9日目
今日はエルの部屋で目を覚ました。
昨日の一件で寝る時間が遅かったせいか、少し寝過ごしてしまったようだ。
エルは、と目をやるとぐっすり眠っていた。
頭を撫でるとやや固めだがさらりとした体毛の感触が伝わってくる。
撫でる手が鬱陶しいのか、小さく唸って寝返りを打つ姿が愛らしい。
しばらくそうやって構い続けていると、とうとうエルが目を覚ましてしまった。
睡眠を妨げられたせいか、ご機嫌斜めのようだ。
「ごめんね、起こしちゃったかな」
唸るように鳴くエルに謝ると、エルはぼんやりと私を見上げてその場にころんと転がった。
どうやらまだ寝ぼけていたらしい。
程なくして寝息を立て始めたエルに思わず笑みが漏れた。
昨夜はあんなに私から離れようとしなかったのに、一晩経てばいつも通りだ。
どんなエルでもかわいいから、いいのだけど。
しばらくすやすやと眠り続けているエルを観察して、そっと起き上がる。
目を覚ます気配がないことを確認して、部屋を出た。
……あらためて見ると、ひどい有様だ。
荒れ果てた自分の部屋の入口に立つと、ついため息が零れた。
床に零れたサンプルは空気に触れて変色し、赤黒くなっている。
その上に剥製がばらばらに散らばっているせいで、なんとも趣味の悪い空間が出来上がっていた。
昨夜の仕事先を思いださせるこの光景を見れば、エルがまた怯えてしまう。
エルが起きる前に、この惨状をなんとかしてしまわなくては。
魔法を使って壊れた剥製を拾い集め、袋に入れる。
コレクションにはならないが、粉々に砕けばまだ実験材料として使えるはずだ。
割れたガラス瓶や中身のコレクションは魔法で消し去った。
あれは私の趣味で集めていたものだから、鑑賞以外の使い道はほとんどない。
すっきりした飾り棚にさっそく、昨日受け取った報酬を並べることにした。
ただ、受け取った報酬にはまだ何も処理を施していない。
まずは切りわけなければ。
匣の花という正方形の蕾が特徴的な花を呼び出して、中から報酬を取り出す。
その途端、それが大声で叫び始めた。
エルの声とは違う耳障りな声に思わず眉を顰める。
どんなに泣き叫んだところで森へは帰れないと分かっているはずだ。
契約が交わされた時点で、それは私のものになったのだから。
どうして今更私を罵ったり、仲間に助けを請うたりするのだろう。
それを報酬として差し出したのは、私と契約したエルフたちの総意だというのに。
いつまでも叫ばれては集中を欠くので魔法で口を封じるとようやく静かになった。
涙を零す紫の瞳をそっと取り出し、水で洗う。
エルフには滅多に生まれないのだというその色はコレクションとして相応しい美しさだった。
もちろん、エルの瞳には敵わないけれど。
綺麗な色が褪せることのないよう透明な液体で満たした瓶の中に両目を入れて蓋をした後、飾り棚に並べる。
液体にぷかぷかと浮かぶ瞳は見ているだけで楽しくなってしまう。
もっといろんな色があればどの色を隣り合わせにするかなどと考えられるのだけど、それは後のお楽しみにしよう。
一からコレクションを集め直すのもこれはこれで楽しいものだ。
瞳を取り出した残りは材料として保管することにした。
目以外にも美しさや珍しさがあれば剥製にするのだけど、そうではなかったから。
鮮度を保つため生命維持の魔法を掛けながら四肢を解体し、中身を取り出す。
慎重に作業した甲斐あって、取り出した心臓がなおも脈打っていた。
流れ出る血液も全て回収した。
エルフの血は魔力に満ちているから、魔法薬を作る時にはいい材料になる。
それぞれ瓶に詰めたり紐でまとめて縛ったりしたものを戸棚にしまう。
最後に汚れた絨毯を魔法で綺麗にすれば、今日やることは終わりだ。
片付いた部屋を見回して息を吐く。
ふと見れば、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。
作業している間に夜が明けてしまったらしい。
そろそろ朝食を作ろう。その前に、エルは目を覚ましているだろうか。
報酬を処理する時に汚れてしまった服を魔法で綺麗にしてからエルの部屋に足を向けると、扉が僅かに開いているのが見えた。
扉の間からちょっとだけ顔を覗かせたエルが辺りをきょろきょろと見回している。
何をしているのだろう。
隠れて様子を見ようかと思ったけれど、エルが私を見つけるほうが早かった。
僅かに開かれた扉がぴしゃりと閉められる。
「エル?」
不思議に思いながら部屋に入ると、寝床に伏せていたエルが私を見上げた。
いかにも「今起きましたよ」という素振りのわりに、拗ねた顔を隠しきれていないのがなんともかわいらしい。
「いい子に待っていたんだね」
先ほど見えたものには気が付かなかった振りをして頭を撫でると、エルは小さな声で鳴いた。
きっと、眠る前には傍にいたはずの私がいなくて驚いたのだろう。
探しに出ようとした矢先、私が戻ってきたから慌てて戻ったのかもしれない。
「寂しい思いをさせてごめんね。
今日はずっと傍にいるから、たくさん遊ぼうね」
私の言葉に答えるようにエルが大きく鳴いて私の首筋を甘噛みした。
今から遊びたくて仕方ないのかもしれない。
でも、その前に食事にしよう。今日はどんな料理を作ろうか。
じゃれるエルを抱き上げて部屋を後にした。




