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辿り着けない交差点

亡くなった愛する人との最後の別れをこだわって書いてみました!

 数年前のあの日。旦那の優斗は、家の前にある交差点で、私を庇って亡くなった。優斗はアパート近くの交差点で、毎日お出迎えしてくれた。あの事故のあった日も優斗は交差点の向こう側で手を振ってくれていた。私は残業続きで、だいぶ疲れていたせいか、信号が赤にも関わらず、優斗のもとへ行きたい一心で、気づけば、車道に飛び出てしまい、私を庇った優斗が亡くなった。


 優斗が亡くなってから四十九日にあたる日。私は優斗の家族とともに四十九日の法事に参加したいと思っていたが、私のせいで優斗を失ってしまった家族には頭が上がらず、家族の気持ちを考えると、とても連絡できなかった。優斗は公務員の仕事に加え、家事全般までもこなしてくれていた。きっと両親にとっても聞き分けの良い自慢の息子だっただろう。それにも関わらず、こんな私なんかのために命を落としてしまうなんてと思うと両親の後悔は測り知れない。もし優斗が生きていたら、

「大丈夫だから、そんなこと気にしないで連絡しろよ」って言ってくれたのだろうか。優斗の温かい優しさを思い出すと、淋しさが募る。目から涙が溢れそうになって手を握り締めて私は呟いた。

「もう一度、会いたい。そして、謝りたい。」

私は優斗の後を追おうと思い、あの交差点に向かって歩いていた。今日の夕飯は要らないだろうと、いつも買い出ししているスーパーの前を過ぎる。だって、今日はあの優斗と暮らしたアパートに戻ることはないのだろうから。あの交差点へ向かいながら、頭の中で繰り返すのは旦那が亡くなった瞬間の残像。


 響くトラックのクラクションと同時に車道へ飛び出す私。トラックのブレーキ音。何かにぶつかり、歩道側へ押し戻され、地べたに座り込む私。目を開けると目の前には血だらけで横たわる優斗。叫びながら優斗に駆け寄る私。私の泣き叫ぶ声で周りの音が掻き消されている。


 いつもなら数十分歩けばつく、あの事故の交差点だが、今日はなかなか辿りつけない。流石に変に思って立ち止まった時、近くのラーメン屋が目に入った。そこのラーメン屋は、雨の日に、優斗が傘を持って職場に迎えにきてくれた日の帰りに立ち寄った屋台だった。思い返すと、ラーメン屋なのに餃子とチャーハンを頼む私を見て笑う店主に対し、私が言い返せずにいると、優斗はラーメンを分けてくれて、

「これでこの店のメニュー制覇だな」と私の気持ちを救ってくれた優斗。人との付き合いが下手な私にとって優斗がいない世界で生きて行ける気がしなかった。私は覚悟を決め、事故があったあの交差点まで急いだ。しかし、いくら走っても、あの交差点に辿りつけない。だいぶ走って息が苦しくなった頃、ふと、横を見ると通り過ぎたはずのラーメン屋がまだあった。まるで小説や漫画にあるループ現象のように。

 私自身が死ぬことが怖くて交差点を避けているのかもしれないと考え直し、最近工事で出来た私が慣れていない道路を通って、帰り道を進み、なんとかアパートの下に着くことが出来た。もちろん、アパートへはあがらず、事故のあった交差点に向かって歩いて行こうとしたところ、名前を呼ばれて振り返った。優斗の家族がキャリーケースを持って、こちらに手を振っている。優斗の命日だからと花を手向にやって来ていたのだった。一緒に交差点まで行き、優斗の家族とともに事故があった現場で花をお供えして、手を合わせた。優斗の家族が手を合わせている間、少し早く顔を上げてしまった私は、ふと、あの事故の日に優斗が手を振ってくれていた横断歩道の向こう側を見る。なんと、あの日と同じように、そこには優斗がいて、あの日と同じように手を振ってこちらに優しい笑顔を向けているではないか。驚きのあまり、霞んだ目を擦って、もう一度、目を向こう側の優斗に向けた。向こう側に、はっきりと優斗がいた。どうして、、、と思うよりも先に手を伸ばして向こう側へ行こうと足を踏み出した瞬間、

「萌さん!」と優斗の母に手を掴まれ、目の前を乗用車が通りすぎる。危うく事故に遭うところだった。

向こう側の優斗は一瞬悲しそうな顔をして振っていた手を降ろしたものの、私の頬を伝う涙を見て、今度はさっきよりも大きく手を振り、慰めるように、涙を流しつつも精一杯の笑顔でこちらに口パクで何かを伝えている。

「あ・り・が・と・う」

私には、そう言っているように見えた。

そして、優斗は段々薄くなって消えていった。


 優斗が消え崩れ落ちた私に優斗の母がそっと手紙を差し出し、優しく言った。

「これ、この前、優斗がくれた母の日のプレゼントと一緒に入っていた手紙。萌さんにも見せたくて持って来ちゃったの。息子がこういうことするのは初めてで、びっくりしちゃったから。」と口元に手をあて上品に微笑む。

封筒を開けると手紙と写真が入っていた。手紙には

「母さんへ

 立派な社会人になるまで苦労をかけました。おかげさまで、萌というお嫁さんを迎えることができて僕は幸せ者です。この幸せと比べたら、つまらないものですが、幸せの御裾分けとして、萌と組紐のストラップを作りました。お受け取りください。そして、母の日、おめでとう。」と言うメッセージが綴られ写真には私と優斗の笑顔が溢れていた。

 思い返せば、今年の母の日は優斗と私で、手作りした組紐のストラップを送ったのだった。元々は二人でお揃いのストラップを作ろうというだけの話が気づけば、二人でストラップを作る時間が楽しすぎて沢山作りすぎてしまい、せっかくなので互いの母にプレゼントしようと送ったものだった。その手紙から顔をあげ、優斗の母を見つめると、優斗の母が言った。

「優斗が萌さんと出会ったからこそ変わったように、萌さんが優斗と出会ったから変わったこともあると思うの。だから、あなたの中にいる優斗まで殺さないで。」そして、言い終えると私を優しく抱きしめてくれた。


 あれから数日後、私は今も会社の帰り道はあの交差点を通りますが、後にも先にも、いくら走ってもあの交差点に辿りつけなけないということはあの日だけです。今となっては、私が自殺することを知った優斗があの交差点から遠ざけていたのではないだろうかと感謝しています。


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