表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私とペットの観察記録  作者: 紫苑
僕と騎士の観察日記
31/38

4ページ目

 目がさめた。


 おなかがいたい。

 むねがいたい。

 頭も、足も、手も目も鼻も口の中も、どこもかしこもみんないたい。

 息が出来ない。


 苦しくて口を開けたら、おなかの中のものが全部でた。

 今日は一口もごはんを食べてないはずなのに、出しても出しても止まらない。

 どこからかバラのにおいがしてきて、いらいらする。


 やっと収まって目を開けたら、透明なバラの花びらが目の前にたくさん落ちてた。

 ……起きた時には、なかったのに。


 その時、なにかが割れる音がした。

 見れば、粉々になったポットの前にエルがいる。

 エルが失敗するなんて、どうしたんだろう。


「だいじょう――」


 口を開けたとたん、また気持ち悪くなった。

 気持ち悪い。いたい。吐きたい。


「フリッツ!」


 あたたかい手が僕の背中をさすった。

 エルが早口で鎮静の呪文をとなえると、あたたかな光が僕をつつむ。

 いつもならこれで落ち着くのに、今日はぜんぜん効果がない。


 エルにしがみついて、また吐いた。

 バラのにおいが強くなる。

 その時、エルが息を飲む小さな音がした。

 どうしたんだろう。


「エル?」


 やっと吐き気が収まってエルを見上げた時、その理由が分かった。


 エルの目に映った僕の身体は、びっしりとバラに覆われていた。






 たくさんの医者が僕を診たけど、原因は分からないって言った。

 でも、一つはっきりしてることがある。

 僕の身体の外にも中にも、たくさんのバラが咲いてることだ。


 そのうち、医者が来なくなった。

 侍女もみんなこわがって、ほとんど口を聞いてくれない。

 いっしょにいてくれるのはエルだけだった。


 エルは「きっと治る」って励ましてくれたけど、病気がよくなる気配はなかった。

 それどころか、バラはどんどん増えていく。


 そのうち、息をするだけで身体が痛むようになった。

 すぐに吐いちゃうから、ごはんも水もずいぶん前から口にしてない。

 それなのに、おなかはちっとも空かない。

 おなかの中にバラがたくさん詰まってるからだ。


 目を閉じればバラが成長する音が聞こえてくる。

 僕の中がバラで満たされるまで、あとどれだけの時間が残ってるんだろう。

 ……あと、どれだけで終わるんだろう。


『なりません、陛下』

『何故止める!』


 ある日、そんな声が聞こえてきた。

 父様がおみまいに来てくれたのを、宰相が止めてるみたいだ。

 声はどんどん大きくなっていった。


『殿下の病は原因さえ分かっておりません。

 陛下に病が感染するやもしれませんので』

『だが、私はフリードリヒの父親だ』

『この国の王でもあります。

 民と国を思うのなら、どうかお引き取り下さい』

『……』


 それから、父様の声は聞こえなくなった。

 宰相の声も。


 父様は僕より、国を選んだんだ。

 正しいことだって分かってるのに胸がいたくて苦しかった。

 エルが僕を呼ぶ声が聞こえたけど、返事が出来ない。


「フリードリヒ」


 どれくらいの時間が過ぎたんだろう。

 やさしい声に名前を呼ばれて目がさめた。

 いつのまにか、眠ってたみたいだ。


「かあ、さま……」

「待っていてね。すぐ、楽になるから」


 そう言って、母様が僕の手を握った。

 いたい。でも、あたたかい。


 その時、緑色の光があふれて全身に咲いていたバラが枯れた。

 母様だけが使える、植物の成長をあやつる魔法を使ってくれたんだ。

 息をしても身体がいたくならないなんて、何日ぶりだろう。


「母様、エル!」

「ああ、よかった。これで……」


 だけどその後、すぐにバラが僕の身体に咲いた。

 どれだけ枯らしてもその分だけ成長するみたいだ。

 成長した花が皮膚をやぶって外に出てくる時が、一番いたかった。


 でも、放っておいたらどんどん苦しくなる。

 もう、息をするだけで苦しくなるのはいやだ。

 僕は何度も泣いて、エルや母様にすがった。


「大丈夫よ、フリードリヒ。大丈夫……」


 母様はずっと僕のそばにいて、魔法をかけ続けてくれた。

 魔力がなくても、魔法は使えるからって。


 ムリをして魔法を使う度、母様がどんどんやせていくのは分かってた。

 でも、植物の成長をあやつる魔法は母様しか使えない。

 母様に魔法を使ってもらわないとバラが育って苦しくなる。

 だから「もういいよ」って言えなかった。


 僕が早く死なないから、母様が苦しんでる。

 ずっと僕の世話をしてくれたエルも顔色が悪い。

 僕が死んだら二人とも元気になる。


 だから、僕は死ぬことにした。

 この病気はもう治らないんだって、分かったから。

 護身用のナイフで胸を刺せば、きっとあっという間だ。


 でも、いざ刺そうとしたら手が動かなかった。

 今の痛みにくらべたら、ナイフで刺す痛みなんて大したことない。

 だけど……だけど……。


「フリッツ!」


 迷ってる間にエルが来た。

 ナイフを取り上げられて、こわい顔で見つめられる。


「エル……」

「……ごめんな」


 青い目を悲しそうに伏せて、エルが僕の頭をなでた。

 頭にもバラが咲いてるからぜんぜん感覚はない。

 でも、たぶんあったかいんだと思う。

 エルの手はいつだってあたたかかったから。


「たすけるからな。ぜったいに、たすけるから」


 そう言ったエルの声は少しふるえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ世界観の話
悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる

匿名で感想を投げたい場合はどうぞ
マシュマロ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ