの重い本作において、PKというのは相手を倒せる確証がある時にしか行われない。・・・基本的には。
そんな腕利き2人が歩いていると、
「ん?」
誰かがこちらへ向かって来ていることに気が付いた。
・・・装備と移動速度を見るに、PK狙いとは思えない。武器も防具も低レアリティの物だし、その移動速度の遅さは彼のレベルがそれほど高くないことを表している。
そんな奴に負ける2人ではない。
「んん?」
しかし、そんな2人の予測とは裏腹に、相手は背中で鞘に納まっていた剣を手に取り、引き抜いた。
「おいおいヤル気か?」
「どうする?」
「任せるわ」
そうなやり取りの末、片方のプレイヤーが一歩前進して自身の得物である槍を取り出す。プラチナランクに相応しい、煌びやかな装飾が施された武器だ。
しかしそれを見ても相手は止まらず、逆に走り出してこちらへと迫って来た。
「・・・防具的に初心者でもないと思うんだが・・・ま、これも勉強だな!」
そう言って槍を突き出した。
鋭く押し出された矛先が、狙い通りに相手の体を貫く。
が、相手は止まらない!
槍に貫かれたままの身を前進させ、プレイヤーに迫る!そして剣による一撃を槍使いに喰らわせた!
その程度でヤラれることはないが、このゲームは全体的にHPが少なく、装備を耐久面に特化させていない限りはすぐに死ぬので油断できない。
「なに?」(HPが高いのか?それとも物理攻撃に高い耐性が?)
よく分からないが、一撃でダメなら二撃目だ。
槍を構え、柄先の刃を振り下ろして相手の頭に振り下ろす。
刃は目標から反れることなく、その頭に斬撃を与えた。頭への直撃は問答無用でクリティカルヒットだ。間違いなくヤれる。
「!?」
しかし、まだ相手は死んでいない!
「おい!離れろ!」
仲間の助言が届くより先に、相手の突き出した剣先が槍使いの首筋に突き刺さった!
「うっ!」
首から血が噴き出し、槍使いに『出血(重度)』の異常状態がつく。こうなると、最初から出血状態対策をしていないプレイヤーは止血処置が間に合わなくなる。
つまり、対策していなかったこの槍使いは死ぬという事だ。
みるみる内にHPが擦り減り、あっという間にゲームオーバーとなってしまった。
槍使いはまるで芯を抜いた縫いぐるみのように、グニャッと地面に倒れ伏した。
「クソ!Cかよ!」
大した事ない装備、大した事ない動きのプレイヤーが先程の攻撃を食らって無事な訳が無い。
その事実が、目の前のプレイヤーはチート使用者であることを示している。
チーターとタイマンで勝負することは、『ダイヤ』上位のプレイヤーと殺り合うことと一緒とされている。こいつと戦うのは無謀だ。
「チッ!」
プレイヤーはチーターから逃げるように走り出した!
その様をみて、チーターの口から笑い声が漏れ出る。
「クヒヒッ、クハハハッ!」
心の底から楽しそうに笑うチーターを背に、プレイヤーはただ走る事しか出来なかった。
しかし、プレイヤーの視界に新たな人影が映り込んだ。
「!? おいアンタ!チーターだ!逃げろ逃げろ!」
心優しいプラチナランクのプレイヤーは、親切心からそう声を掛けた。が、人影は止まらずこちらへと歩いて来る。
(ッ! まさかチーターの仲間か!?)
プレイヤーは2人の敵に挟まれてしまったようだ。
(なんで俺を狙う!?何か恨まれるような事したか俺達!?)
一切身に覚えのない事に思考を巡らせている間に、2人の距離は縮まっていく。
「クハハハッ!」
「・・・・・・・」
「クソッ!またレベル1からかよ!」
前後から迫る脅威。プレイヤーはただそう言葉を零すしかなかった。
そしてチーターが迫り、剣を振り上げた。その時!
――ドガァッ!!――
突如背後から飛んできた蹴りが、チーターを蹴り飛ばした!
「ぇっ!?」
見ると、先ほど現れ、チーターと共にプレイヤーに迫って来ていた方の人影だ。
黒いローブとフードを被り、顔は黒い兜で覆い隠している。他の装備も黒を基調とした物で統一されている。
そんな謎のプレイヤーの第一声は・・・・・
「チーター・・・皆殺しだ・・・」
小さく、しかし力強く、まるで暗い地底深くで圧縮され煮詰められた溶岩のような声で放たれたその言葉だった。恐らくは男だ。
だがこのプレイヤー、着ているのは最低限の防御力を備えただけの軽量防具といった感じだ。勿論、上手いプレイヤーほど防御力に頼った装備など身に着けないが、そこまでレアリティの高い防具にも見えないし、そもそも武器も持っていない。拳にも武器らしき物は装着されていないようだし、とてもチーターに勝てるような装備とは・・・。
そんなプレイヤーの考察とは関係なしに、謎の男はチーターに接近する。
「チッ、なんだよ」
チーターもスクッと立ち上がり、謎の男に迫る。
そして剣を振り上げた!
「死ねや!」
剣はそのまま謎の男の頭目掛けて振り下ろされるが、
「〈武装・2〉」
謎の男の詠唱。
次の瞬間、その男の左腕にシンプルな小振りの盾が装着される!
武具を呼び出し、すぐさま装備するスキルだろう。
――ガギィンッ!――
金属音が鳴り響き、チーターの剣撃は盾によって受け止められる。盾を瞬時に構えるその動きは、彼が高レベルのプレイヤーであることを示している!
恐らくは、最高レベルの99! つまりシルバー以上の実力者であることは確実!
「はぁ!」
謎の男は空いている右手で打撃を繰り出す!
ステータスが低レベルの物であるチーターはこれを避けられない!
喰らって再び吹っ飛ばされる!
「ぐわっ!」
吹っ飛び中のチーターへ、謎の男は容赦のない追撃!
空中にいたチーターは、強烈な踵落としによって地面にめり込む!
「うおっ!?」
「死ねぇ!!」
さらに追撃! チーターの顔面に、尖った盾先が突き刺さる!
「ぎゃっ!!」
しかし死なない!本来ならば2度は死んでいる!
「HP関係か」
謎の男が呟く。
「だったら何だよ!!」
地面にめり込む状態のチーターは、乱暴に剣を振るう。しかし男は跳び退いてこれを回避。両者の間に10メートル程の距離が開く。
「ふむ・・・チーターの中でも最近チートに手を出したばかりのチーター・・・ビギナークズ野郎だな、お前?今すぐこのゲームを辞め、一生関わらないと言うのであれば、見逃してやろう」
「ぁあ?舐めてんのかぁ!?」
チーターはすぐさま立ち上がり、男目掛けて突撃!
しかしそれより先に男がスキルを発動!
「〈武装・3〉!」
現れたのは三叉の槍!
突如現れた槍に反応し切れず、チーターは矛先の向いた槍に自分から打つかってしまう!
当然、矛先はチーターに突き刺さる!
「ヌゥん!!」
男は槍を振り上げる!槍先に突き刺さっているチーターも、ふわりと空中に持ち上げられた!なんという筋力!
「うわぁ!?」
「ダッシゃぁあ!!!」
そして槍を振り下ろし、チーターは頭から地面に叩き付けられた!!
「ぐぅうっ」
槍が腹から抜けたチーターが顔を上げると、眼前に男が立っていた! その距離数十センチ! 剣を振れば確実に当たる距離!
「くっ!」
しかしどういう訳か、チーターは跳び退いて距離を取る。そして息を整えるようにジリジリと男を睨んだ。ゲームなのだから息など上がるはずがないのだが。ましてや相手は死なないチーターだ。
それを見て、男は口を開く。
「チャンスを逃してまで距離を取るか。それはつまり、お前のチートによる不死身は、HPの回復によって齎されているという事を示している」
「ッ!」
チーターは明らかに同様している!
しかし、まだ強気のようだ。
「だったら何だってんだ!」
再び剣を構え、突撃!
男も再びスキル発動!
「〈武装・2〉!」
槍が消え、現れたるはまたあの小振りな盾!
「ドリゃぁあ!!」
乱暴に繰り出された斬撃! それを!
「フンんッッ!!」
――ガキィンッ!!――
最早美しく、完璧な、弾き返し!!
「ぅうっ!?」
チーターの剣が、まるで巨大なS極磁石に小さなS極磁石を投げつけたが如く、大きく跳ね返される!
そしてガラ空きになったその胴体へと、
「ウリャャァァアアアア!!!!」
ガトリング連射の如き打撃の雨が叩き込まれるッ!!
「がぁっ!!」
男には見えないが、チーターのHPゲージが擦り減る! 毎秒10%ほどの速度で回復しているにも関わらず、HPが! 擦り減る! 擦り減る!
「くぅうっ!!」
再び剣によるの攻撃!
そしてパリィッ!!!
「うっ!」
連撃連撃連撃!!
攻撃!
パリィ!
連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃!!
攻げ――
――パリィ!!
連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃!!!
こう―――
―――パリィぃいいい!!!
連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃!!!
「ぐぉおおおおおッ!!?」
「その程度のド素人な攻撃!!百回来ようが百回弾き返せるわぁ!!」
HPが!擦り減る!擦り減る擦り減る!!
残り10%! 15%! 8%! 11%! 6%!! 7%!! 3%!! 3%!!! 1%―――――そして!!
「くたばれクズめぇえええ!!!!」
男はヒラリと身を飜えす!!
そして放たれるは!
「〈鱗砕脚〉!!」
強烈な、後ろ蹴りのスキル!!
――ドゴォオオッッ!!!――
「ぐげぇえええええっ!!!?」
連撃の末放たれた蹴り!
チーターの腹部に直撃ッ!! 吹っ飛ばされる!!
「ふざ、けんなっ!詐欺チートがぁあああ!!!」
ゲーム側も想定していないチート!そして低スペックPCでは処理し切れない連撃!!
これによる負荷を負いながらゲームオーバーによる処理が加わり、チーターはストレス発散用のゴム人形が如く全身が引き伸ばされ、バクリちらかしながら画面に広がった後、
無事、消滅ッッ!!!
奴のドロップしたアイテム品は、願いを叶え終えたドラゴンボールが如く草原に散らばり飛んだ!
「ふん、最後まで責任転嫁とは・・・典型的なクズよ。見逃さずして正解だった」
そう呟く謎の男。
そして振り返った。視線の先にはチーターを前に逃走しようとしていたプレイヤー。
自分もヤラれるかと思ったのも束の間、
「大事ないか?」
男からはそんな親切心のある言葉が掛けられた。
「お、おう・・・ありが・・・とう?」
なんだか間の抜けた返答をしてしまうプレイヤー。
しかしそれもそうだろう。彼はゲームが想定していない能力を持つチーター相手に、ゲームが想定している範疇のはずの力で打ち勝ったのだから。
長年このゲームをしている身であるほど、受ける衝撃は大きいものだ。
そしてプレイヤーは、気付けば彼に問うていた。
「アンタ・・・何者?」
と。そして返ってきたのは、
「チーターを狩る者・・・ある者は俺のことをチートスレイヤー・・・と」
チートスレイヤー。
その者の名はそうであると。