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7日目

 仕事が入ってしまった。


 先日そこそこ大きな案件をこなしたばかりだから呼び出しは当分ないと思っていたのだけど、考え違いだったようだ。

 ひとまず、エルに留守番を教えなくては。


 部屋に行って扉を開けた途端、待ち構えていたようにエルが飛び込んできた。

 ペットの中では身体が大きく重量のあるエルにいきなり飛びつかれるのは、いくら私のほうが倍以上も背が高いとはいえ少し辛い。

 床から生えてきた花が支えてくれなかったら倒れていただろう。


 倒れずに済んだことに胸を撫で下ろしながら、腕の中でもぞもぞと動いて身体を押しつけてくるエルの背を撫でる。

 いつもは食事の時以外あまり寄ってこないのに、今日はやけに甘えたがりだ。

 何かあったのだろうか。


「どうしたの、エル?」


 私の問いかけに、エルは何度も大きく鳴いた。

 当然だが、私にエルの言葉は分からない。でも、なんとなく寂しそうな声だ。

 私が出かけることに勘づいて、引き留めようとしているのだろうか。

 そうだとしたら、とてもかわいい。


 いっそ、呼び出しに気付かなかったことにしてしまおうか。


 一瞬そんな考えが脳裏を過ぎったけれど、実行には移せなかった。

 正しい手順を踏んで呼び出された以上、必ずそれに応えなければいけない。

 それは私が仕事をする上で守らなければいけない数少ない規則の一つだ。


 規則を破れば罰がある。罰を受ければエルと過ごせる時間が減ってしまう。

 長い目で見るなら、ここで呼び出しを受けたほうが得だ。


 まあいい。

 先ほど受け取った資料の通りに事が進めば、今日は相手の要望を聞くだけで済む。

 向こうの物分かりがよければすぐに終わるだろう。

 契約だけして、さっさと帰ってくればいい。


 もし長引くようなら少々強引な手を使ってしまおう。

 私の力は向こうも理解しているはずだから、そんなことはないと思うけど。


「エル」


 私の服の裾を綻ばせようと懸命になっているエルの頭を撫でて名前を呼ぶ。

 途端、エルが弾かれたように顔を上げた。

 どうやら、服を引っ張るのに夢中になって途中から私の存在を忘れていたらしい。

 かわいい。


「エル。私はこれから、少しお出かけしないといけないんだ。

 お留守番を頼めるかな。すぐに戻るから」


 光を取り込んで緑に変化して見える瞳を見つめてそう伝えると、エルは理解したというように鳴いた。

 私はエルの言葉を理解出来ないけど、エルは賢いから私の言葉を理解しているのかもしれない。


 数日分の食事と水、それから退屈しないためのおもちゃなどを用意して、床に降ろしたエルを撫でる。

 離れがたくてつい撫で続けていると、エルはさっさと行けというように一声鳴いた。

 すたすたと部屋の隅に戻り、おもちゃで遊び始める。

 それでいて時折こちらを伺っているのはきっと、エルも名残惜しく思ってくれているからだろう。


 思えば、エルがここに来てから初めての外出だ。

 エルは幼体を脱しているけれど、寂しさを感じないわけではないだろう。

 私も親と別れた時は寂しくて仕方なかった。


 特にこの家は広いし、私以外には誰もいない。

 花はいるけれどエルと会話は出来ないからなおさら。

 そう考えると離れがたくて、もう少し傍にいたくなった。

 でも、そろそろ時間だ。もういかなくては。


「行ってくるね、エル」


 名残惜しい気持ちを振り払って部屋を後にする。

 扉を閉める直前、エルが私を見つめていたと感じたのは気のせいではないだろう。

 早く終わらせて、お土産を持って帰って来よう。

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