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3日目

 エルは私の存在に慣れてきたようだ。


「エル」


 部屋の入り口で名前を呼ぶと寝床からそろそろと顔を上げる。

 なに? と尋ねるように私を見つめる瞳につい口元が緩んだ。


「ごはんだよ」


 腰をかがめてそう言うと、エルはとことこと私の傍に寄って来た。

 私の言葉を理解しているのだろうか。

 もしくは、食事の匂いや私の動きに反応しているのかもしれない。

 いずれにしろ、頭のいい子だ。


 まだ手を伸ばしてもぎりぎり届かない範囲までしか近づいてきてくれないけど、私が近づく素振りを見せるだけで警戒していた初日と比べれば大きな進歩だ。

 この調子なら、私が消える前に触れさせて貰えるようになるかもしれない。


「ごはんを持ってくるから、少し待っていてね」


 昨日観察したところ、エルは甘い果実が好きらしい。

 酸味や苦みの強い果実はあまり好きではないようだ。

 だから、今日はとろけるような甘さを持つウトピアの実を用意してみた。

 よく熟したものを選んだから、きっと気に入るはずだ。


 それだけでは栄養が偏るので、様々な具材を煮込んだスープも作った。

 材料を切って煮るだけとはいえ、こうして料理を作るのは久しぶりだ。


 献立を考えたり材料を揃えるのは面倒だし、自分のために料理をする意味もない。

 だから今までは食事自体を省略することが多かったのだけど、エルのためとなると途端に作りがいが湧いてくる。不思議なものだ。

 とはいえ、技量がないからあまり凝ったものは作れないけど。


 スープが程よく煮えたのを確認して火を止め、皿に盛りつける。

 今の段階ではほとんど味が付いていないから、私の分は食卓で味付けだ。

 さっそく、エルと食べよう。

 エルは犬や猫とは違って暖かい食事を好むから、冷める前に食べさせてあげたい。


「エル、ごはんが……エル?」


 部屋に戻るとエルがいなかった。

 外へ出たわけではないだろう。庭にはたくさんの花が植えられている。

 もしエルが外に出れば、花たちが教えてくれるはずだ。


 では、他の部屋に行ってしまったのだろうか。

 辺りを見回した時、花が私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 どうやら、エルは玄関に行ったらしい。


 花の導きに従ってそちらへ向かうと、エルが扉の鍵を弄っていた。

 私がエルの部屋を出入りしているのを見て、鍵の開け方を学んでしまったらしい。

 エルは好奇心旺盛だから興味を持ってしまったのだろう。


 この家にとって、鍵はあまり意味がない。

 ここを出入りする者は皆、花が監視して捕らえてくれるからだ。

 だから鍵を開けられてしまっても、問題ないといえば問題ないのだけど……。


「エル」


 あえて低い声で名前を呼ぶとエルの身体がびくりと震えた。

 賢いエルのことだから、私の声に含まれた感情に気が付いたのだろう。


 振り返ったエルは悪戯がばれた子どものようにしょんぼりしているように見えた。

 つい許してしまいそうになったけど、そこはなんとか堪えてちゃんと叱る。

 かわいそうだけど、躾をするのは飼い主の義務だ。


 それに、甘やかすのはエルのためにもならない。

 家の中ならともかく、外で同じことをしたら大変だ。

 私の目を盗んでふらふらとどこかへ行ってしまっては迷子になるかもしれないし、事故に遭うかもしれない。場合によっては、誘拐される恐れもある。

 この辺りの治安はいいほうだけど、警戒するに越したことはない。


「もう、勝手に外に出ようとしては駄目だよ」


 そう言うと、エルはしゅんとして項垂れた。

 好奇心旺盛なのはいいけれど、悪戯には困ったものだ。

 これからは家の中でもあまり目を離さないようにしよう。

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