目的地道中
ばかばかという馬の歩みに合わせ、荷台も一定のリズムで揺れ動く。隣では元女神が退屈そうに寝転がり、向かいではエンチャントトレーサーとやらの少女がもじもじとしている。
「おっっっそい!!まだ着かないの!?」
「いやあ申し訳ない女神殿!予定の村まではもう少し掛かる予定でござる!」
元気の良い声だけ飛ばしてきたのは、前で手綱を引いているアーマーガイスト。ホラー調の見かけにそぐわない陽気さと言葉使いには最初は驚かされたが、一人で一生喋り続けているものだからそのうちに慣れてしまった。
予定の村というのは、元女神のネックレスが曖昧に指し示した方角で最も近かった、俺たちの目的地である。
「そんでお前!もじもじもじもじと!さっきから鬱陶しいぞ!」
「ごっごごごめんなさい!私...ひ、人見知りで、そ、外に出たのも久しぶりで...えへへ」
ローブの奥で目のように浮かんでいる二つの青白い炎をちらちらと揺らせながら、彼女はもじもじを加速させた。
「まったく...えーと...何だっけ...」
「あっ、エ...エンチャントトレーサーです」
「拙者はアーマーガイストでござる!」
「お前は聞いてない...しそれ種族名じゃん!個人名とか無いの!?」
「無いでござる!」
「か、彼らみたいなのは魔族同士なら感覚で個体の識別が可能ですし...わ、私たちも顔の炎とか服とか喋り方で何となく見分けられますので...」
「我が分からないから全員付けろ!今ッ!」
「ひ、ひーん...」
待ち時間と座り心地の悪さのせいで増し続けた苛立ちを、理不尽な形でぶつけてくる元女神様。コイツが本当に神だったのかも疑わしい。
「というのも無理だからお前らだけでも我が名付けておくか...」
唐突な提案をした元女神様は腕を組み、真剣そうな顔で二人の名前を考え始めた。
『莠?縺ョ逕...イ鄒??逕倬...愆辣ョ縺ィ...證鈴サ偵?...菴??...』
考え中の名前案が漏れ聞こえてくる...いやまて何だその言語!?
「よし鎧、お前は五反田!」
「五反田!?」
「そんでお前は伊香保!」
「い...伊香保...」
地名じゃん。しかもウチの世界のヤツ。
「拙者...五反田...」
「伊香保...えへへ...」
とんでもセンスの名付け式かと思いきや、五反田と伊香保は何やらほくほくした様子で満更でもなさそうである。
「...え、二人とも嬉しいの?五反田と伊香保で?」
「魔王軍の魔族にとって名前を貰う、という事はとんでもない名誉でござるからな!」
「み...民間の魔族だと個体名を持ってる人も多いんですけど、軍生まれ軍育ちだと滅多に無い...ですね」
なるほどなるほど、世界も違えば種族も違う。名前についての考え方も多種多様ということか。
「おっと!皆様方、村に着いたでござる...が、少し騒がしいでござるね...」
「え、チート持ってる奴が暴れてたりしたらヤバくない?」
「や...やばいでしょうけど...む、村の人たちも守らないと...!」
「よーし!我の世界神復権のため、飛ばせ五反田ァ!」
「合点!!」
五反田が手綱を叩き、村に向かって勢いよく馬車を走らせる。この世界の存亡をかけた大いなる戦いへの第一歩が、まさに今踏み出されようとしていた!
それと元女神。俺はお前の為に働く訳じゃないからな。