錬金術
「あれ...五反田さんにエイトさん?」
猫の遠吠えの哀愁に浸っていると、背後から聞き覚えのある声が。振り返ると、ローブの影で青白い炎を揺らしながら駆け寄ってくる少女の姿があった。
「伊香保、久しぶり」
「お久しぶりです。二人とも、こんな何もない所でぼーっとしてどうしたんですか?」
「いやあ、命の儚さについて考えていたのでござる。伊香保殿はどちらに?」
「えっと...研究所に資料を持っていく所です。そのまま少しお手伝いでもしていこうかな...と」
「ふむ...研究所にござるか...」
五反田は少し考え込むように腕を組んだ後、思い付いたようにこちらを振り向いた。
*****
「所長ー、言われていた資料をお持ちしました〜」
総合魔術研究所、と記された看板の下にある重厚な扉をノックする伊香保の背中を眺める。
「なあ、俺が来てもいいような場所なのか...?」
「大丈夫でござる。所長も優しい方でござるし、もしかしたら役にたつポーションとか貰えるかもしれないでござるよ」
何処かのガキ大将が作るシチューみたいな見た目だったら飲みたくないな、などと考えていると、ゆっくりと研究所の扉が開いた。
「やア、いつもありがとうございます」
黒い肌、というよりは闇。吸い込まれる様に黒く澱んだ影の様に朧げな、異様に長細い体躯の男が、扉の隙間から体を見せた。
「おや、あちラの方は?」
影の様な顔面に浮かぶ白い眼光が、目線の遥か上から鈍い視線を向けてくる。電子音の様な不気味な声に、少しヒヤリとした冷たい感覚が背筋を襲った。
「えっと...異世界からの召喚者のエイトさんです」
「異世界からの!それは大変興味深イ、是非中でお話を聞かせて頂きタいのですが...!」
「も...もちろん...」
突然駆け寄ってきた所長に手を取られ、闇の様な顔面を突きつけられる。脳を揺さぶられる様な眼前の光景と声に、思わず頷いてしまった。
*****
「では、お茶を淹レてきますので、皆様はここでお待ちを」
意味不明な文字や絵が書かれた難しげな書類が散乱し、よく分からない色の液体が入ったガラス管が大量に陳列されたいかにもな空間の中、何も乗せられていない、異様に綺麗な机と椅子に座らせられる。
「...あ、研究を見るのはご自由ニどうぞ。ただ、触れる時は伊香保さンにご確認を。爆発とかするので」
最後にそう言い残し、所長は部屋の奥に消えていった。
「爆発...」
「召喚者殿ーッ!この汁、振ると色が変わるでござるよーッ!!」
「やめろーーーーッッッ!!!!」
無邪気にガラス管を降りながら近づいてくる五反田に、思わず距離をとって後ずさる。と、手先が部屋を仕切っていたカーテンに引っ掛かり、大きな音を立てながら金具ごと引っぺがしてしまった。
「あ、やべ...」
「ンーーーッ!!ングーーーーッ!!!」
隠されていたカーテンの奥、露骨に実験台と思われる物々しい台座と器具が並べられた容器の横に、元女神が仰向けに縛り付けられていた。
「...何やってんだ、お前ッ!!??」