6日目
エルが元気になった。
食欲はいつも通り。ついでに言えば、ペットフードを嫌がるのもいつも通りだ。
本当は、私の作る食事よりもペットフードを食べたほうが健康にはいい。
昨日はちゃんと食べられたのだから、と昨日同様に細かくしたフードを食事に混ぜてみたけれど、すぐにそっぽを向かれてしまった。
味以前に見た目でもう受け付けないらしい。
エルは好き嫌いが多い上、頑固なところもあるようだ。
私が作ったものは食べるのだから、少し嬉しくもあるけれど。
食事を終えた頃、窓を叩く微かな音が聞こえてきた。
見れば、白い身体と黒い翼を持った大型の鳥がこちらを覗いている。
コレオドリだ。昨日頼んでおいたものを持ってきてくれたらしい。
窓辺に飾った赤い花が窓を開けると、コレオドリがまっすぐこちらに飛んできた。
くちばしには大きな包みを咥えている。
その時、エルが私に身を寄せた。どうやら怯えているらしい。
遠くまで荷物を運ぶことの多いコレオドリは、エルよりはるかに大きな体躯と鋭いかぎ爪、そして長いくちばしを持ち合わせている。
どれも長距離配達には不可欠な要素だけど、エルにとっては恐ろしいのだろう。
とても温厚な種族だから、こちらが何もしなければ危険はないのだけど。
「出来るだけ静かに飛んできたつもりなんですが……すみません」
怖がられているのが伝わったのか、コレオドリはしょんぼりしていた。
室内に飾った観葉植物が大きな葉を伸ばしてその頭を丁寧に撫でる。
配達に来てくれたのに申し訳ないと伝えると、コレオドリが首を横に振った。
「いえいえ、お気になさらず。
領主様のお宅に限らず、だいたいのお宅のペットには嫌われるので。
噛まれないだけよかったです。
やっぱり、自分より大きな相手は怖いんでしょうね。
飼い主のように信頼関係が築けていないからなおさら」
では、コレオドリより背の高い私に縋ってくれたエルはそれだけ懐いてくれていると思っていいのだろうか。そう考えると、コレオドリには悪いと思いつつも嬉しくなった。
食事の時以外は近くに来てくれないからあまり好かれていないと思っていたけど、こうして頼ってくれるくらいには懐いてくれているらしい。
「大丈夫だよ、エル」
包みを受け取った後でエルを宥めると、小さな頭がこちらを向いた。
光を一杯に取り込んだことで緑色に見える瞳が私をじっと見つめる。
それから、おそるおそるといった様子で私の背から顔を出した。
途端に破顔したコレオドリが、足を器用に曲げてエルと目線を合わせる。
「こんにちは」
挨拶したコレオドリを見上げて、エルが小さく鳴いた。
何と言ったかは分からないけれど、きっとエルなりに挨拶を返したのだろう。
すぐに私の後ろに隠れてしまったから、それが精一杯だったのかもしれない。
嬉しそうに飛び立って行ったコレオドリを見送った後、その頭をそっと撫でる。
「頑張ったね。えらいね、エル」
青い瞳を見つめてそう言うと、エルはそっぽを向いた。
照れているのだろうか。だとしたらとてもかわいい。
思わず零れる笑みをそのままに、エルを抱き上げる。
途端、エルが驚いた様子で鳴いた。
「どこへ行くの?」というように私を見上げるエルの背を撫でる。
「エルのお部屋に戻るだけだよ。
そこでさっき届いた荷物を開けようね」
ここで開けてもいいのだけど、先ほどの荷物はエルのものだ。
どのみちエルの部屋に運ばないといけないので、向こうで開けることにした。
部屋に戻ってエルを降ろし、ついてきた花から先ほど届けられた包みを受け取る。
それを見たエルが不思議そうに私と包みを見比べた。
どこか警戒した様子だから、びっくり箱とでも思っているのかもしれない。
エルを安心させるために包みの封を解き、中を見せる。
「気に入った? エル」
私の問いかけにエルは大きく鳴いた。心なしか、少し嬉しそうだ。
包みに入っていたのはエルの服だった。
今まではペットに服を着せる意義が分からなかったからそのままだったけど、昨日のようにエルが風邪を引いてはたまらない。
防寒対策にはなるかと思って、昨日のうちに何着か取り寄せておいた。
魔法で温度を調節してもいいのだけど、私はまだエルの生態を理解出来ていない。
昨日のように温度や湿度を上げすぎてしまうこともありえるから。
服なら多少着込みすぎても取り返しはつく。
個体によって似合うものは違うはずだし、エルの好みもあるだろうから、とりあえず雄用の服を一通り揃えてみた。
飼育書によると雌用の服を気に入る雄も一定数いるそうなので、雌用の服も少し用意してある。
エルの好みと似合う服を探すため、ひとまず全部着せてみることにした。
……困った。全部似合う。
取り寄せた服を一通り着せてみた結果がこれだ。似合わない服がない。
雄用の服はシンプルなものから装飾がたくさん付いたものまで、どれもよく似合った。
特に白が似合う。色素が薄いからだろうか。
でも黒もエルの淡い色を引き立たせて素敵だし、青や緑は瞳の色がよく映えるし、赤は華やかさを添えてくれるので、似合わない色はやはりなかった。
フリルやレースがたくさん使われた雌用の服は引き締まった身体のエルにはちょっと似合わないかな、とも思ったけれど実際に着せてみるととてもかわいらしかった。
着せる前からものすごく嫌がられたし、着せた後も早く脱ぎたがっていたから脱がせたけれど、機会があったらまた見てみたい。
その時はご褒美として、エルの好きなウトピアの実や生命の実をたくさん用意しておこう。
エル自身の好みはというと、どうやらシンプルなものが気に入ったらしい。
装飾がたくさん付いているものは動きづらくなるから好きではないのだろう。
普段使いするにはシンプルな服のほうが便利なので、装飾が付いた服はおしゃれを楽しむ時のために取っておくことにした。
「今度、仕立て屋を呼んでお揃いの服を仕立ててもらおうね」
真っ白な服を着たエルの頭を撫でて告げると、青い瞳がぱちぱちと瞬いた。
どんな服を仕立てて貰うか、今から楽しみだ。