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「ミュージカルは15時から開演ですの。
準備が出来たら会場の広場に向かいましょうか。」
「承知いたしました。」
アリスとベルーゼは昼食を終えると、会場に向かうための準備を始めた。
ルメーデの街中には、海に続く大きな運河が1つある。
そこから網のように小さな運河が広がっていて、
風魔法で動かすゴンドラが主な移動手段として使われている。
ゴンドラを動かすためには風魔法を使える者の手配が必要だが、
全属性を使いこなすベルーゼがいたら街の移動に困ることは無い。
ベルーゼはいつものように後片付けを瞬時に済ませると、
大きな荷物も鞄ひとつで持ち運びすることが出来る
トランクの形をした魔法具にゴンドラを詰めた。
程なくして、輝くようなプラチナブロンドをハーフアップに結んで、
可愛らしいワンピースとほんのり化粧をしたアリスがやってきた。
日頃から見慣れているベルーゼですら思わず見とれてしまう。
「お嬢様、とても愛らしいです。」
アリスは恥じらうように笑い、
「嬉しいですわぁ」とぽつりと返した。
屋敷から数分歩くと、川が見えてきた。
ベルーゼは準備をしたゴンドラを取り出し川に浮かべると、
アリスの目の前に手を出し、エスコートをする。
「御足もとにご注意くださいませ。」
アリスはゴンドラに乗り込むと、深々と深呼吸をした。
「ん~!いいお天気ですわ~!」
緑豊かな川辺には色とりどりの花が咲いていて、
川の水は底が見えるくらい澄んでおり、空は青空が広がっている。
「せっかく天気もいいですし、ゆっくりと向かいましょうか?」
「そうですわね。時間には余裕がありますし、それでお願いしますの。」
「日差しが強いので、こちらをどうぞ。」
ベルーゼはアリスに日傘を差し出した。
「ありがとう。とっても気持ちのいい気温ですわね。」
ベルーゼは柔らかい風の渦を作り、ゴンドラを進めた。
ゆっくりと頬を優しく撫でるような風が2人を包み、
キラキラと光る水面がゴンドラが動くたびに美しく波立つ。
「出発ですの!」
アリスはベルーゼの運転するゴンドラが心地よくて気に入っており、
子供の頃からの癖で進行するときは掛け声をかけてしまう。
ベルーゼはそんなアリスを微笑ましく思いながら、目的地へとゴンドラを進めた。
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しばらくゴンドラを進めると街が見えてきた。
普段からルメーデに訪れる観光客は多いのだが、
今はミュージカルが来ていることもあり、いつも以上の賑わいを見せている。
ベルーゼは停泊地に船を止めたが、とても混雑している。
「とっても人が多いですのね。」
「お嬢様。迷子にならないように、お気を付けくださいね。」
「もう!わたくし子供じゃないんですのよ!」
アリスは頬を膨らませてフンと鼻を鳴らした。
「おや。では大丈夫本日はですかね。」
ベルーゼが悪い笑みを浮かべると、アリスはますます頬を膨らませた。
「もちろんですの~。」
アリスはよく迷子になる。
混雑した場所では人の波に流されてしまうことが多い。
ベルーゼにとっては慣れた光景だった。
順番を待ちながら船を降りると、人が溢れかえっていた。
「ゴンドラを片付けるので、少々お待ちくださいね。」
ベルーゼがゴンドラをトランクに詰めて後ろを振り返ると、
人混みに流されたと思われるアリスの姿が遠く離れた場所にあった。
遠目からも分かるくらい焦ってこちらを見ている。
「やっぱりそうなるよな。」
ベルーゼは苦笑いを浮かべると、すぐさまアリスの周囲を確認した。
ひとまず危険は無さそうだが、アリスに見惚れている者が多い。
(急がないと。アリス様は人目を引くから危険だ。)
ベルーゼは急いでアリスのもとへ向かうと、悲しそうにしょんぼりとしている。
(最速迷子記録だもんな・・・。)
「おじょうさ」
ベルーゼが声を掛けようとしたその時、突然大きな声が響き渡った。
「そこのお美しい方!!!!!!!!!」
声の主はベルーゼには気付いていないようで、アリスに近付き跪いた。
「美しいお嬢さん、何かお困りの様子だね。
僕に何か出来る事はないかい?」
ベルーゼはどこか見覚えのある男に警戒する。
突然のことに驚いてしまったアリスは言葉に詰まり、何も答えることが出来ずに固まっている。
「大きな声で怖がらせちゃったかな?ごめんね。
僕は勇者エドワード・ナッシュだ。君の名前は?」
(やっべぇ!!完全に勇者のこと忘れてた!!)
使役したカラスには念のため後を追わせていたが、
ベルーゼはアリスのサプライズがとても嬉しく、
勇者のことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
何処と無くカラスが飽きれたようにこちらを見ている気がする。
(・・・まあ、問題ないか。)
一瞬身構えたベルーゼだったが、取るに足らない存在のため警戒を緩めた。
勇者と魔王、思っていたより早い対面になってしまったが、
ベルーゼはアリスの従者として接するつもりだ。
「勇者様でしたか。ルメーデの街へようこそ。私はアリス・グレイスと申しますの。
先程まで従者と離れてしまったのだけれども、もう平気ですわ。
こちらが私の従者、ベルーゼですわ。」
「ベルーゼと申します。お手数をお掛けしてしまい申し訳ございません。
どうかルメーデの街をご堪能くださいね。」
「アリスさんにベルーゼさん。よろしくね。
解決していたようでよかったよ。それにしても・・・。」
エドワードはアリスの手を取り、顔を至近距離まで近づけた。
「君はまるで宝石のように美しいね。
どうやら僕の心は君に奪われてしまったようだ。君の瞳に完敗さ。」
エドワードは絶妙にダサいセリフを吐いて、ウインクをした。
アリスは思わず手を引っ込めて、戸惑いの表情を浮かべた。
「えーっと・・・。もしや熱でもあるんですの?」
「僕はすっかり君にお熱さ・・・。」
アリスの困惑をよそに、エドワードはこれまた絶妙にダサい決め顔をしている。
横にいるベルーゼは思わず吹き出しそうになった。
「ちょっとエドワード!!!いったい何しているのよ!?」
「いててて!なにするんだよドロシー!!」
ドロシーがエドワードの耳をつねり、アリスから引き離した。
「ごめんなさいね。うちのバカが。」
「い、いえ。問題ないですわ。」
アリスは引きつった笑みを浮かべると、サッとベルーゼの陰に隠れた。
「エドワード!ほら行くわよ!!!」
「待ってよドロシー!まだアリスさんとお話が」
「いいから!!!!!!!」
ドロシーはエドワードの腕を引っ張り、人混みの中に消えていった。