23日目
頼みがあったので、同僚に会いに行った。
同僚が私の家を訪ねてくることは珍しくないけれど、逆は滅多にない。
おかげでとても驚かれた。心外だ。
同僚宅のペットに挨拶をして、エルを降ろす。
初めての場所と同種への戸惑いで緊張しているのか、緑の瞳が私を見上げた。
「行っておいで」
その背を軽く押して促すと、エルはおずおずと同僚のペットに近づいた。
同僚のペットはおっとりとした雌だから喧嘩にはならないだろう。
でも、警戒心の強いエルは仲良く出来るだろうか。
様子を伺っていると、エルと同僚のペットがおもむろに話し始めた。
エルたちの言語を理解出来ない私には、何を話しているのかよく分からない。
でも、雰囲気が穏やかだから仲良くしていると思う。
用意された部屋へ向かう後ろ姿を見送って、そっと扉を閉じる。
同僚の元へ戻ると、テーブルには既にお茶が並べられていた。
礼を言ってカップを取ると、ハーブの爽やかな香りが鼻をくすぐる。
お茶請けの焼き菓子もおいしい。たぶん同僚が焼いたのだろう。
昔から器用だったから。
いきなり本題に入るほど時間がないわけではなかったので、まずはお互いの近況報告や世間話をした。
契約相手の願いを叶えるという仕事内容は同じでも私と同僚とでは対象が異なるため、当然働き方も変わってくる。
参考にはならないけれど、聞いていて楽しかった。
それに、今回の同僚の仕事には私……もとい私の契約相手も大きく関わっている。
自分がした仕事がどんな結果をもたらしたのか、別の視点で聞けるのは興味深い。
同僚の仕事は、先ほどようやく一段落ついたらしい。
私のおかげで多くの契約が獲得出来たと喜んでいた。
正確には私が作った装置とそれを使ったエルフのおかげだと思うのだけど、喜ばれて悪い気はしない。
同僚にはエルのことで世話になったし、力になれたのならよかった。
それに、このほうがこれからする頼みごとも聞いて貰いやすくなる。
話が一段落したところで本題――同僚が今回得た報酬について触れることにした。
私はともかく、同僚はあまり暇ではないから。
このままではただ世間話をしに来ただけで終わってしまう。
「俺が得た報酬?」
私の問いかけに同僚は不思議そうな顔をしながら教えてくれた。
とある地を統治する王の全て。
それが今回同僚が得た報酬らしい。
全てという言葉には王自身の生命や魂の他に、王が治めていた広大な領地とそこに住んでいた民も含まれる。
私が予想していた通りだ。同僚が持っていてくれて助かった。
同僚以外が持っていたら交渉が面倒だから。
私より力の強い同族はいないので無理に取り上げることも可能ではある。
でもそれは規則に反するし、私もしたくない。
同族同士の争いはもう十分だ。
「その報酬の中で、欲しいものがある。
私が持っているものと交換して欲しい」
「交換? 珍しいな。お前が報酬について交渉するなんて。
まあ、いいけど」
同僚は大層驚いた様子だったけれど、頼み自体はあっさり了承してくれた。
「土地だの民だの、あんな管理の面倒なものを手に入れてもな。
お前のコレクションを一部貰えるなら、喜んで交換するさ」
「なにが欲しいの?」
「千年前にお前が手に入れた、エルフの王女の魂なんてどうだ?」
エルフの魂はいくらでも手に入るけれど、王族の魂は貴重だ。
同僚が得た報酬と引き換えても釣り合いは取れるだろう。
矜持が高くて話の通じにくいエルフの何がいいのかよく分からないけれど。
「そんなエルフで実験して反応を見るのが楽しいんじゃないか」
「……そう」
エルフの反応は他種族と大して変わらない。
皮膚を裂けば悲鳴を上げるし、機嫌を損ねることを言えば怒鳴ってくる。
大して面白味はないと思うのだけど、同僚にとっては楽しいのだろう。
同僚と趣味が合わないことは昔から分かっているので、深く聞かないでおこう。
「それに、あいつらの血や肉には豊富な魔力が含まれてる。
いい魔法薬の材料になるからな」
「確かに、それはそう。食べてもおいしい」
「あんな貴重な素材を食べるのか……?」
同僚は不可解そうに首を傾げていたけれど、交渉は無事に終わった。
家に帰ったら倉庫から王女の魂を出して、同僚の元へ送ろう。
コレオドリに頼めばすぐ届けてくれるはずだ。
交渉も済んだので、そろそろ帰ろう。
王女の魂を渡すのが遅くなると、その分だけ同僚から貰った品に手を付けるのも遅くなる。
早く作業に取り掛かって、エルの喜ぶ顔を見たいから。
「別に、今日から好きにしていいけどな」
「駄目。ちゃんと品物を渡さないと、交換が済んだことにならない」
「お前に限って交換をなかったことにするとは思っていないが……分かったよ」
同僚も納得してくれたので、エルと一緒に帰ろう。
ほんの少し離れただけなのに、もう会いたくてたまらない。
「エル」
部屋に行って名前を呼ぶと、こちらを向いたエルが駆け寄ってきた。
その身体を抱き上げて玄関へ向かう。
「じゃあ、またな」
同僚とそのペットに見送られる間、エルはずっと私にしがみついていた。
一緒に遊んだ雌と離れるのが辛いのかもしれない。
エルにとっては初めての友だちなのだから、その気持ちはよく分かる。
「大丈夫だよ。また会えるから」
私の肩に顔をうずめるエルの背を撫でながら宥める。
その時、灰色だった雨が美しい銀色に変わった。
同僚の髪と同じ色だ。
「エル、見てごらん。雨の色が変わったよ」
そう言うと、顔を上げたエルが驚いたように雨を眺めた。
きらきら光る雨を映した瞳が灰色がかった緑色に輝く。
それはとても綺麗な光景だった。
「もうすぐ雨が止むからね」
例年通りなら明日には雨が金色に変わり、明後日には降り止むはずだ。
その頃にはエルにプレゼントを渡せる。
エルはきっと喜んでくれるだろう。
その日が今から待ち遠しかった。




