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「あつっ」
小さく悲鳴を上げた僕を見て、屋台のおじさんとエルが大きな声で笑った。
「だから言っただろう。気をつけろって」
「だって、エルが「上品にちぎらず、そのままかぶりつけ」って!」
「わるいわるい。ほら、やけどしてないか」
すねる僕の頭を、エルの大きな手がなでた。
ひりひりしてた口の中がひんやりと癒やされていく。
エルが治癒の魔石を発動させたんだ。
「これくらい、自分で治せるよ」
「そんなことしたら、フリッツの正体がばれるだろ?」
「あ、そっか」
治癒魔法は王族しか使えない、特別な魔法だ。
僕が治癒魔法を使ったら身分がすぐにばれる。
普段はそんなの気にしたことがなかったから、忘れてた。
「最初はこうやって、ちいさくかじるんだ」
そう言って、エルがお手本を見せてくれた。
それをマネしてパンをかじる。
一口目はあつくて味どころじゃなかったけど、話してる間にちょっとさめてたから今度はやけどせずに食べられた。
……おいしい。
揚げたパンの中に、たまご色のクリームと赤いジャムが入ってる。
とろけるように甘くて、でもたまに甘酸っぱくて、すごくおいしかった。
「口の中がしつこくなったら、これを飲むんだ」
「さっぱりするね!」
「そうすると、またパンが食べたくなるだろ?」
「うん!」
油で揚げたパンを食べて、さわやかな風味のお茶を飲んで、またパンを食べる。
エルの言うとおり、いくらでも食べたくなる組み合わせだった。
「うまいか?」
「うん! すっごくおいしいよ」
そう言うと、エルもおじさんもとてもうれしそうに笑った。
僕もなんだかうれしくなって、つられて笑ってしまった。
僕が食べている間、エルはおじさんといろんな話をしてた。
ここらへんでおすすめのお店とか、最近は砂糖が高くてこまるとか、王太子殿下の誕生祝いは盛大だったとか。
最後の話は自分のことだったからちょっとびくっとした。
大丈夫かな。僕のこと、ばれてないかな。
心配になって、エルの後ろからそっとおじさんの様子を見てみる。
「ん? どうした、坊主。冷める前に食っちまいな」
だけどおじさんは僕の正体にちっとも気付いていないみたいだった。
ほっとして、パンの最後のひとかけらを飲みこむ。
ちょうどその時、エルとおじさんの話が終わった。
こっちを見たエルがにっこり笑って僕の手を取る。
「食べおわったなら、そろそろいこうか。商店街でもみよう」
「面倒見がいいね。弟かい?」
「従姉の子だよ」
「へえ。通りでよく似てるわけだ」
エルの言うとおり、僕の母様はエルの従姉だ。
僕もエルとちょっとだけ血のつながりがある。
ふだんは事情があって言えないから、今のエルやおじさんの言葉がうれしかった。
「また来いよ、兄ちゃん。坊主もな」
「うん!」
今日はお忍びだからまた来られるかは分からないけど、来られたらいいな。
そう思いながらおじさんに手を振って、その場をはなれた。
おじさんからおすすめされた商店街をエルと二人で歩く。
誕生会が終わった後で街に行くのをねだってよかった。
エルに頼んだのは「いっしょに街に行く」ことだった。
母様から、父様とエルがむかしよくお忍びで街に出かけてたって聞いてあこがれてたんだ。
街に降りたことはあるけど、たくさんの護衛がいてエルとお話出来なかったから。
エルはとてもなやんでたけど、最後は「いいよ」って言ってくれた。
父様が「フリードリヒのお願いだから」って許可してくれたんだ。
僕から見えない位置に護衛をつけること。
許可された場所以外に行かないこと。
エルからはなれないこと。
この三つの約束を守るよう、何度も言われたけど。
商店街には人がたくさんいた。
お城にもたくさんの人が働いてるけど、ここまで多くない。
それに、お城の人たちはみんな、歩く時も話す時も静かだ。
ここには走ったり大声で笑ったり、いろんな人たちがいた。
「手、はなすなよ」
つないだ手をぎゅっとにぎられて、僕もあわててエルの手をにぎりかえした。
ここでエルとはなれたら、きっと僕は帰れないから。
わくわくするけど、なんだかこわい。
でも、エルといっしょなら平気だよね。
商店街には見たことのないものがいっぱいあった。
乾燥した草とか、変な食べものとか、むずかしそうな本とか、たくさん。
これはなに、あれはなに、って聞くと、エルはすぐに教えてくれた。
たまに、食べものを買って二人で分けたりもした。
お城で食べるものより味が濃いものが多かったけど、みんなおいしかった。
だけど、そんなにたくさんは食べられなかった。
誕生日の夜からおなかがあまり空かなくなったせいだ。
胸やおなかがずっと重い。まだパーティーの時の緊張が残ってるのかな。
「むりして食べなくていい。
また来ればいいんだから」
がっかりしてたら、エルがそう言ってなぐさめてくれた。
「また、来られるかな」
「ああ。もうすぐ、マックスの仕事が一段落する。
そしたら、シシーとマックスと三人で来ればいい」
「エルもいっしょがいい」
父様と母様と、それからエル。
四人でいっしょにお出かけしたら、きっとすごく楽しいはずだ。
「もちろん、俺もいっしょだよ。護衛だからな」
「うん」
次もまたここへ来られると分かったら、おなかが空かないことなんて気にならなくなった。
エルの言うとおり、今度ここに来た時に食べればいいよね。
その時は、僕が母様にさっきのパンの食べ方を教えてあげるんだ。
「……ってことが、あったんだよ」
父様に話して、母様に話して、大臣や宰相に話して、メイドに話して。
それでもまだ足りなくて、女王様からもらったバラにも今日のことを話した。
たくさんお話したはずなのに、ぜんぜん話し足りない。
「フリードリヒ殿下。もう眠る時間ですよ」
「はーい」
お話をつづけていたら、部屋を見に来た侍女に注意された。
ほんとはまだ寝たくないけど、僕が夜更かしすると侍女が怒られる。
それはかわいそうだから、今日はもう眠ろう。
ベッドに入る前に枕元のバラへ魔法をかけた。
女王様から薔薇をもらった後、母様に花を長持ちさせる魔法を教わったんだ。
植物の成長をあやつる独自魔法を使える母様は、そういう魔法にくわしいから。
そのおかげで、バラはまだまだ元気いっぱいだった。
「おやすみ」
いつものように声をかけた時、バラの香りが急に強くなった気がした。
まるで、僕の言葉に答えてくれたみたいだ。
エルフがくれたバラだから、かしこいのかな。
明日、父様に聞いてみよう。
父様はエルフや魔法にとてもくわしいから。
今日も、いい夢を見られるといいな。




