乙女ゲー世界でキャットファイト……に、なるはずだったタイガーファイト
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乙女ゲー世界でキャットファイト……に、なるはずだったタイガーファイト
サイド ヴィクトリウス・フォン・マッケンバウアー
俺はヴィクトリウス。もはや『どこにでもいる』と表現できてしまうテンプレ転生者だ。神転ではないからかチートはない。
だがしかし。『生まれ』という一点で十分にチートと言える。
「セーファラス・フォン・マッケンバウアー王に、礼!」
我がマッケンバウアー王国の十三代目国王である『父』が、ここ、王立魔法学院の檀上に上がる。
そう。なにを隠そう、俺はこの国の王子なのだ。しかも長男で王太子。
我が国は大陸でも有数の大国。海に面し、鉄の採掘も順調、作物も育ちやすい温暖な気候。そのうえ周辺国とも絶妙なバランス感覚で間接的支配や、仮想敵国との緩衝材にしている。
正に大国。そこの第一王子。ついでに母親似の超絶イケメン。これはもう下手なチートよりチートしている。
ついでに言えば、この世界は物理化学の代わりに魔法が進歩しており、生活水準は平民とかは別として一定以上の貴族は現代日本人からしても清潔かつ快適に暮らしている。
もはや我が世の春だ。前世への未練はあるが、それはそれとして今生が最高過ぎる。
「――以上だ。諸君らの活躍。そして我が国への貢献を期待する」
おっと、父上の挨拶が終わったらしい。自然な流れで自分も拍手をする。この辺は徹底的に鍛えられた。なんせ大国の第一王子。弱みを見せればどうなるか。腹違いの弟のように幽閉からの毒殺などごめんである。
今は王立魔法学院の入学式。今年から自分も通う学校だ。
どういう学校かは、まあ名前の通りである。特にこの学校は貴族専用とも言われている。まあ、魔法使いは基本貴族ばかりだが。たまーに、貴族の血が薄っすら流れている平民も優秀だったら通う事もあるとか。
テンプレである。漫画とかなら色々な騒動が起きそう。
まあ、ここはマッケンバウアー王国の首都にあるうえに、今年から俺こと王族も通う場所!警備についてはぬかりないのだから、心配は必要ないな!
「続きまして、新入生代表、ヴィクトリウス・フォン・マッケンバウアー様の――」
おや、自分の番のようだ。
いつもの営業用スマイルを浮べて、壇上へと昇っていく。
ちなみに、新入生代表の座は忖度半分、実力半分と思っている。第一王子の座を守る為、厳しすぎるエリート教育を積んできたのだ。マジで辛かった。たまに街に逃げ出していたなかったら、ストレスでもう1回死んでたと思う。
壇上に上がり、暗記しておいた原稿を読み上げようとした。その時、会場の扉が勢いよく開かれる。
「すみません!遅刻しました!」
そう言って現れたのは、桃色の髪をした少女だった。
小柄で華奢な体格に、くりくりとした大きな瞳。なんとも小動物的な保護欲を掻き立てる美少女だ。
思わずその少女に目を奪われていると、彼女もハッとした顔でこちらを見ている事に気づく。
はて、どこかで見た事があるような、ないような。
「き、君!今はヴィクトリウス様の」
「ヴィクトリウス様!」
会場を警備している衛兵が少女を掴もうとするが、その手は空を切る。なんと、少女が一足飛びに壇上へと跳んできたのだ。
……待って?ここから出入り口って何メートルだっけ?少なくとも百メートルは超えてるよ?
魔法のある世界とはいえ、色々とぶっ飛んだ行動に目が点になる。そんなこちらにお構いなしで、少女がこちらに近寄って来た。あ、いい匂いする。
「ヴィクトリウス様!私です!ジャスティス・フォン・スーパーです!」
「え、あ、あああ!」
思い出した!その特徴的な名前は、自分が十歳の頃街で遊んでいた子供の名前だ。
まさかあの少女と再会するとは。驚きである。
「あの時より、貴方様の事をお慕い申し上げていました……」
潤んだ目で見つめてくるジャスティス。それに思わずたじろぐ。
何を隠そう、前世も今生も自分は童貞である。前世はともかく、今生は普通ハーレムだと思うのだ。だって中世風の世界で王子だし。
だが、父上の政治的思惑により未だ婚約者は『候補』ばかり。そして、その候補の中には王家でも無視できない有力貴族や、仮想敵国相手に同盟を組んでいる国家の王女もいる。彼女らへの配慮として、自分は異性関係を厳しく管理されていたのだ。
そんな所に現れた美少女である。現実感の無さ過ぎる登場もあって、心臓がうるさいほど高鳴っていた。
「そ、その気持ちは嬉しい。だが」
「だがではありません!」
え、今言葉遮られた?俺王族よ?王太子よ?
脳がバグるこちらを無視し、学校の制服であるネクタイを掴まれて強引に顔を近づけられたかと思ったら、口づけをされてしまった。
少女の整った顔が視界一杯に広がり、柔らかく小さい唇が己の口に押し付けられている。
ふぁ、ふぁーすときす……奪われちゃった。
思わず脱力しそうな体を、少女が片手一本で支えてくれる。え、力つよ。
「なにをしていますの!!!」
大声が会場に響き渡る。
声の主は、豪奢な金髪をドリルヘアーにした美少女。アックマー・フォン・ウルトラだ。ウルトラ侯爵家の令嬢であり、先ほど言った婚約者候補の一人。
その彼女が、蒼い瞳を釣り上げてジャスティスを睨みつけている。
「栄誉ある入学式を中断したあげく、並み居る貴族たちを飛び越えて、あまつさえヴィクトリウス様の唇を奪うとは!なんたる不遜!許し難き不敬!」
その言葉にハッとして足に力が戻る。
そうだった。インパクトに飲まれてしまっていたが、ジャスティスは一つだけでも王国で生きていけない様な事を三つも連続でしている。
どう考えても極刑。最悪一族郎党毒の杯案件である。
「笑止!この思い、いかなる理由であっても止められるものではありません!」
勇ましく返すジャスティス。え、いやそこはもうちょっと、こう。
名前からして貴族令嬢だろうに、色々ぶっとびすぎじゃない?大丈夫この子。いくら美少女とはいえ、巻き込まれて王太子の座を失うとかいやなんだけど。
「よく言いましたね、女郎。その覚悟だけは認めてやりましょう」
冷徹な声で告げるアックマー。やばい。あれは誰がどう見てもキレている。
侯爵令嬢の怒り。いったいどのような形で放出されるのか。
「イーソルノ!」
「はっ!」
アックマーの声に応えて、一人のメイドがどこからともなく現れる。
いや、あれはメイドなのか?父上や自分を警護する近衛兵より強そうなんだが?なんだあの筋肉の塊。
「リングの用意を!」
え?
「はい!リング展開!」
メイドらしき生命体が片手をあげて叫ぶと、新入生や父兄がすぐさま端によっていく。そして床からせり出してくる巨大なリング。
「………????」
混乱する俺を放置して、その巨大なリングにひらりと降り立つアックマー。
「お上がりなさい!ここはリングにて決着をつけてさしあげましょう!」
なんで?
「望む所です!」
やだ、男らしい。
「待っていてください、ヴィクトリウス様。必ずお迎えに上がります」
「え、はあ」
こちらから離れると、一回の跳躍でリングに跳んでいくジャスティス。やっぱおかしいって。
「ふ、見せてあげますわ。私の美技を!」
そう言ってアックマーがワンピースタイプの制服を掴むや、強引に脱ぎ去った。
え、脱ぐの!?侯爵令嬢が!?
驚きながらも、一瞬たりとて見逃すまいと前のめりに注視する。
一瞬で脱がれた制服の下には、金色と黒で彩られたスポーツブラとスパッツ。そして武骨なブーツ。白い雪の様な肌は、その多くが露出された。
筋肉と一緒に。
「フッ、貴様ごとき、お茶会一回分もかけずに倒せるぞ」
発せられるバリトンボイス。さっきまでのキンキン声はどこに?
明らかに画風が変わった顔立ち。なんか伸びて二メートル越えになった身長。広い肩幅。ここからでもわかる筋肉の鎧。
完成された戦士の肉体。令嬢というより益荒男と呼ぶべき姿がそこにあった。
『おーっとこれはマッケンバウアー王国の美しき肉食獣、アックマー選手の登場だー!!』
「父上!?」
突然壇上のマイクを掴み、興奮したように叫ぶ父上。というか国王。
え、なんなの?どういうことなの?
『いやぁ、まさかこんな所でアックマー選手の試合を見られるとは思いませんでしたね、解説のワーダゴンさん』
いやワーダゴンさんってあんたうちの宰相。
『そうですねぇ。これは思わぬ幸運です。あの百六十七戦負けなしのアックマー選手です。いったい今度はどんな試合を見せてくれるのか、楽しみですね』
あんたらそんなキャラだっけ?
「練り上げられた闘気。なるほど、私が見てきた誰よりも強い……!」
「ふん、怖気づいたか小娘。だがもう遅い。貴様は私を怒らせた」
口調変わってない?いや、もう口調とか粗末な事かもしれない。
「いいえ。例え誰が相手でも、この恋は邪魔させません!」
「ほう、よくほざいた……!」
ジャスティスも制服をばさりと脱ぎ捨てる。
その下には、アックマーの色違い版みたいな、ピンク色のスポーツブラとスパッツ。そして、これまた見事な筋肉。
あと何故かこっちも画風と体格が変わっている。やだ、益荒男が二人目。
『おおおっとぉ!なんという事でしょう!ジャスティス選手、素晴らしい肉体美!』
『まさかこれほどの戦士が在野に埋もれているとは……驚きを隠せませんね。会場にも動揺が広がっていますよ』
ざわざわとする会場。よかった。驚いているのは自分だけではなかった。
「おいおい見ろよあの背中。まるで鋼だぜ」
「粗削りながらも鍛え抜かれた肉体だ。あれは、正に天性の才」
「くく……ぞくぞくしてきたぜ」
だめだこの国。
「俺の彼氏は、俺自身の手で掴み取る!」
君も声と口調変わるの?なんかもう昔の少年漫画みたいだよ?髪も何故か逆立ってるし。
「ふっ……言うだけの事はあるようだな」
金髪ドリルをギュインギュインと回しながら不敵な笑みを浮べるアックマー。あれ、回るんだ……。
『これは、もしかしたら世界の命運を動かす一戦になるんじゃないでしょうかねワーダゴンさん』
『そうですねー。あれほどの戦士が二人。これはとうとうヴィクトリウス様の妃を決める戦いに終止符が打たれるかもしれません』
待って?今なんか聞き逃せない事言わなかった?
「「「「待ったー!!!」」」」
脇に寄っていた会場の者達から、四人の人影が現れる。
「その戦い!見過ごすことはできません!」
もう一つの侯爵家の令嬢で、大人びた美貌の少女。
「わ、わたしだってヴィクトリウス様と結婚したいです!」
辺境伯家の一人娘で、幼女と見まごう姿の美少女。
「私の計算では、この私こそ次期王妃に相応しいでしょう」
大陸一の商人と言われる豪商の娘で、眼鏡美人な少女。
「ふふ……飽きさせないね、この国も、ヴィクトリウス様も」
仮想敵国相手に同盟を組む、海を挟んだ大国の褐色肌の美少女。
たしか婚約者候補のなかでも、アックマーに並んで有力視されている少女達だ。どの子もタイプは違えど前世ではお近づきになる機会さえなさそうな美人ばかり。
「「「「その勝負、我らものらせていただこう!!!」」」」
脱ぎ捨てられる制服。
「吾輩の真の力、遂に見せる時……」
怪しげな雰囲気を放つ、筋骨隆々の戦士。
「俺様こそが最強だぁ!」
どこの横綱ですかと言いたくなる、巨大な戦士。
「ひっひっひ!この天才の計算が外れるはずがなぁい!」
眼鏡をかけた、異様に長い手足をもつ異形の戦士。
「ふっ……我が国の神秘、とくとその身に刻むがいい」
ターバンを巻いた、褐色のエジプトめいた戦士。なんか髭はえてない?
「そんな気はしてた」
もうね、名乗り出てきた段階で予想はしてた。
『なんという事でしょう!ここで四天王とまで呼ばれた彼女たちまで参戦です!』
『荒れますねぇ、これは。たまりませんよ……!』
何故かテンションが上がっているおっさんども。そして会場の変人ども。
「いいだろう!ここで決着をつけようではないか!」
「吾輩が受け継ぎし五千年の重み、受けるがよい!」
「俺様こそが最強!無敵!不死身だぁ!」
「全て私の手の平の上だと言うのに、哀れな愚者どもめ!」
「ヨガとは、こう使う」
「……いいぜ。相手にとって不足はねえ」
拳を打ち合わせ、気合を入れるジャスティス。
「俺は、俺の愛を証明する!」
どうしよう、父上俺を廃嫡してくれねえかなぁ。
読んでいただきありがとうございました。
他にも色々な作品を投稿させていただいておりますので、そちらも読んでただけたら幸いです。
……昨夜一時間ほどでこれを書き上げて、今朝読み返して自分は疲れているのだろうかと悩みました。七夕に投稿する乙女ゲーものか、これが。