静寂、穿って
各々の仕事に励む魔物達を背に、玉座に座る魔王と向き合う。
「ゲーム...ゲームしたかったな...」
隣では元女神が俯き、ぶつくさと恨み言を連ねている。
「召喚者に女神よ。突然の呼び出しに応じてもらい感謝する」
「いやホントに!我がずっと憧れてたゲームがやっとできるってなった所で丁度呼び出して!話があるなら勿体ぶらないでちゃっちゃと...」
苛立ちを魔王にぶつけ始めた元女神の顔スレスレを、何か鋭い物が音もなく飛び去っていった。背後からした小さな金属音を辿って後ろを見ると、石材の床にナイフが突き刺さっている。
震えながら視線を正面に戻すと、魔王の側でメイドのシィルさんが、構えたナイフを煌めかせながら立っていた。
「魔王様が話している間はお静かに、お願いします」
「は...はひ」
腰を抜かした元女神をそのままに、魔王が咳払いをして話を続ける。
「...昨日は回収作業ご苦労であった。アーマー...五反田と伊香保も感謝している」
「いやあ、俺と元女神はロクに活躍してなくて...」
「そこである。我も仕事でいつでも動けるとは限らない。これからの回収作業に備えて、また自分たちの身を守る為、二人には我が軍の訓練に参加して貰いたい」
『えーめんどくさーい』
頭の中に聞こえる元女神の声に応じて、再びナイフを構える音が鋭く響く。
「違ッ、今のは...や、やります!やりまーすっ!!」
俺も正直軍隊の訓練なんて参加したくはなかったのだが、元女神のせいで巻き込まれそうだ。ただ、ナイフで串刺しにされるのは御免なので、納得したように頷いておいた。
*****
「魔王軍防衛隊隊長のゼルベルです。召喚者様に女神様、本日はよろしくお願いします」
五反田に案内されて屋外訓練場に出ると、重厚な鎧を身に纏った女騎士が出迎えてくれた。奥で上がる大勢の雄叫びと、剣を打ち合う激しい金属音に萎縮していると、コツコツと横腹を突かれる。
「隊長って...オイ」
「え...あ、あのー...俺たち完全に素人なんだけど...」
「戦闘は基礎が大切ですので!」
「はあ...」
そして、俺と元女神の戦闘訓練が始まった。軍の作法に始まり、剣の構え方に振り方、鎧の付け方、果ては死んだフリの仕方など、身を守る為の技術を次々と叩き込まれていく。あのだらしない元女神がぶつくさ言いながらも続けているのは、一度剣を放り出した際に何処からともなくナイフが飛んできたからだろう。
*****
「では、休憩にしましょう。30分程度という事で」
「つ...疲れた...」
「我...我もうむ...無理ィ...」
訓練場の端までなんとか歩き、日陰に倒れ込む。アニメや漫画でよく見たありがちな剣が、あれ程重く振りづらい物だとは知らなかった。
「い...今チート来たら絶対...逃げられないな...」
「確かに...我...お前を囮にするからな...」
向こうの防衛隊も休憩時間になり、屋外訓練場を静寂が包む。汗ばんだ肌を冷やしてくれる涼しげな風が抜けていく音と、小鳥の囀りが微かに聞こえる心地よい雰囲気を、元女神のネックレスが放つアラーム音がぶち破った。