山椒兎王(さんしょう うおう)は悲しんだ。
山椒兎王 (さんしょう うおう)は悲しんだ。
何故ならば彼はチート持ちの冒険者として時代の流れにその身を任せ過ぎ、いつの間にか仲間達から国家の最高峰である国王へと祭り上げられ宮殿という名の『岩屋』から出られなくなっていたからである。
おかげで彼は、それまで贔屓にしていたキャバクラ嬢から同伴のお願いメールが来ても応える事ができず、今では謝罪のメールを送っても着信拒否されてしまう始末であった。
そう、これまでご都合主義とまで揶揄される程自身に有利に話が進む人生に対して何の疑問も抱かずにのほほんと生きていた彼は、もはや頭が出口につかえて外に出ることが出来なくなった山椒魚の如く、国王という肩書きが大き過ぎて宮殿から出れなくなっていたのだ。
そんな仲間からの担ぎ上げ、別名『追放トラップ』に漸く気づき、今までのような自由気ままな生活を送れなくなった現実に恐怖した彼は、なんとか宮殿の外に出てキャバクラへ行こうとしたが、その度に護衛に見つかり連れ戻された。
そんな状況に彼は絶望する。そして己が現状を嘆き悲しんだ。
「なんという事だっ!俺は国王だぞっ!なのに何故キャバクラにすら通えないのだっ!」
彼はそれ程広くはない宮殿の執務室の中をぐるぐると歩き回りながら自身の置かれた状況を呪った。そしてまたしても呟く。
「ふんっ、どうしても出られないというのであれば俺にも考えがあるぞっ!」
いや、彼は実際には何も考えてはいなかった。だがそれでは自分自身が惨めになるので嘯いただけである。つまり自己暗示だ。
これにはとある世界でも『ギャグ』の定番として広く知られている言い訳がある。その言い訳とは
「俺はまだ本気を出していないだけ。俺はやれば出来る子なんだっ!」である。
成る程、ではやってみせて貰いたいものである。因みに国王という立場でやって貰いたい事とは魔王を倒す事ではなくて国家の安定と維持及び発展だ。当然それには経済も含まれる。
そう、なんと言ってもお金持ちは瑣末な事では喧嘩などしないのだから。なので現在の国王の最優先責務は魔王討伐ではなく市場経済に好循環を作り出し、それを維持する事なのだ。
そしてその為の重要な国王の仕事のひとつが各種の許認可だ。つまり国王という権威を後ろ盾とした『御旗』の授与である。
これは使いようによっては中々美味しいので、匙加減一つでお金がガバガバと転がり込んできたりする。
なので人によっては袖の下を使って自分に有利になる認可を取り付けようと国王に接近する者もいた。
そして国王たる彼はそれを喜んで受け取った。だが残念ながらこの国の国王はその潤沢な裏金を自由に使う事が出来なかった。
いや、別に彼はマスコミや野党から糾弾されている訳ではない。ただ単にこなすべき仕事量が多過ぎてタイムスケジュール的にキャバクラにすら通えなかっただけである。
なので彼は経済を循環させる為の消費活動を率先して行なう事ができないのだ。故に裏金は死蔵される。
そして経済にとっては使えない、もしくは使わないお金など幾らあっても意味がないのである。
つまり消費は美徳という事だ。だが別の言葉として浪費は悪徳とも言われるので、単にお金を使うだけでは経済の原動力にはならない。
そうゆう意味ではキャバクラにお金を落とすのはどうかと思うが、それでもお金はキャバ譲たちからホストに廻り、更に彼ら彼女らのマンションの部屋代や飲食費に消えてゆくのだからまだるっこしくはあるがそれも経済循環なのだろう。
しかし今の彼はそんな経済活動すら行なえない。なので彼は執務室の壁にしつらえてある108インチの魔法の鏡が映し出す市井の世界を眺めてため息をついた。
そこには酒場にて楽しげに笑い騒いでいる冒険者達の姿が映し出されていた。
因みに魔法の鏡は魔法の存在しない別世界でも『監視カメラ』というアイテムを使って実用化されているので、異世界に憧れる諸君はトラックに轢かれるよりも、とある情報組織に就職した方が夢を適えられるだろう。
そしてモニター画面越しに楽しげに笑っている人々をカップラーメンを啜りながら眺めるのである。
そう、国王に担ぎ上げられた彼も少し前まではあそこで仲間だと思っていた者たちと楽しくお気楽に生きていたのだ。
だが、どこで道を踏み外したのか今の彼は豪華絢爛ではあるが自由のない岩屋のような宮殿にて、やりたくもない国王の執務を強いられている。
その反動からなのか、彼は鏡に映る冒険者達に対してあざ笑うかのような言葉を投げつけた。
「ふんっ、その程度の事で喜んでいるとはなんとも不自由千万な奴らよ。今の俺は望めばお前たちが飲み食いしている物の何倍も高価な料理を毎日食べられるのだっ!」
成る程、キャバクラには行かせて貰えなくても食事は王としての権威に相応しいものが提供されるのか。
ならばこの男はそんな生活の何が不満なのだろう?
しかし口ではそう言いつつも彼は鏡に映る冒険者達を羨ましそうに見つめていたのだった。
そして次の日、またもや彼は王宮を脱走しようとした。だがどうしても護衛の目から逃れられない。なので彼は自室のベッドの上で神を呪った。
「ああ、神よっ!あなたは酷い方だ。ほんのちょっと俺が調子にのって『俺は○○王になって見せるっ!』と嘯いた言葉の罰としてこのような牢獄に閉じ込めるとはあまりにも横暴であります。俺は今にも気が狂いそうです。」
自身の失言から出た錆とは言え誰が今の彼を笑えようか。罪に対する罰。その等価交換は難しいものがあるのだが、罰としての自由の喪失はそれ程大きな代償を払うものなのである。
そして彼は魔法の鏡を見るのをやめた。今の彼には自由を謳歌する市井の冒険者達の姿はまぶし過ぎたのだ。
なので自由な彼らを見ていると逆に彼自身は己の不自由さを思い知らされ、自身をブリキの切りくずのように感じてしまったのである。
その後、彼は全ての現実から目をそらすようになった。そして自身の境遇を哀れむ言葉が自然とこぼれた。
「ああ寒いほど俺は独りぼっちだっ!」
そう呟くと彼はひとりベッドの上ですすり泣いた。そしてその心は闇へと落ちていったのである。
そんな彼の執務室にある日一匹の蛙が紛れ込んできた。多分この蛙は悪い魔法使いに魔法で蛙に変えられてしまったこの国の元王子ではないかと推測される。
何故ならばその蛙は人間の言葉が喋れて、尚且つ自分で「俺はこの国の王子だっ!」と宣言したからである。
成る程、確か西洋にはそんな童話があったはずだ。だがここは王宮ではあるがお姫様はいない。
なので魔女の呪いを解く術はないのだ。まさかこの蛙は男からキスされたい訳ではないよな?
しかし、この珍客の訪問は彼にとって自身に宿った黒い感情を刺激するのに十分だった。なので彼は蛙が逃げ出せないようにを執務室に閉じ込めた。
そして蛙に対して次のように宣言したのだった。
「お前を一生この部屋に閉じ込めてやるっ!」
そんな彼の脅しに蛙も応戦した。
「俺は平気だ。そもそも蛙は冬眠する生き物だからな。代謝を抑えて貴様が根負けするのを待つくらい造作もないことだ。」
「強がりを言うなっ!」
「強がりではない、真実だ。」
「いいだろう、ならばいつまでもこの部屋にいるがよいっ!」
「何をそんなに気を荒げているのだ?お前は莫迦なのか?」
「ふんっ、お前の方が大莫迦だっ!そもそもこの宮殿にはお前にかけられた魔法を解く姫はいないっ!」
男と蛙は傍からみると何をやっているんだと思える事に対して執着し口喧嘩を始めた。
こうしてこの時から男と蛙の無意味な根競べが始まったのである。
そして時は流れて二年の月日が経った。出入り口を全て塞いで蟻一匹出入りできなくした執務室では今も男と蛙のふたりが対峙していた。
だが、今ではもうふたりとも言葉を発する元気もないようだった。
まぁ、それも当然であろう。何故ならばふたりともこの二年間食べ物を何も口にしていなかったのだから。
それでよく生きていられるものだと思うが、そこら辺は突っ込んだら多分負けだ。
更に執務室に引きこもる王を臣下達が不思議に思わなかったのは単なるご都合主義である。
だがそんなふたりの根競べも最終章に突入した。そしてそれは蛙が漏らした小さな嘆息が始まりだった。
そんな蛙の嘆息に対して男が突っ込みを入れてきた。
「お前、今小さく息を漏らしただろう?」
「それがどうした?」
蛙は自分の不始末を指摘されたかのように感じたのか誤魔化そうと素っ気無い返事を返す。
それに対して男は和解の提案を申し出た。
「そんな言い方をするな、もう邪魔はしない。だからここから出て行ってもよいよ。」
「そうか、だがもはや空腹で動けない。」
男からの突然の提案に蛙は驚いたようだったが、如何せんもう体が限界だったようだ。
「それって、もう駄目って事か?」
「そうだな、さすがにもう駄目なようだ。」
蛙の返事に男は暫く考えるかのように黙り込んだが今度は別の質問を投げてきた。
「お前は、今回の俺の行動についてどう思っているのかな?」
その問いかけに対して蛙は少し遠慮がちに答えた。
「別にお前の事を恨んだりはしていないよ。そもそも俺達はこうなる運命だったのさ。これこそがまさに『カインの末裔』である『小さき者』たちが人生の不条理に抗う『生れ出づる悩み』というものだ。」