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5日目

 目が覚めたら昼だった。


 昨日さんざん遊んだためだろう。すっかり寝坊してしまった。

 お腹を空かせているはずのエルの部屋に行くと、エルもぐっすり眠りこけていた。

 私と同じで、エルもはしゃぎ疲れたらしい。


 このまま寝かせておいてもいいけれど、そうすると夜眠れなくなってしまう。

 後のことを考えると起こすべきだろうか。

 けれど、気持ちよさそうに眠っているところを起こすのも忍びない。


 迷っている間にエルが起きた。でも、なんだか様子がおかしい。

 呼吸がいつもより速いし、心なしかぐったりしているような気がする。


「エル?」


 名前を呼んでも、いつものようにこちらを見ることはなかった。

 ただ小さく唸って、毛布の中に潜るばかりだ。

 疲れているせいかと思ったけれど、どこか違和感がある。


 具合が悪いのだろうか。

 不安になって飼育書を捲ったけれど、それらしき症状が多すぎて何をすればいいか分からない。

 これが自分のことならしばらく眠って治すのだけど、エルを放置するなんて出来るはずもなかった。

 しばらく飼育書を読み進めた後、本を閉じる。


 同僚を呼ぼう。


 以前ペットショップを紹介してくれた同僚は仕事柄、医療知識が豊富だ。

 きっと、私より的確に判断してくれるだろう。


 私と違って同僚は忙しいから断られるかと思ったけれど、最近は割と暇なようですぐに来てくれた。

 エルの部屋に入れて、容態を見て貰う。


「……ああ、これは風邪だな」


 診断結果は意外なものだった。

 エルは元々体温が高いので気付かなかったけれど、熱もかなりあるらしい。

 驚く私を見て、同僚が肩をすくめる。


「昨日は肌寒かったのに、防寒対策もせずに長時間外に出したんだろう。

 そりゃあ、具合も悪くなるさ」


 ペットというものは私の想像以上に繊細でかよわい生き物らしい。

 考えてみれば、エルはケットシーのように暖かな毛皮もオークのように厚い脂肪も持っていない。

 一部以外はすべすべの身体で長時間外にいれば、体調を崩すのも当然だ。

 お風呂に入って温まったから大丈夫だと思っていた。


「さいわい、それほど重体じゃない。

 暖かくして栄養のあるものを食べさせれば、明日には治っているはずだ」


 同僚の言葉にほっと胸を撫で下ろした。

 そうと分かればさっそく室温を上げて、栄養のある食事を用意しよう。

 栄養のあるものといえばやはりペットフードだろうか。


 そう思って柔らかくしたペットフードを用意したのだけど、案の定エルは食べなかった。

 スプーンで口元まで運んでも、目を瞑ったまま首を横に振るばかりだ。

 匂いや感触で分かってしまうのだろう。


 幼体のワームやアルラウネを乾燥させたペットフードは少量でも栄養豊富だ。

 体調が悪いと食欲が落ちるので出来ればこちらを食べて貰いたかったのだけど、普段嫌っているものを病気の時に食べろというのはやはり無理があったらしい。


「細かくして、好きなものに混ぜてみたらどうだ?」


 なるほど。それはいいかもしれない。

 同僚の助言に従ってペットフードを粉々に砕き、野菜スープに混ぜて与えてみる。

 すると、今度は戻さず食べてくれた。

 普段の半分ほどしか食べられなかったけれど、これで栄養面は問題ないはずだ。


 クッションに埋もれて丸くなるエルに毛布をたくさん掛けた後、魔法で室内の温度を上げる。

 乾燥しないように湿度も一定に保てば、私のやれることは終わりだ。

 あとはエルの持つ自然治癒力に任せておけばじきに治ると言っていた。

 ……こんなに息が荒くて苦しそうなのに、見守ることしか出来ないのが歯がゆい。


「ペットは野生よりずっと丈夫だ。

 このくらいで死んだりしないから、安心しろよ」


 同僚に慰められてようやく少し落ち着いた。

 エルの種に関しては私よりも同僚のほうがずっと詳しい。

 私が慌ててもエルの容態がよくなるわけではないのだから、今は指示に従おう。

 同僚に礼を言って、帰りを見送る。


 部屋に戻ると、助言のおかげかエルの呼吸が少し穏やかになったように感じられた。

 近づいて確かめてみると、どうやら眠っているようだ。

 光の加減によって色を変える美しい瞳が見られないのは少し寂しい。


 特にやることもなかったし、離れるとその間に容態が急変してしまうのではないかと不安だったので今日はずっとエルの部屋にいた。

 少しくらいは、目を開けてくれるかなという期待もある。


 でも結局、エルはずっと目を閉じたままだった。

 明日には元気になって、あの目を見せてくれるといいのだけど。

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