影の見る夢
天井だ。少し前の、汚れの少ない綺麗な天井。全身に鈍い痛みを感じながら、上の空で眺める。
ああ、そうか。薬品の配分量を間違えてしまったのだ、この時は。
「フェイド、大丈夫?」
視界に落ちる人の影。とても、とても懐かしい声で呼びかけてくる。誰だったか。
「あ〜...この調合は無理だって。安全な配分量を把握するまで、命が何個あっても足りないよ」
ですが...ですが。この実験さえ、この実験さえ成功すれば、苦しむ多くの人々を救えるのです。失った命を...失った時を、取り戻す事ができるのです。
「...それは分かってる。でも、そこは私達が行っていい領域じゃないんだ」
であれば、何故貴方はワタシを生み出したのですか。ヒトならざるワタシを生み出し、ヒトの領域を越える為だったのでは無かったのですか。
「最初は...そうだったけど。今は違うよ」
そう言う貴方の顔は、少し物悲しく見える。
「君には、君が面白いと思う事を探求して欲しいんだ。その過程で、魔族を助ける物を作り出す事も」
...ワタシが興味を持つ事は、完全に貴方と一致する筈です。
「あは、そうだったそうだった。ほら、早く起きないと。片付けするよ」
差し出された手に向かって手を伸ばす。感じない筈の温もりを、感じない筈の重たさが、指先にあった。
「フェイド。私にあって、あなたにない何かを探してみて」
白衣の襟を整えながら、彼女はそっと微笑んだ。
「実験が必要になったら、何でも手伝ってあげるから、さ」
嗚呼、そうだ、そうだった。
ワタシは、私に、どうしようもなく、輝きを見出してしまったのだ。
*****
「...長!!...所長!!!」
ぽつぽつと、頬に水滴の垂れる音。指先から足の先まで、全て動く。どうやら、何処も壊れてはいないようだ。
真っ暗だった目の前が少しずつ見えてくると共に、目の前に誰かが覆い被さっていることに気付く。
「...カイさン」
「...はぁ〜っ...!良かったぁ...!」
安心した表情を見せたカイが、ごしごしと目元を拭った。周りを見回すと、先程の爆発で部屋中酷い有様の様だ。積み上がった資料の山はすっかり焼け焦げて塵になり、外に面した壁は崩れ落ち、新鮮な空気を運び込んでいる。
「...アの二人は?」
「伊香保ちゃんが咄嗟に防衛魔法で防いだので無事です。気絶してたみたいなので、一応医務室に」
カイの言葉に安心し、崩れた床に手をついて体を起こす。割れて散らばったガラス片が、細かな音を立てる。
「実験は全部、やり直しノようですね」
「な、に、言ってんですか!!」
起き上がりざまの頭を思い切り叩かれる。やっと安定してきたばかりの意識と視界が、派手に揺さぶられた。
「...でも...まあ」
二撃目の衝撃に備えていたが、どうやら来ないようだ。
「...アタシにできる事ならなんでも手伝うんで...言って下さいよ」
彼女はにこやかに、そう言ってみせる。壊れた壁から差した日の光が、狗々としてその背を照らした。
いつか見たかのような。あまりにも懐かしいその光景に、思わず苦笑してしまう。
「全く、貴方ハ本当に...彼女に似ている」
「ところで、あそコに転がっている鎧は?」
「五反田です。爆発でバラバラになったみたいですけど...くっ付くまでほっといていいらしいですよ」
「...アーマーガイストの死亡条件、まだ解明サれてなかったですね」
「ご...後生にござるーーーッッ!!!」