ドラゴン・エンカウント
馬車に揺られて数時間。眠るのも難しいほどに尻が傷み始めた頃、鎧の整備に勤しむゼルベルが目に付いた。
「そういえばゼルベル、この前の怪我は?」
「その節は失礼を...今はすっかり回復してますので、ご心配なさらず」
確か研究所製の回復ポーションを使ったとか。あれ程の傷と肉体の疲労を数日で回復できるのだから、あの妙な二人組の技術力も舐めたものではないのだろう。
「というか...」
護衛係という名目上、ザンセツが近くにいるハズ。ゼルベルがその事について知らされているのかどうかはわからないが、なるべく顔を合わせずに済むだろうか...
「...どうされました?」
「い、いや、何でもない。それより、これから向かう所って?」
「ええと...リヴル地区の方ですね。魔王領のはずれ、人口も少なく、先の戦争では争いに巻き込まれることも無く、至って平和な場所のはずです。あとは...近隣の山岳の影響で、慢性的に水不足という感じですかね」
「水不足って...結構大変なんじゃ?」
「大変といえば大変ですが...食料や資金の援助は何百年も続けられていますし、大規模な旱魃の際は早急な勧告も行なっています。生活に困窮するような事もないでしょう...よいしょ」
磨き上げた鎧を再び身につけながら、ゼルベルが語る。平和な村に平和なチート。今回の件は簡単にカタが付きそうだ。
「馬の休憩も入れて二日...長ければ三日程移動漬けですね」
「長ッ」
「あはは...ドラゴンの背中にでも乗ればひとっ飛びなんですがね」
「...魔王軍なのにドラゴンっていないのか」
「戦争時は力を貸してくれる方もいたのですが、基本的に彼等は群れませんので。現在魔王軍に所属しているドラゴン族はいません。皆、好き好きに何処かで暮らしているはずです」
「へー...一回見てみたいなぁ、かっこいいヤツ」
「どうでしょう、ドラゴン族は個体が極めて少ないので...」
ファンタジー作品といえばドラゴンのイメージがあったので、5日目にする日も来るだろうと思っていたが、そう上手くいく話でもないらしい。
「はぁ〜...通り道にでもいたりしな...」
「ドッ...ドラゴンでござるーーーーッッ!!!!」
突然聞こえた五反田の声に、ゼルベルは素早く剣を持って立ち上がり、伊香保は飛び上がって居眠りから覚め、俺は荷台から身を乗り出して体を外に出し、そんな衝撃で座席から滑り落ちた元女神の鼻提灯がぱちんと爆ぜた。
「おお...!!」
急停止した馬車から落ちないように踏ん張りながら外を見ると、目の前には規格外の巨影。翡翠色の鱗に覆われた大型のドラゴンが、大きく唸りを上げた。