表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/38

21日目

 身体が怠い。


 ベッドに横たわりながら窓の外で降りしきる赤黒い雨を眺めてため息を吐いた。

 病気に罹ったわけではない。単に、この色の雨が降ると必ず体調を崩すだけだ。

 そのせいで昔は、雨と同じ色をした同僚の目が少し嫌いだった。

 今はもちろん、そんなことはないけれど。


「ごめんね、エル。少し寝かせて」


 食事は用意出来たけれど、今日はこれ以上相手を出来そうにない。

 エルには今日一日、退屈な思いをさせてしまいそうだ。


 頭を撫でながら謝ると、こちらを覗き込む瞳が深い青に変わって見えた。

 綺麗だと見惚れるより先に、離れたエルがふいと部屋を出て行く。

 私の言葉を理解してくれたのだろう。やっぱり、エルは頭がいい。


 そんなことを考えていると頭が締め付けられるように痛んだ。

 いつものことだ。余計なことを考えると更にひどくなる。

 静かに息を吐いて目を瞑り、意識を沈めた。

 ひと眠りすれば治るのだから、早く眠ってしまおう。






 鼻をくすぐる甘い香りで目が覚めた。

 重苦しかった頭は既にいつもの調子を取り戻している。もう治ったらしい。

 それにしても、これはなんの香りだろう。


 身体を起こそうとした瞬間、心地よい重みが胸の上に乗った。

 以前も感じたことのある重みだ。

 ただ、ぽたぽたと垂れる赤黒い雫が以前と違う。


「エル?」


 真っ先に浮かんだ名前を呼ぶと、エルが持っていた花を私の口に押し込んだ。

 咄嗟に飲み込んだ後、まだ残っていた花をエルの手から取り上げる。


 それは白い花だった。

 数日前に私が「毒があるから」とエルから取り上げた花。

 そして、熱冷ましの効果があると図鑑に載っていた花。


 この雨の中、温室まで取りに行ってくれたらしい。

 よほど必死だったのか、真っ白な服も淡い毛並みも泥まみれだ。


 花を煎じれば、熱冷ましになる。

 以前私が読み上げたその記述を覚えていたのだろうか。

 あるいは、単にお気に入りの花をお見舞いに持ってきてくれただけかもしれない。


 どちらにしても、エルの気遣いはとても嬉しかった。

 花を直接口に入れても熱冷ましにはならないのだけど、それは構わない。

 エルが私を心配してくれたことに変わりはないから。


 思わず抱きしめそうになった腕を途中で押しとどめる。

 エルのしたことは嬉しいけれど、礼を言う前に叱らなければ。


 この花はエルにとっては毒になる。だから触ってはいけない。

 それは以前にも教えたことだ。

 たとえ善意だったとしても言いつけを破って危険を冒したことに変わりはない。


「エル」


 険しい声で名前を呼んで、エルを見つめる。

 怒られることが分かっているのか、灰色がかった青い瞳が伏せられた。


「気持ちは嬉しいけれど、危険だと教えたものに触ってはいけないよ。

 エルが危ないから」


 そう伝えると、エルは項垂れたままこくりと頷いた。

 賢い子だから、きっともうしないだろう。

 伝わったことを確認してから、そっと抱きしめる。


「それから、ありがとう。嬉しかったよ」


 そう言うと、俯いていたエルが驚いたように顔を上げた。

 光の加減で淡い緑色に変わって見える瞳が私をじっと見つめる。

 まるで、許したと思わせてまた怒るのでは? と疑っているようだ。

 本当にもう、怒ることは何一つないのだけど。


 この花が咲いている第四温室には鍵を掛けてあったはずだ。

 それなのに花がここにあるということは、きっと温室の鍵は壊されているだろう。

 服も部屋もベッドも泥だらけ。きっと廊下も同じ惨状のはずだ。


 でも、それらは全て後で片付けたり直したりすればいい。

 私の魔法なら数分と掛からず直せるのだから大した問題ではない。

 そんなことより、エルが私のために危険を冒して花を摘んできてくれたことが嬉しかった。


「頻繁にやられたら困るけどね。今回は特別だから」


 そう言ってエルの頭を撫でる。

 エルは嬉しいような戸惑ったような、複雑な様子だった。

 雨の雫がエルの顔を濡らして、まるで泣いているように見える。

 早く乾かしてあげよう。


 魔法で服を綺麗にして全身を乾かした後、冷たい身体をそっと抱き寄せた。

 エルと一緒にベッドの中に潜り込む。

 こうしていれば、そのうち暖まるはずだ。


 寒さで強張っていたエルの身体に私の体温が次第に移っていく。

 だんだんと力が抜けてきたエルの背を撫でて、もう一度目を閉じた。


 おやすみ、エル。

 一緒にいい夢を見ようね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ世界観の話
悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる

匿名で感想を投げたい場合はどうぞ
マシュマロ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ