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今日は僕の六歳の誕生日だった。
誕生日はうれしい。
大人になれるし、おいしい料理がたくさん食べられる。
なにより、父さまや母様、エルがお祝いしてくれるから。
でも、パーティーに出るのはちょっといやだ。
たくさんの人にかこまれるのは苦手だ。
「これも王子としての義務なのです」って宰相に言われたから、がんばるけど。
「殿下。本日は大勢のお客様が来られます。
言動や振る舞いにはくれぐれもお気を付け下さい。
今日は皆、殿下の一挙一動に注目されているのですから」
「わ、分かりました……」
マナーの先生にそう言われると、急に自信がなくなってきた。
今まで習ったことを思い出して、頭の中でくりかえす。
パーティーの間はずっと笑顔でいること。
招待客の顔と名前はかならず覚えること。
どんな時でも姿勢よくしていること。
あと、あと……。
「今回は教皇台下のみならず、エルフの女王もいらっしゃいますから」
「うう……」
そうだった。先生に言われるまですっかり忘れてた。
女王様の前で失敗したらどうしよう……。
この国とエルフの国はお祖父様の代からずっと戦争をしていたらしい。
父様が女王様をやっつけてから戦争は終わったけど、仲は悪いままだった。
人間とはなかよく出来ないって、エルフのみんなが言ったから。
だけど最近、その方針が変わったらしい。
人間ともなかよくしようって、新しい女王様が決めたんだって。
それで、この国の次の王様である僕の誕生日を祝いに来るらしい。
敵意がない証として、特別な祝福をしに来てくれるって言ってた。
「エルフは矜持の高い種族です。
決して粗相をしてはなりませんよ」
「は、はい……」
いそがしそうに立ち去る先生を見送っていたら、だんだん不安になってきた。
僕のせいで女王様を怒らせたらどうしよう。
また戦争が始まっちゃうのかな。
考えすぎて、おなかがキリキリしてくる。
「フリッツ」
「ひゃあ!」
耳元でいきなり名前を呼ばれたから、すごくびっくりした。
思わず声を上げると、くすくす笑う声が聞こえてくる。
エルだ!
「エル! もう、おどかさないでよ!」
「ごめん。暗い顔してるから、つい」
いたずらっぽく笑ってそう言ったのは父様の親友で、護衛でもあるエルだった。
友だちがいない僕にとって、たった一人の遊び相手だ。
「どうしたんだ? せっかくの誕生日なのに、そんな顔して」
「うん……あのね……」
父様や母様に言えないようなことでも、エルになら相談出来る。
だってエルはどんな時でも僕の味方だったから。
エルは「魔法王の息子なのに」なんてぜったいに言わない。
エルフの女王様をやっつけて百年続いた戦争を終わらせた父様は英雄だ。
世界で一番攻撃魔法が得意だから「魔法王」って呼ばれてる。
でも、僕は父様みたいな魔力はないし、攻撃魔法も得意じゃない。
見た目も母様そっくりで、父様とはあまり似てない。
だから、他国から来た人にがっかりされることが多かった。
そんな時、エルは「気にするな」ってなぐさめてくれた。
父様より魔法が得意でなくとも、いい王様にはなれる。
僕ならぜったい、いい王様になれるからって。
エルになら今の不安も強がらずに話せた。
「フリッツならだいじょうぶだ」
僕の話を聞いた後、エルはきっぱりそう言った。
「だって、去年は失敗しなかっただろ?
フリッツは去年よりたくさん成長しておとなになった。
だから、だいじょうぶ。俺が保証する」
エルにそう言われると、不安がどんどん小さくなっていった。
そうだよね。去年も出来たことが今年になって出来なくなるはず、ないよね。
「それに、もし女王がおこってもマックスと俺がなんとかする。
だから、フリッツはなにも心配しなくていい」
マックスっていうのは父様の愛称だ。
みんなは「陛下」とか「マクシミリアン様」って呼ぶけど、エルだけはそう呼ぶ。
だから僕も「フリードリヒ様」じゃなくて愛称で呼んでもらってる。
今みたいに二人きりの時でないと、呼んでもらえないけど。
「うん……ありがとう、エル!」
「お、元気でたな」
お礼を言うと、エルがにっこり笑って頭をなでてくれた。
エルになでられるといつも胸があったかくなる。
手があたたかいからかな。
「そろそろ時間だけど、いけるか?」
「う、うん。がんばる」
エルがパーティーについてきてくれたらいいのに。
心の中で残念に思いながら頷いた。
エルは父様の護衛で、僕の護衛じゃない。
だから僕といっしょにいられない。父様のとなりにいないといけないからだ。
仕方ないって分かってるけど、やっぱりちょっと心細い。
考えてることが伝わったのか、エルが笑って僕の背を叩いた。
「そんな顔するなよ、フリッツ。
このパーティーがおわったら、なんでもおねがいを聞いてやるから」
「ほんと?」
「ああ。俺に叶えられることなら、なんでも一つだけ。
だから、今夜のパーティーもがんばろうな」
「うん!」
後でエルにおねがいを聞いてもらえる。
そう思ったら、長いパーティーもたくさんの人との会話も平気だった。
「去年より立派になったな。偉いぞ、フリードリヒ」
その上、父様にもほめてもらえた。
エルよりちょっとひんやりした大きな手が、ぽんって僕の肩を叩く。
父様、去年のことを覚えててくれたんだ。
いつもはいそがしくてなかなかお話出来ないから、忘れられてると思ってた。
そう言ったら、父様はびっくりしてた。
「フリードリヒが頑張る姿を忘れるわけがないだろう」
「あなたが普段、フリードリヒの相手をエルに任せきりにしているからですよ。
たまには一緒に過ごす時間も取って下さいな」
「うう……そうだな。シシーの言うとおりだ。
今度から、週に一度は食事を共にしよう」
母様に言われて、父様はしょんぼりしてた。
でも、うれしいな。今度から父様ともいっしょにごはんが食べられるんだ。
「陛下、そろそろ……」
うれしくて笑ってたら、宰相が父様になにかを耳打ちした。
ああ、と父様が頷いて僕を見る。
「フリードリヒ。これから、エルフの女王が祝福を行う。
お前のための祝福だ。よく見ていなさい」
「うん」
父様に言われたほうを見ると、きれいな女の人が大広間の中央に進み出た。
耳が長いから、この人がきっとエルフの女王様だ。
母様もきれいだけど、女王様もとてもきれいだった。
女王様はていねいに礼をして、戦争を仕掛けたことをあやまった。
父様が終わらせた戦争はもともと、エルフから仕掛けてきたらしい。
エルフが増えすぎたから、新しい領地がほしかったんだって。
それを反省したから、今後はこの国となかよくしていきたいって言ってた。
それから、女王様が長い杖を取りだした。
バラのツルみたいなものが巻きついた、雪のように真っ白な杖だ。
「フリードリヒ殿下に、祝福を」
女王様が杖を振ると、大広間全体にきらきらとした白いものが降ってきた。
雪だ。
シャンデリアの明かりを反射した雪は、床に落ちる前に消えていった。
魔法で作られた雪だからか、さわってもつめたくない。
すごい。こんな魔法、初めて見た!
女王様がもう一度杖を振ると、雪が女王様の手の中に集まってバラの形になった。
雪で作られた真っ白なバラがだんだん透きとおっていく。
少しすると、バラの茎も花びらも透明に変わっていた。
「お誕生日おめでとうございます、フリードリヒ殿下。
この薔薇には私をはじめとしたエルフたちの祈りが込められております。
私の手で、殿下の胸に飾らせていただいてもよろしいでしょうか」
「はい。光栄です」
そう言うと、女王様が優雅に身体をかがめて僕の胸にバラをかざってくれた。
その時に胸がちくりといたんだ。バラのトゲが刺さったのかもしれない。
女王様って、不器用なのかな。
「フリードリヒ殿下の今後が、幸多いものでありますよう」
「ありがとうございます。
女王陛下の今後も、さちおおいものでありますよう」
なんとかお礼を言うと、女王様はにっこり笑ってくれた。
よかった。ちゃんと教わったとおりにお礼を言えた。
女王様もよろこんでくれたみたいだし、これで仲直り出来たんだよね。
「大切にして下さいね」
最後にそう言って、女王様は静かに去って行った。
言われたとおり、このバラは大切にしよう。
これは人間とエルフがなかよくなった証なんだから。




