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私とペットの観察記録  作者: 紫苑
僕と騎士の観察日記
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7ページ目

 どのくらい経ったんだろう。

 明るかった空が暗くなり始めたころ、父様が部屋に来た。


「父様!」

「ああ……待たせたな」


 そう言って、父様は僕を抱きしめてくれた。

 疲れてるみたいで、さっきより力が弱い。


「母様は?」

「シシーは……過労だそうだ。

 最近色々なことがあったからな。無理もない。

 安静にすればじきによくなると、主治医が言っていた」

「よかった……」


 病気じゃないって聞いて、少しほっとした。

 でも、疲れが原因ってことは、やっぱり僕のせいなんだ。

 僕が「ずっとここにいて」ってわがままを言ったから。

 がまんしなかったから。


 じわじわこみ上げてくる涙を手でぬぐった。

 僕よりも、母様や父様のほうがずっと泣きたいはずだ。

 苦しいのは母様で、母様を一番愛してるのは父様なんだから。

 泣いてこまらせるのはよくないって、分かってるのに。


「フリードリヒ。シシーが倒れたのは、お前のせいじゃない」


 僕の顔をハンカチでふきながら、父様が言った。


「シシーは今までずっと私を支えてきてくれた。

 その疲れがたまたま一気に出てしまったんだろう。

 大丈夫だ。シシーは必ずよくなる」

「う、うん……」


 なんとか返事はしたけど、やっぱり涙は止まらなかった。

 いつも冷静な父様がおろおろしてるのが伝わってくる。

 早く止めなきゃって分かってるのに、どんどんあふれてくる。


 僕、おかしくなっちゃったのかな。

 エルならすぐ止めてくれるのに。


「ええと……エル。そうだ、エルはどこにいる?」


 父様も僕と同じことを思ったみたいだった。

 エルの名前を呼んであたりを見回す。

 いっしょじゃないのかな。


「……父様は、いっしょじゃないの?」

「ああ。お前の看病に付き添うエルを見送ってから一度も会ってない」


 あれ。それじゃあ、エルはどこにいるんだろう。


「何か知らないか? フリードリヒ」

「えっと、あのね……」


 エルが薬を持ってきてくれたことと、朝起きたらいなかったことを伝える。

 そしたら、父様はむずかしい顔をして「薬か……」ってつぶやいた。


「……エルが薬を持ってきてくれたことは、誰にも言わないようにしなさい」

「どうして?」

「それがエルのためだからだ。

 エルの行方は私と宰相で調べるから、心配しなくていい」


 父様の言うことはよく分からなかった。

 でも、父様は僕より頭がいいし、エルとも仲がいい。

 その父様が言うなら、きっと正しいことなんだ。

 だから、エルのことは父様にまかせることにした。


「うん、分かった」


 それに、エルが約束をやぶったことは一度もない。

 だから、今回だってそのうちもどってきてくれるはずだ。

 しばらく寝ていなさいって言われたから、おとなしくベッドに入って目を閉じる。


 起きたら母様が元気になってて、父様とエルが笑っていてくれたらいいな。






 それから一週間、僕はずっと自分の部屋にいた。

 外に出ようとすると護衛が止めるから、母様のおみまいにも行けない。

 それに、エルももどってこなかった。

 父様はたまに来てくれるけど「シシーは大丈夫だ」「エルは今探してる」しか言ってくれない。


 ほんとに、大丈夫なのかな。

 それならどうして護衛は僕を止めるんだろう。

 「病み上がりだから」って言うけど、僕はもう元気なのに。

 そういったら、父様はこまった顔をした。


「風邪と同じだ、フリードリヒ。

 大丈夫と思って無理をするのが一番危ない。

 いい子だから、あと少しだけ辛抱出来るな?」

「うん……」


 ほんとは早く外に出たいけど、父様をこまらせたくないから頷いた。

 父様は「いい子だ。フリードリヒ」って笑って僕の頭をなでてくれた。

 父様になでられるのは久しぶりで、うれしかった。


 その夜、鐘が大きく鳴った。

 お昼の鐘をまちがえて鳴らしたのかな。でも、聞いたことのない音色だ。

 ううん、ちがう。一度だけある。

 たしか、お祖父様が亡くなった時に。


 そのことを思い出したとたん、胸が苦しくなった。

 なんだろう。いやな予感がする。


 その時、宰相が部屋に入ってきた。

 いつも厳しい顔をしている宰相の目元が赤く腫れてる。


「エリザベート陛下が、崩御なさいました」


 宰相がなにを言ってるのか、よく分からなかった。

 崩御って言葉の意味は知ってる。死んだってことだ。


 でも、どうして。

 だって、父様は今日も「シシーは大丈夫だ」って言ってたのに。

 大丈夫なら、死んだりしないよね。

 なんで、母様が。


 ぼんやりしてる間に服を着替えさせられて、気がついたら聖堂にいた。

 少し高いところに棺がおかれてる。


 僕は花を持ってた。

 母様が好きだった、白いバラ。


「殿下」


 宰相に促されて、母様の棺の前に行った。

 母様はきれいにお化粧されて、首までおおった白いドレスを着ていた。

 たくさんの花にかこまれて横になってる。

 まるで寝てるみたいだ。


 でも、もう母様は二度と起きてくれない。

 母様を見た時、それがはっきりと分かった。


 襟に隠れた母様の首から、透明な花びらがいくつもいくつもこぼれ落ちていたから。

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