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愚かな夫

 一夜明けて新婚二日目。


 マグノリアが起きたとき、呆れたことにまだ朝食の準備は始まっていなかった。それどころか使用人たちの殆どがまだ仕事に取り掛かってもいなかった。


 尤もそれも予想されていたので、マグノリアの朝食は連れてきた専属料理人のカリストが用意したし、給仕は専属執事のサウロが務めてくれた。


 確かに貴族の朝は遅い。社交シーズンであれば深夜まで夜会が開かれ、その後に軽食と入浴などを済ませるから眠るのは明け方近くとなり、起きるのは昼前か昼過ぎということも珍しくはない。


 だが、使用人がそれに合わせることはほぼない。エスタファドル伯爵家では使用人たちは日の出と共に行動を始めていた。主家の人々が起きる前に日常的に使う場所の掃除を終え、食事をいつでも提供できるように整えていた。それが貴族家に仕える使用人たちの当たり前の行動だった。しかし、侯爵家では違うようだ。


「第二案であれば使用人総入れ替えも検討しなければならなかったわね」


 見事に自分が連れてきた使用人しか働いていない邸内にマグノリアは苦笑する。だが、昨晩のペルデルの言動から第三案移行が濃厚となったことにより、そんな余計な手間はなくなった。


「旦那様が起きたらお時間を取っていただくように、旦那様付きの者に伝えておいて」


 侯爵家嫡男であるペルデルにも専属のメイドや侍女、従僕がついている。その誰かに伝えておくようにサウロに命じ、食事を終えたマグノリアは食堂を出る。どうせペルデルが起きるのは昼過ぎだろうから、それまでに一仕事するつもりだ。


 因みに侯爵夫妻は新婚夫婦を邪魔しないためにと称して王都内の貴族ご用達高級ホテルに一泊し、そのまま領地に戻る予定になっている。侯爵夫妻が初日から同居であれば、もしかしたらペルデルは昨夜のような愚かな行動は取らなかったかもしれない。


 尤も、ペルデルとの結婚に乗り気ではなかったマグノリアとしては大変有り難い。昨晩は覚悟をしていたが、その覚悟は無駄になった。尊敬できない、有体に言えば軽蔑しかないペルデルと改めて閨を共にするのは御免である。


 マグノリアが執務室で母から引き継いだ事業についての仕事をして数時間、午後になって漸くペルデルが起きたらしく、ペルデルの従僕が知らせに来た。とっくにマグノリアは昼食も済ませている時間だった。


 ペルデルの昼食が済んだのを見計らい、マグノリアは居間へ向かった。そこでペルデルが待っているらしい。


 部屋を訪れると、ペルデルは豪奢なソファにふんぞり返っている。なお、このソファもエスタファドル家からの支度金で贖ったものだ。


「話とはなんだ。俺は忙しい。態々貴様に時間を割いてやったんだから、さっさと話せ」


 そう言いながらペルデルは高級なワインを飲んでいる。これもエスタファドル家からの以下略。マグノリアが挨拶する暇もない、ドアを開けてすぐの居丈高な物言いだった。


「確認ですわ。昨晩、貴方はわたくしを愛するつもりはないと仰いましたわね。跡継ぎはどうなさいますの?」


 昨晩の態度から凡そ予想をつけながらマグノリアは問いかける。はっきりとペルデルの口から言わせることが重要なのだ。


「俺の子は愛しいアバリシアが産む。貴様は名ばかりの妻だ」


「白い結婚ということでよろしいかしら。わたくしとの間に子を生すおつもりはないということですわね」


 もう一声欲しいとマグノリアは更に問いかける。するとペルデルは深く考えもせずに望み通りの返答をした。


「貴様など誰が抱くか! アバリシアが産んだ子が俺の跡継ぎだ!」


 マグノリアを馬鹿にしたような表情でペルデルは宣言した。それが自分の破滅の始まりの言葉であることに気付かずに。


「承知しました。それを確認したかったのですわ」


「ふん。俺は出かける!」


 一切表情を変えないマグノリアを不満げに見やり、ペルデルは荒々しく立ち上がると部屋から出て行った。


「呆れますわね。あれで侯爵家子息ですの? 動きも粗野で品のないこと。エクリプセ様のほうが余程高位貴族らしい所作でいらっしゃいますわ」


 ずっと側に控えていた侍女のリタが呆れたように言う。エクリプセはマグノリアの兄でエスタファドル伯爵家の後嗣だ。ペルデルとは学院時代の同学年である。尤も、エクリプセは特級クラス、ペルデルは一般下位クラスだったため、直接の交流はなかった。


「オルガサン家は歴史のない家だもの。仕方ないわ。サウロ、ちゃんと撮れているかしら」


 リタに苦笑を返し、サウロに確認する。居間には人がいれば自動で録画録音する監視装置が置かれている。その映像はサウロが管理する魔導石に記録保存されるようになっている。記録された映像は魔力を流すことで何度でも再生できるのだ。


「しっかりと記録されております」


 居間に続く使用人の控室からサウロが魔導石を手に出てくる。これで証拠が一つ。ただ、これだけではまだ弱い。


「お嬢様、アレが出かけました」


 そう告げたのは結婚に先立ち侯爵邸に送り込んでおいたメイドのアリサだ。ペルデル付きになっている。侯爵家は困窮していたことから使用人の数も少なく、結婚に際して数名を送り込んでいたのだ。その中には従僕や馬丁に馭者、護衛騎士もいる。


「そう。追跡は?」


「従僕と護衛騎士がついて行ってますし、馭者はうちの者ですから問題ございません」


 これまで貧乏ゆえに護衛騎士のいなかったペルデルは嬉々として護衛を伴ったらしい。漸く侯爵家らしい騎士がついたと喜んでいるようだが、飽くまでも彼らの雇い主はエスタファドル伯爵家であり、現在の主はマグノリアである。そんなことにも気づいていないようだった。


「それに婚姻の際に贈られたタイピンとカフスと指輪にピアスまで着けていきましたから、どこに行こうと証拠は完璧に押さえられます」


 アリサの言葉にマグノリアもサウロもリタも苦笑する。それらの装飾品は全て魔道具だ。どれも録画録音し、サウロの持つ対応する魔導石に映像が転送され記録保存される。かなり高度な魔術を施された魔道具だが、その媒体となっているのが高価で希少な宝石であり、これもまたペルデルは嬉々として着けていったらしい。


「それはそれは……たっぷり証拠が集まりそうね」


 タイピンやカフスは外すこともあろうが、指輪やピアスであればずっと着けているだろう。ならば不貞の証拠もあっさりと揃うに違いない。あの魔道具は身に着けている者を中心に半径五メル(一メル=一メートル)が俯瞰で撮影される。ペルデルが誰と一緒にいるのかがはっきりと残されるのだ。


「ではお父様に手紙を書くから届けてくれるかしら。ああ、先ほどの居間での映像の写しも一緒にお渡ししておいた方が良いかもね」


 使いの者を半刻後に呼ぶように伝え、マグノリアは執務室に戻り、父への手紙を書いた。昨晩から先ほどまでの一連の出来事を報告し、第二案から第三案へ移行するべきという意見も添える。計画の主体は国王陛下の意を酌んだ父であるから、計画変更は父の許可が必要となるのだ。


 手紙を使いの騎士に渡してから数刻後、騎士は父からの返答を持って戻った。父からの返答はマグノリアの思うままにやりなさいというものだった。期間はマグノリアが提示した一ヶ月。その間に父も円滑に婚姻無効若しくは離婚が為されるように準備を整えておくとのことだった。


「早いですね」


 父からの返答を見たリタが少々驚きを含ませて呟く。流石に貴族の離婚が一ヶ月で成立するとは思えなかったのだ。


「ええ、だって、第三案と第二案はそれぞれ半々の可能性だと思っていたのだもの。お父様もわたくしもすぐに離婚が出来るように根回しはしていたのよ」


 それをするだけの伝手がエスタファドル伯爵家にはある。伊達に建国以来の名門ではない。たかが伯爵家ではあるが歴史は古く、それだけに様々な繋がりを持つのである。


「さて、旦那様がいつ戻ってきてもいいようにどんどん準備を進めましょうか」


 新婚二日目。新妻であるはずのマグノリアは離婚のために動き出した。


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