猫誘拐事件
どうせなら元女神も連れて行こう、という事で元女神の自室前までやってくる。
「元女神ー、そろそろ元気出たかー?」
木製の扉をノックしても、返事は返ってこない。後ろで待っている五反田と顔を見合わせ、勝手ながら扉を開け、中に入る。
「いい加減諦めろって。あと漫画返して...あれ?」
いじけてるか寝てるかのどちらかだと思われていた元女神の姿は部屋内には無く、乱雑に散らばった漫画と乱れたベッドシーツのみが目についた。
「いないでござるな...」
「大方、食堂で甘い物でもせびってるんだろ。あーあー、漫画もこんなに散らかして...」
無断持ち出しされた漫画を整理し、後で持ち帰るものとしてとりあえずはその場に置いておく。惨たらしく散らかされた部屋の掃除も後にして、元女神の部屋から出ていく事にした。
*****
「ニャー、そこの三人...ヒマかニャ?」
五反田を前に、二人で廊下を歩いていると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてくる。辺りを見回すと、屋外に繋がる通路の手すり部分に、猫耳副メイド長が眠そうな顔で座っているのを見つける。
「これはルミィ殿...はて、今三人と仰いましたか?」
五反田が不安そうに辺りを見回す。確かに、さっき俺の部屋を出たのは俺と五反田だけで、ザンセツは部屋から出てきていないはず。ここにくるまでだって、チラリともその姿を見てはいない。
「ニャ。そこの天井、シャンデリアの影になる壁の装飾の間。ちょっと見にくいけど、護衛係としてはクソアメー潜伏技術ニャ」
ルミィが指差した方向を見ると、何も無かったはずの暗がりの中から、空間が歪んだようにゆらりとザンセツの姿が現れた。
「獣の嗅覚...大したものだね」
「猫舐めんニャ。あと城の中傷つけたらブッ殺すからニャ、マジで」
「はいはい...」
気怠そうに返事をしたザンセツは、再びその姿を闇に消した。
「全然気づかなかったな...」
「ところで、何故このような場所に?」
「あー...今メイド総出で大掃除中なんニャけど、怠いから逃げてきたのニャ。そんでヒマだったから暇つぶしでもあればと思ったんニャが...」
ルミィが話している最中、何処からか鋭い金属音が響く。そう、まるでナイフを硬い壁面に突き刺したかのような...
「見つかっちまったからまた今度ニャ」
何処からやってきたのか、いつの間にかルミィの背後に鬼の形相のシィルさんが立っている。俺たちが驚くより早く、ルミィは座っていた手すりを蹴り、とてつもない勢いで走り始め、あっという間に見えなくなってしまった。
「逃しませんよ...」
シィルさんが取り出した大量のナイフを構え、ルミィが消えていった廊下へと投げる。頬を撫でた鋭い風に一瞬目を瞑ると、開いた時にはもうシィルさんの姿は無かった。
代わりに、何処か遠くから猫の鳴く声が響いてきた。